第10話 外理 -Karma-
・1・
「……すごい」
空を見上げていたレイナは、そんな言葉でしか目の前の光景を表現できなかった。
いつも側にいてくれた吉野ユウトが。
自分を雇ったエクスピア社長の宗像冬馬が。
あの化け物と互角以上に戦っている。
二人の強さを伝聞では知っていた。理解しているつもりになっていた。
しかしそれは大きな間違いだった。
目の前で繰り広げられているあれは……完全に別次元の戦いだ。
・2・
「はぁ……はぁ……」
「へばったか?」
「まさか。まだまだ行けるさ」
茶々を入れる冬馬にユウトは笑って返した。
その時、火山が噴火した。否、地面が爆発し、タウルが吼えた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ボロボロのタウル。再生が間に合わず全身にひどい傷を負い、右腕は力なくだらんと垂れ下がっている。
だが、彼は笑っていた。心底嬉しそうに。
「ハハハ……こりゃあいい。そっちの……蒼い眼の
「……ッ」
その時、タウルの焔の質が変わった。
彼の性格をそのまま映したような荒々しさから一転、その炎は紛うことなき神聖を帯びている。
彼が手に握っていたのは、カインから奪ったアグニのロストメモリー。
「なぁ? そういうことでいいんだよなぁ!!」
狂喜するタウルに呼応するように、その体が紅蓮の鎧に包まれた。それだけではない。全身に今までなかった不気味な刺青のようなものが刻まれている。
神装は蝕まれ、彼は悪鬼羅刹の業魔と化した。
「アグニの、魔装……」
「それだけじゃねぇ。俺の焔も少しばかり混ぜてある。楽しませてくれる礼だ。一発で死ぬんじゃねぇぞ?」
「避けろ!!」
次の瞬間、混ざった
「何の冗談だこりゃあ……」
冬馬が信じられないものを見たような顔で言った。
無理もない。ただの一撃で景色が崩壊するのだ。
「ハハハハハ!! いい感じだ! だがまだ足りねぇ……もっと俺を熱くさせてくれよぉぉ!!」
その時、巨大な赤光の腕がタウルの背後から襲い掛かった。
「ッッ、今度はテメェか? 右腕の小僧」
「やめろカイン! お前じゃ……」
「……黙って、ろ……」
「?」
様子がおかしい。ユウトは思わず違和感に身構えた。まるで獰猛な肉食獣に睨まれたような感覚だ。
「う…………ぐ……ッ」
目の前に立つ彼はいつもとは違う、何か得体のしれない危険なオーラを放っていた。
・3・
右腕が……熱い。
カインの腕は煌煌と痛いほどの赫い輝きを放ち続けていた。
「借りるぞ社長」
「あ、おい」
そう言って、彼は冬馬の腰に刺さっている折れた伊弉冉を抜き取った。
異形の右腕の輝きがさらに強くなる。神喰は妖刀を飲み込み、結晶化させる。
その結晶化した一振りをカインは横凪に振り、光の斬撃がタウルに襲い掛かった。
「ぐあ……ッ!!」
結晶は砕け、中から現れたのは澄み切った鏡のような伊弉冉の刀身。驚くべきことに、今まで修復することが不可能だった妖刀が完全な形で彼の手に収まっていた。
「ほう……その刀、随分お前と相性がいいみたいじゃねぇか」
タウルの言葉を無視して、赤く燃え滾る瞳でカインは刀を構える。
(――聞こえるか、お前の魂の慟哭が――)
誰が喋っているのかはわからない。自分かもしれないし、そうじゃないかもしれない。だがこの際、誰だってかまわない。
カインは言葉に耳を澄ませた。
(――お前の魂は、何を叫ぶ?――)
問われて、当然のように彼は答えていた。
「力だ」
抵抗する力。生き抜く力。自分が自分であるための力。
力が欲しい。
全てを覆す力が。
「やってやるさ……」
掴んでみせる。何かを守る力を。あの二人が強くある理由を。
まるで惹かれるようにこの妖刀を手にしたとき、カインの思考は冴え渡った。
それは悪魔の誘いだったのかもしれない。だがそれでもかまわない。
これは証明だ。
カイン・ストラーダは守ることができる。
力を。
今を超え、この
・4・
男の醜い右腕には、美しい刀が握られていた。
「フンッ!」
一閃。それは千を超える刃。
魔装状態の魔人の体がいとも簡単に吹き飛んだ。
「……ッ、こいつ」
一撃で、タウルの目つきが変わる。
何が起きているのかは自分でもよくわからない。それでも一つだけ確かなことがある。
今、この瞬間、カインの手には魔人を屠れるだけの力があるということだ。
「魔装じゃねぇ……
ふらつきながら、カインは一歩一歩敵との距離を詰める。
右手には掌に張り付いて離れない伊弉冉がある。
そして背には、もう一人の自分がいる。
振り返らずともわかる。
光の腕同様、この世の全ての悪を写したかのような
カイン・ストラーダの力の象徴。
カイン・ストラーダの魂。
カイン・ストラーダの
魔装ではない。もっと不安定で、それ故に強い力。
「カイン! カイン!!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
獣の如きカインの慟哭がユウトの声を弾き飛ばし、空間を支配する。
直後、極彩色の光が衝突した。
タウルの焔が、カインの斬撃が。
交わり、唸りを上げる。
お互いの全力が相手の喉元を喰い破らんと
『Chain』
破壊衝動が臨界に達しそうになったその時、ユウトの鎖がカインを縫い留めた。
「う、ぐっ……」
体が動かない。無理矢理動かそうとして、ミシミシと骨が奇怪な音を立てるが不思議と痛みは感じない。
「カイン! 落ち着け! 伊弉冉に呑まれたらダメだ!!」
声が……遠くから声が聞こえた。優しくてムカつく声だ。
その声に応えようとして、足を踏み出し、カインはそのまま意識を失った。
「チッ、まだ外理を制御できてねぇか。が、面白れぇもんは見れた」
興が醒めたのか、タウルは魔装を解き、元の姿へと戻った。そして意識を失ったカインに向かってこう言った。
「確かカインだったな。決めたぜ。もう無視はしねぇ。死ぬまで付き合ってやるよ。お前は俺の獲物だ」
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