第8話 ヴェンディダード -The killer of magic-

・1・


「ユウト君が魔人に連れ去られた」


 社長室で、神凪夜白は淡々と状況を説明した。

 その場には他に宗像冬馬、彼の護衛であるイスカ、映像通話越しに遠見アリサもいた。皆、冬馬を中心に状況の対処に追われている。

「連れ去った場所はわかってる。ユウト君の携帯端末のGPSが生きていて助かったよ」

 おそらく相手は現代の知識にはまだ疎いのだろう。

「夜白、場所は?」

「グレートブリテン島最北端、シェトランド諸島そのほぼ中心だね」

 夜白は地図を空中に投影し、その場所を示した。

 シェトランド諸島。西は大西洋、東は北海に挟まれたスコットランドの亜寒帯に属する群島。国内とはいえロンドン・イギリス支部からでは飛行機でも使わなければ相当時間がかかる。


『今すぐ私が助けに――』

「それはお勧めできないね」


 アリサの言葉に夜白は首を横に振った。

「状況を考えてみてほしい。今君はアメリカのオレゴン支部にいる。パンドラの魔装で飛行能力を使ったとしても、アメリカと大西洋を横断しなければならない。辿り着いた頃には君の魔力も体力も確実に底をついている」

『それは……』

「大丈夫さ。彼の眷属である君なら、彼がまだ生きてることは感知できるはずだよね?」

 夜白の言葉には静かな、しかし力強い説得力があった。

『すみません。冷静ではありませんでした』

 本当はすぐにでも動きたいはずだ。それを堪えてアリサは謝罪を口にした。

 アリサの意志を確認した夜白は新たな情報を提示する。


「まずは敵の話をしよう」


 彼女は投影モニターを切り替える。

 そこには難解な文字列がびっしりと隙間なく並べられていた。

「……読めない」

 イスカが難しい顔をして首を傾げた。

「これは以前北欧の遺跡で発見した腕輪を、トリスメギストスで解析したものだ」

 トリスメギストス。夜白の所有する魔具の一つだ。万物の過去・現在・未来を計ることができる力を持つ。使い方は多岐にわたり、その一つが無機物に記録された過去の情報を吸い出すことだ。

「これをさらに解読すると、こうなる」

 夜白が指をパチンと鳴らすと、文字の壁に穴が開いていく。まるで不要な情報が削ぎ落されていくように。

 ものの十秒ほどで、おびただしい文字列はたったの一行にまで集約した。


「ヴェンディダード」


 そこにはそう記されていた。

「おそらく彼ら『魔人』と呼ばれる集団の名称だね。彼らはあの遺跡と同じ、何千年も前に存在した古代の人間……いやすまない。もはや人間でないのは明らかだね」

『ヴェンディダード……私たちの知らない、敵』

「ネフィリムを捕食したことといい、奴らには魔力そのものを吸収する能力があるらしい。実際、記録映像ではユウトの魔法も吸収されていた」

 冬馬は苦々しく事実を言った。夜白は続ける。

「けどこれがおかしな話でね。二人に共通して言えるのは、魔力の反応が一切なかったことなんだ。生物であるならこんなことはあり得ない」

 そこに命があるのならば、どういう形であれ魔力は動く。呼吸と同じだ。ましてや食べたものが体内から即座に消えるなんてありえない。

 だからこそ二人目の魔人――ザリクの襲来に気付くことができなかった。魔力検知には引っ掛からず、目撃者は全て消されていた。唯一その様を観測していたのは、魔力に一切頼らない機械の監視カメラのみ。しかしそれも彼女が現れた途端に破壊されている。警報装置も高熱で茹で上がったように使い物にならない。


「それと石像だったタウルという魔人が使っていたあの焔。あれも不可解だ。少なくとも魔力で生成されたものではないし、魔具の力でもない。現時点では異能としか表現できない」

