第119話 離反 -Sneak raid-
・1・
「くそ……ッ、早速動いてきやがったか!」
「まさか彼女が僕らを裏切るとはね」
彼のパソコンには今、とある監視カメラの映像が表示されている。
バベルハイズから譲り受けた
「まだ、そうと決まったわけじゃない」
冬馬は
「まぁ、それについては僕も同意見だよ。原因は十中八九彼女だ」
「……」
御影の背後には黒いキャリアスーツの女性が立っていた。緑がかったブロンドヘアをなびかせ、挑発的な笑みで監視カメラを――冬馬たちを見ている。そしてさらにその後を二人のメイドが控えていた。
「アヤメ・リーゲルフェルト。ギルバート氏の奥方だ。一緒にいるのは……まぁただのメイドではないだろうね」
彼女はリングー社CEOギルバート・リーゲルフェルトの妻にして、その子会社である
「ギルバートの差し金か、それとも別の意図で動いているのか……」
「何とも言えないね。情報が少なすぎる。けど彼女の目的なら分かるよ」
「……碧眼の
冬馬の言葉に夜白は頷いた。
「おそらくメアリー・K・スターライトはベルヴェルークを使役することができる。これはハッタリではないんだろう。となれば槍の行く先は――」
「ニューヨークか」
「あぁ、
そしておそらく、アヤメと共に姿を消した御影もそこにいるはずだ。
「イスカちゃん、すぐに海上都市跡地にいる連中の状況を確認してくれ。あとニューヨークにいるアリサちゃんにも連絡だ」
「ん。分かった」
冬馬は傍で控えていたイスカに指示を出し、彼女もまた小さく頷くと走って部屋を出ていった。
「ユウト君の件はどうするんだい?」
夜白の問いに冬馬は一瞬考える素振りを見せる。
「
おそらく冬馬が考えるような状況ではないのだろう。むしろ仮にそうだったとしても、最悪を想定して作戦を練るべきだ。ここから先、希望的観測は致命傷になりかねないのだから。
(とはいえどこもかしこもマズい流れだ。さて、どこから切り込みを入れるべきか……)
この状況には間違いなく多くの人間の思惑が絡み合っている。誰かを潰せば解決するような単純な勝ち負けで測れない以上、行動には細心の注意を払う必要があった。
そしてもう一つ。それとは別に頭の片隅に置いておくべきは、この構図全体を描いた者がいるかもしれないという事。
「……さすがに考えすぎか?」
冬馬がそう呟いたその時、彼の携帯端末が突然振動し始めた。
「はい、
『エ、エクスピア医療部門の者です。突然のご連絡をお許しください。急ぎ社長にお伝えしたいことが……ッ!』
通常の手続きを無視し、冬馬に直接連絡が来た時点でその内容がいかに重要なものかはすぐに理解できた。
「大丈夫。続けて」
冬馬は夜白にも聞こえるように携帯端末をスピーカーモードに切り替え、デスクの上に置く。
男はこう告げた。
『
「「ッ!?」」
それは新たな騒乱の幕開けか。それとも――
・2・
波の音が聞こえる。
静かで、優しくて、心が落ち着くような……そんな不思議な音色。
「~~♪」
車椅子の女性――エトワールはそんな心地良い音に身を任せながら静かに目を閉じて鼻歌を口ずさんでいた。
エトワールが今いるこの場所は海岸に面した一等地。
「……ん」
しばらく自然との戯れを楽しんだ彼女はゆっくりと目を開ける。どうやら途中で本当に眠ってしまったようだ。気付くと目の前には二人の少女が立っていた。
「あ、ママが起きたわ」
「マミィ~♥」
エトワールが目を覚ましたことに気付いた少女たちはすぐさま彼女に駆け寄ってきた。
「おはよ、ママ♪」
「よく眠れたカ?」
瓜二つの顔に異なるオッドアイを持つ双子の少女たち。二人はエトワールの事を『母』と慕っていた。
「フフ、おはよう。ルナ、ナナ」
エトワールは愛おしそうに二人の名前を呼ぶと、優しく彼女たちを抱きしめる。本当に幸せそうな笑みを浮かべて。
「エトワール」
「あ……教授。おかえりなさい」
「パパ、私お腹空いたわ」
「にーク! にーク!」
「こら……教授を困らせてはダメ」
年相応の子供のように駄々をこねるルナとナナ。彼女たちに対し、エトワールはまるで母親のような言葉で叱った。
そう、母親のように。
(これが君の欲しかったもの、か)
ルナとナナ。
二人はエトワールの娘ではない。ましてや
彼女たちの正体はかつて海上都市に現れた双子のネフィリム――ルナとナナ。厳密に言えばその転生体だ。
エトワールはその魂をあの
「夕食を作るから少し遊んでおいで」
エトワールはそう言って二人の頭を優しく撫でる。
「仕方ないわねぇ。ほら行くわよナナ」
「ゴハンー♪」
「あ、ちょ……ッ、私はご飯じゃない!!」
今のこの光景を見れば、誰も彼女たちがかつて人類を脅かす怪物だったなどと夢にも思わないだろう。無論、転生体である彼女たちにも当時の記憶はないだろうが。
「そろそろ聞いてもいいかな?」
「……」
何故彼女たちを産み出したのか?
ティアマトの力を使ってしばらく弱っていた彼女には聞けなかった質問を、彼は今ここで改めてする。
しばらくして消え入りそうな声で彼女はこう答えた。
「……教授と私の子供……ずっと、欲しかった」
否定されるのではないか?
その恐怖が彼女の言葉から力を奪っていく。
「でも私……子供産めないから……」
単なる
「……」
「……ごめんなさい」
何も言わない
「君がそうしたいと願うなら、構わない。それに優秀な人手は多いに越した事はないし、彼女たちは戦力としても申し分ない。もしもの時は当てにさせてもらうさ」
「うん……きっとあの子たちも喜ぶと思う」
「……そうか」
命を賭してでも守るべき者がいて、紛い物とはいえその子供たちがいる。彼にとって彼女たちは間違いなく特別たり得る存在だ。傍から見ればきっとこんな関係を人は『家族』と呼ぶのだろう。
だが
(後悔……いいや、まさかな)
だとしてももはや彼は歩みを止めることを許されない。
誰もが謳う幸せのテンプレートなど夢のまた夢。
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