19.遠征任務-Ⅰ
「ピカレスの木の位置がわからんだと? それはいったいどういう事だ」
その空間でただ一つ存在している椅子に腰かけた男が声をあげる。
華美を極めたような椅子や豪華絢爛な壁や柱に比べて随分と質素に見えるが、白を基調とした布に金糸で装飾を施した服はどこか気品を感じさせる。
服の上からでも見る者が見れば鍛え上げられていることがわかる肉体には、どこか違和感がある。
違和感の正体は、彼の左腕の肩から下の部分がないことだ。
彼は隻腕であった。
三十歳手前といった若めの顔つきである彼だが、放たれる威厳からはとてもそうとは思えない。
この男こそ、ヴェルジード帝国第十四代皇帝である『ルノアルド・リハレス・ヴェルジード』その人である。
両の壁をそれぞれ背にして並んでいる官僚達は、その治世を揺るがしかねない報告に狼狽えている。
「十年に一度、ピカレスの木の位置を伝えてくださる女神様からの神託が未だに来ていないのでございます」
ルノアルドの対面に跪く白い祭服を着た初老の男が述べる。
彼の名前は『ルイス・ホールソン』。
国教であるフィロア教の教皇だ。
「各地からの発見報告は届いてないのか?」
ルノアルドの問いに官僚のうちの一人が応える。
「……特にそのような報告は届いておりません」
「あれほど目立つ木だ。それが見つからないとなると……考えたくはないが新しく生えていないか……楽観視するならばカラハダル大森林辺りに生えていて見つかっていないかだな……」
「確かにあの広大な森ならば見つかっていなくとも不思議ではありませんな」
ルイスが同意を示すと、官僚達が次々と意見を述べ始める。
「ならば一刻も早く捜索隊を派遣せねばなりますまい」
「あるかもわからぬ場所へ捜索隊を派遣するのは早計ではありませんかな? ここは今暫く女神様からの神託を待つべきでは……」
「もう既に本来の神託の時期から一年が経とうとしているのですよ! こうしている間にも薬の在庫は少なくなっているのです。捜索隊を派遣することが無駄であるとは私は思いません!」
「しかし最近は異教徒どもの活動が活発化していて、どの都市でも兵を裂くことは厳しいと思いますぞ」
「飛行能力持ちに上空から捜索させるのは如何か?」
「あの森には多くの魔物が闊歩しているのですよ! 只でさえ貴重な飛行持ちを少数で送るなど言語道断であります!」
議論の着地地点が見当たらない中、唐突に官僚達を不可思議な、しかし何度か身に覚えのある感覚が襲う。
殺気とも怒気とも違う。
何か威圧的な"波"に当てられた官僚達が静まり返る中、皇帝の隣に佇む老人が口を開く。
「静粛にせぬか。陛下の御前であるぞ」
宰相であり、"波動"のシエラを操る『ゼムナス・ロックスウェル』だ。
官僚達が黙ったのを確認して、ゼムナスは再び口を開いた。
「誰か良い案があるものはおらぬか?」
謁見の間に静寂が広がるなか、一人の若者が挙手をした。
流れるような水色の髪を肩口まで伸ばし、切れ長の目からはどこか儚く冷たい印象を受ける。
少年と言うほど幼くは見えないため、美青年と表現するのが良いような彼、ヴェルジード帝国の北を治めるネクサケイル家の次男にして、氷結貴公子の二つ名を有する『ロールズ・リブルス・ネクサケイル』は、甘いアルトボイスを響かせながら意見を述べ始めた。
「捜索には人手を要するが、兵を裂くことは難しい。それならば兵以外の戦力を動員するのは如何でしょうか?」
何か含みのある言い回しに対して皇帝であるルノアルドが問いかける。
「兵以外の戦力とは?」
「確かもうじき各高等学院で卒業認定と軍属大学院の入学認定を兼ねた実技試験があったはずです。例年ならばパーティ毎に依頼を分配する方式でしたが、今年は帝都と西と北の高等学院を特別にカラハダル大森林への遠征任務としてみるのはどうでしょうか?」
その提案にルノアルドが再び疑問を投げかける。
「確かに高等学院の生徒は戦闘授業も受けてはいるが、いきなり魔物との実戦は無茶なのではないか?」
そんな問いかけにロールズは穏やかな微笑をたたえ、返答をする。
「確かにその通りでございます。ですので一グループ当り二、三人の正規兵をつけるのは如何でしょうか? 事は国の一大事です。そのくらいの兵力を裂くだけの価値は十分にあると私は考えます」
「なるほどな。ゼムナス。お前はどう思う?」
ルノアルドの問いにゼムナスは少し思考を巡らせた後に答えた。
「……一理あるとは思いますが、まずは生徒の練度を知る現場の講師達に確認を取ってからであると思いますな。私としても早いうちに実戦を経験させておくことは悪いことでは無いと考えます。ただこの試みを行ったとて、あの広大な森を調べきれるとは思いません故、見付かれば幸運である程度に考えて実施するべきですな」
「そうか……。では早速高等学院との協議の場を設けよ! ルイス卿も報告ご苦労であった。今後神託の件で進展が確認できた場合はすぐに報告を頼む」
「謹んで拝命致します」
その言葉を聞くなりルノアルドは謁見の間を後にし、官僚達も各々の持ち場へと戻っていくのであった。
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