第160話 彼が求めた力 -I am not alone-
・1・
「ここまでだな」
(これで吉野ユウトのもとに必要な戦力が集う。あとは彼ら次第だ)
無事こちら側に帰還するか。
それともこのまままとめてあの
どちらにせよ、
『やぁ
しかしこの場を立ち去ろうとしたまさにその時、まるでタイミングを測ったかのように彼の脳裏に声が囁いてきた。
「何の用だ?」
『何の用とはあんまりじゃないか』
声の主はあくまで優しい口調でこう続けた。
『無論、今回の件についてだよ』
「……」
彼が接触してくることはおおよそ予測していた。
『
この世ならざる外法を用いてでも成就したい大願を持つ者たち。
それが
彼らの役割は
ただ、一見便利なこの機能を妙な使い方で楽しむ者がいる。
それがこの男――
『ここは彼女の領域だ。むやみやたらに侵すのは感心しないな』
「必要以上に干渉するつもりはない。それに人のプライベートにまで土足で踏み込む君には言われたくないな」
理屈の上では可能だとしても、そんなことをする物好きはおそらく彼だけだろう。
『僕は君たちを愛しているからね。君たちと共にありたいんだ。幸福も、苦難も、共に享受したい。家族なら当然だろう?』
まるで『君なら分かるはずだ』とでも言うように、
「……何が言いたい?」
『
酷く冷たい口調。
『もちろん
先程とは打って変わって今度は
『君から妻を奪った——』
「ご高説痛み入る。だがそれ以上は結構だ」
『……? そうかい? まぁ
「他の叡智を侵すな……了解した」
『分かってくれて嬉しいよ。じゃあね。次は対面で語り合おうじゃないか』
それ以降、
「……まったく、あれで本当に自覚がないのが厄介だ」
珍しく呆然と立ち尽くしていると自然と右手が胸ポケットに伸びた。しかし指先が虚しく空を切ると、
(そうか……タバコは断ったんだったな)
すっかり忘れてしまった記憶をまだ体が覚えている。口の中に広がるあの独特な感覚は、微かにかつての記憶を呼び覚ま——
「パパー」
「パピィーッ!」
けれどそれに蓋をするかのように、背後から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
・2・
「師匠……それに
ここまでの経緯を知らないユウトにしてみれば、それはあまりに不思議な組み合わせだった。眷属である
「あ、ユウト君発見♪」
「……ッ!?」
念願のユウトを見つけ上機嫌な
「あれれ〜? 誰かと思えばいつかの子猫ちゃんじゃん。おひさー♪」
「……やはり、生きていたのですね」
「いやいや、
無言でキッと睨む
「
彼女の元に駆け寄ろうとしたユウト。しかし急に正面から押し倒された。
「フフ。久しぶりね、ユウト」
「お久しぶり、です……師匠」
『師匠』という単語にリュゼはわずかに眉をひそめた。
「私をその名で呼ぶなと言ったはずよ? 師としての職務は既に全うしたのだから」
「そ、そうでした。その……リュゼ、さん……」
「……」
まだ若干不満げな表情を残しつつも、彼女は馬乗り状態のままユウトの胸板にそっと手を置く。
「日々の鍛錬は欠かしていないようね。前より体つきが逞しくなった」
「ちょっとそこの痴女シスター! ユウト君から降り――」
「……無粋だな。所詮は獣か」
「ッ!?」
しかしリュゼはいとも簡単にそれを受け止めた。触れるだけで骨肉が爆ぜるほどの一撃は彼女の掌にしっかりと収まって離れない。
「今すぐユウトから離れるでござる……ッ!」
「それはこちらのセリフだよ」
次の瞬間、見えない衝撃が
「が……ッ!?」
何が起きたのか分からないまま、彼女は勢いよく背後の木に背中から叩きつけられる。
「
「動くな」
「……ッ」
駆け寄ろうとしたフランを言葉だけで制止するリュゼ。ゆっくりと、彼女の瞳がユウトに向けられる。
「まったく……お前を追って来てみれば、まさか異形どもとよろしくやっているとはな」
「!!」
刹那、彼女の回し蹴りがフランの頭部を刈らんと牙を剥いた。しかしその直前でユウトの籠手がそれを防ぐ。
「どういうつもりだ、ユウト?」
「ッ……フランは、敵じゃない!」
華奢な見た目からは想像もできない脚力が絶えずユウトにのしかかる。それでもユウトはリュゼの目を真っすぐ見てそう言い放った。
「……ユウト」
「そいつは化け物だぞ? そいつだけじゃない。ここにいる者は全員もれなく我々の討伐対象だ」
「例え人間じゃなくても……心は本物だ! この子たちは俺たちと何も変わらない!」
何とかリュゼの蹴りを振り払うユウト。彼はフランの肩を抱いて後方へと下がる。
「私は教会の人間だ。そんな戯言を信じろとでもいうのか?」
『オオオオオオオオオオオオオオ!!』
しかしそんな二人の間を鋼の激流が走り抜けた。
「「ッ!?」」
『ごちゃごちゃとうるせぇヤツらだな。どうせここから出られるのは一人だけなんだ。だったら勝者になるしかない』
体の中で暴れ回っていた二つの
炎の翼、稲妻の爪牙。そして鋼の水流は龍の尾のような形状に収束していた。
『どんな手を使ってでもな!!』
さらに
「……まずはあの二体か」
「おーっと待ったー☆ お姉さんの相手は
「……
「音に聞く
「悪趣味も度を超すと言葉も出ないな。跡形もなく消してやろう」
「アハハ☆ やれるもんならやってみなよ!」
・3・
「このままじゃ……ッ」
状況はどんどん悪化していく。何とかして戦いを止めたい。だが一方でここでは戦うことこそが最も合理的かつ正義だ。箱庭という異常な状況がそうさせる。
「よくわかんないけど、あの紅い鎧はとりあえず敵だよね?」
傍で
「あぁ、あいつはここで止めなくちゃいけない」
「ではもう片方はいかがしますか?」
「
「大丈夫、なのか?」
「へへ、魔神を舐めてもらっちゃあ困るでござるよ。この程度すぐに――痛……ッ」
平気へっちゃらとでもいうように胸を張ろうとした瞬間、
「僕たちなら大丈夫。きっと……ううん、絶対にやってみせるから!」
ユウトと出会い、魔神と言葉を交わしたこのたった数日で彼女の見る世界は目まぐるしく変わった。一人ぼっちだった頃の彼女は『出来損ない』という記号しか持たなかった。でも今は違う。多くの者が彼女を『フランドール・カンパネリア』だと観測している。
もう彼女は
信じて欲しいと願うフランの瞳がどこまでも真っすぐなのがその証拠だ。
「分かった。なら俺たちは
「ですが、ユウト様は魔法が……」
心配する
「大丈夫。少しずつ力が戻ってる実感はあるんだ。だから逃げない。この牢獄があいつの言うようにたった一人しか出ることを許さないっていうなら、そんなルールは俺がぶっ壊す」
「……ッ」
人か獣かなんて関係ない。
ただ、そのためには吉野ユウトの力だけでは不十分だ。だから――
「だから、二人を頼っても……いい、かな?」
二人とも最初は驚いたような表情を見せたが、すぐに顔を見合わせお互いが抱く思いが同じだと理解する。
「フフ、そういえばユウト君の魔法。まだ私で試したことなかったよね。いいよん♪ 来て……」
「この身は全て、あなたのために」
二人の眷属はユウトの手を片方ずつ取り、そっと自身の胸の上に乗せた。
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