「魔力の吸収に、正体不明の力……厄介」

「まさに僕たち魔法使いの天敵だね」

 イスカの呟きに、夜白は大げさに手を広げて答えた。魔法を科学で証明しようとさえした彼女には、さぞ興味深いのだろう。

「でも――」

 しかしその上で、彼女はこうも言った。



「ああ。あいつはタウルと戦うことができていた」

 冬馬は映像を切り替える。カインとタウルの戦闘記録だ。圧倒的な力の差はあれど、彼だけは魔人にダメージを与えているという事実がそこには映っていた。

「あの特別な右腕もだけど、注目すべきはそこだけじゃない。戦いの中、彼が使っていたのは魔法ではなく魔具だ」

 個が生み出す最大級の奇蹟とされる魔法でもなく、人が奇蹟に憧れ生み出した魔術でもない。


 魔具アストラ


 製法は不明だが、太古の昔から存在し、神代の時代を記録したいわば神の力。その力は魔術は当然、魔法すら凌駕する。

「こちらも魔力を糧に動く未知の力。魔人はその力を吸収できていない」

 夜白は言った。

「未知には未知を、か……勝機はそこにあるってことだな」

「まぁ残念ながら、向こうも強力な魔具を持っているようだけどね」

 奪われた『アグニ』。そしてザリクが使っていた『インドラ』という規格外の威力を放つ魔具。

「少なくともユウト君がいなければ、あの一撃でこのロンドンが消し飛んでいたのは確かだ」

「……ユウト」

 冬馬は親友の心配して、思わずその名を口から零した。

「トーマ……」

 そんな彼を心配そうに見つめるイスカ。

 だが時間は待ってくれない。こうしている間にもユウトの生存確率は確実に下がっていく。

 冬馬は決断を下した。

「救出メンバーを選定する。一時間で――」


「俺たちが行く」


「……!!」

 扉を開けて、二人の人間が入ってきた。

「お前たち……」

 一人は異形の右腕に包帯を巻いた銀髪の青年。

 もう一人はピンクブロンドのポニーテールの快活そうな少女。


 カイン・ストラーダとレイナ・バーンズ。

 ユウトの部下たちが並んで立っていた。


・2・


「う、うああああああああああああああああああああああああッ!!」


 ユウトは苦悶の叫びをあげた。

 少し前まで意識を失っていた。そこに顔面に真水でもぶちまけられて、暗闇の中から強引に引き上げられたような気分だ。

 見ると少女がユウトの胸に小さな手を当てていた。

 その時だ。再びドクンと心臓が高鳴り、耐えがたい激痛がユウトに襲い掛かる。


「ぐ……ああああッ!!」

 吸われている。命を。

「大した魔力量だ。まぁいい。その分聖刻クレストが育つ」


 身動きが取れない。

 少女の体に巻き付く黒鎖の一部が、自分の四肢を縛っているせいだとすぐにわかった。その鎖の力なのか、ユウトは満足に力が出せないでいた。

 ザリクという名の魔人の少女は、三度みたびユウトの魔力を吸い上げていく。そうすることで、彼女の左目の眼帯に光の刻印が浮かび上がった。


(な、んだ……)


 刻印は聖刻クレストというらしい。それは少女が魔力を喰らう度にドクンドクンと胎動し、少しずつだが成長しているように感じた。

(魔力を吸収しているのは……あれを育てるためか……)


「ザリク。さっさと終わらせちまえ。こっちは退屈で死にそうだ」

 少し離れた場所で、すでに新たな現代風の赤い衣服を調達したタウルは仰向けに寝転がって欠伸をしていた。

「お前ら……何が目的――うあああああああああ、ぐっ!!」

「喚くな。口を閉じろ。貴様は我らの贄でしかない」

「贄……?」

 ザリクの手の力が一層強くなった。

「く……ッ」

 ユウトは体を暴れさせ、何とか束縛から逃れようとした。

「無駄な足掻きだ。貴様はもはや我らの手中。何もできはしない」

「生憎、俺にはアンタらの餌になってやる理由はない。それに――」

 血液が逆流するような痛みに耐えてなお、それでも力強く。ユウトの理想写しの籠手が輝きを増していく。

「ほう。ヴリドラの鎖で縛りあげてもまだそんな力を絞りだせるのか」

 同時に、空を見上げていたタウルがニヤリと笑った。


「俺は一人じゃないんだよ!」


『Unlimited Idea Evolution!!!!』


「!!」

 バチッ、と蒼い瞳に変化したユウトの超高濃度の魔力に吸引していた右腕を弾かれたザリクは、そのまま天を見上げた。

 そこでユウトの意図を理解したザリクだが、もう遅い。


Dvergrドヴェルグ ... Loading』


 天が裂け、一直線に突っ込むカイン・ストラーダの灰色の刃がザリクの体を斜めに切り裂いた。

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