Epilogue 忍び寄る魔手 -You have no choice-
――ロンドン郊外のとある小さな公園。
「……少し、きつく言い過ぎた……かもしれません」
ユウトがバベルハイズで目を覚ましたあの時、御影は本当に嬉しかった。しかし同時に呼吸をすることさえ忘れてしまうほどの底知れぬ恐怖を味わった。
どうして今まで気付かなかったのだろう?
いや、本当はとっくの昔に誰よりも早く気付いていた。
こんなことは常に起こり得るのだと。
ただ、目を逸らしていただけだ。
ユウトがワーロックの力を失った事なんて御影にとってはどうでもいいことだった。ただ、彼が生きていてさえくれれば。傍にいてくれればそれで充分なのに。だからこそ、あの時柄にもなく声を上げてしまった。
誰かのためにその身を賭して戦うその信念は美しい。それは彼女も理解できる。尊重したいとも思う。だが
だからユウトの死を目の当たりにしたあの時、自分の中で抑圧されていた何かが瓦解した。
「……でも、これで――」
「ワーロックの力を失った吉野ユウトは前線を退ける。もう彼が率先して傷つく必要はどこにもない。フフ、それはちょっと考えが甘いのでは?」
「!?」
その時突然、誰かが御影の思考を読んだかのように嘲笑した。
「……」
その人物は御影の背後の席に座っていた。ぴっちりとした黒いキャリアスーツに身を包み、青みがかったブロンドヘアをなびかせながら。
(人が来ればボディーガードから連絡が来るはず……)
「あぁ、邪魔でしたので退場していただきました」
「ッ……!?」
その瞬間、御影の全身が強張った。穏やかな口調だが、背後にいる女性は普通ではない。いやそれ以前にそんな彼女から身を守る手段が御影にはもう何もない。
「……どちら、さまですか?」
「アヤメ・リーゲルフェルト、といえばお分かりですか?」
「
「その通り」
会談の詳細は知らないが、つい先ほどリングー社のCEOが
「……私に何の用ですか?」
御影はあくまで平静を保ちながら言葉を続けた。
「あら、こうしてわざわざここまで足を運んだ理由なんて分かりきっていることでしょう?
「……あなたの目的が再三にわたっていただいたスカウトの件であるなら、すでにお断りしたはずですが?」
「それじゃあ困るから、わざわざこの私が来たんだろうが」
「!?」
一瞬にしてアヤメの雰囲気がガラリと変わった。上品だった口調はすっかり消え失せ、まるで獰猛な肉食獣に睨まれたような緊張感が御影を襲う。
「はぁ……せっかくこの私が破格の待遇を用意してやるって言ってるのに。だがまぁいい。そういう良い意味で生意気なヤツは嫌いじゃない。調教のし甲斐があるからなぁ」
ニヤリとした笑みを浮かべながらそう言うと、アヤメは指をパチンと鳴らした。
「……ッ……!?」
次の瞬間、御影の口から真っ赤な血が盛大に迸った。
そしてそのまま力なくベンチの上に倒れ込んだ彼女をアヤメが見下ろす。
「アハハハハ! テメェ、私が何も知らないとでも思ってんのか? あぁ?」
「……う……ッ……」
体に全く力が入らない。突然体を襲った異常な症状。思い当たる節がないわけではない。ただ、だとするならあまりにも早すぎる。
「資格のねぇヤツが
「……進行は……抑えて……いた、はず……」
周囲には黙っていたが、研究の過程で自分の体が
「……ッ、私に、何を……」
彼女に何かされたのは明白だった。
「そいつは企業秘密だ。つーかまぁ、言っても人間のおつむじゃ理解できないんだけどな」
「……ッ」
彼女が何を言っているのか御影には微塵も分からなかった。それ以前に内臓を一瞬でぐちゃぐちゃにされたような激痛が御影の思考を容赦なく破壊する。
「おっと、そういや自己紹介が途中だったな。私は
そう言って彼女は前髪をかきあげ、もう一つの名前を口にする。
「
「……」
もはや驚く余裕すら御影には残されていなかった。途切れゆく意識の中、ただ彼女の名前だけが頭の中で勝手に何度も反芻する。
「さぁ、んじゃもう一度聞こうか。私のスカウト、受ける? 受けない? どっちを選ぶ?」
悪魔のような笑みを浮かべながら、
第三章 夢幻回帰 虚構都市イースト・フロート -Regret in the first place- 完
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