17.魂の力とおばあちゃん-Ⅱ

「それにしても綺麗なアポロ色じゃのぅ」


「……アポロ色?」


「そのシエラの色じゃよ。そういえば女房が『温かみがあって見ていると安心する』と言って殊更気に入っておったのぅ」


 こちらではこのオレンジ色のような色の事をアポロ色と言うようだ。

 何とはなしに太陽にかざしてみると程よく日光を吸収し、仄かに煌めく様はまるで宝石のようである。


「ちなみにタケルよ。そのシエラは維持に魔力を消費しておるかいのぅ?」


「えっと……いや、たぶん使ってないと思う」


 触媒から特に魔力が補給されないということは恐らくそういう事なのだろうと判断した。


「なるほど。では発動にはどれくらいの魔力を消費したかのぅ?」


「たぶんほとんど使ってなかったと思う。強風を数秒出すのと同じくらいかな……」


「初級魔法と同程度の魔力でこれだけの防御力をだすわけか……。タケルよ。もう自由に発動させることは出来るかのぅ?」


 そう問われて、一度消してからもう一度発動を試みてみる。


――感覚は掴めた。


 先程の"拒絶"を思い出すのはなんだか憚られたので、もっと明るい感情を思い出す。


――キュウの思い出させてくれた想いを。


 感情と魔力を織り混ぜるように右の掌へと向けて送り出す。

 すると、再びシエラが形を成して現れた。

 心なしか先程よりも明るく輝いている気がする。


「うむ。出せたようじゃな。さて、ではタケル。そのシエラをもうひとつだせるかの?」


「よし。やってみるよ」


 同じ要領で左の掌にシエラを出してみる……が――


「うわっ……!」


 発動した直後にどちらとも消えてしまった。


「一つしか出せないのかな……」


「いや、恐らく魔力制御の力が足らなかったんじゃろう。一応発動はしておったからのぅ」


(なるほど。つまりは特訓あるのみというわけか……)


「しかしこれは……予想以上に凄い能力かもしれぬのぅ」


「……と言うと?」


「制御能力が上達すれば、魔力のある限り……つまりタケルの場合はキュウがおるから、それこそ何千何万の盾を操作出来るかもしれないということじゃよ」


(なんと! あのオレンジ――じゃなくってアポロ色の正六角形の盾が何千何万と連なって……)


「蜂の巣みたいだな……」


「ほほほ。確かにそうなりそうじゃのぅ……」


「でも、正直想像出来ないな」


(何千何万もの盾の動きを同時に制御出来るほど僕の脳は高スペックじゃないと思うけど……)


「……まあそれもまたその内じゃな」


「……?」


「ここにも結界の魔方陣を施しておいたから、わしの付いておれん時でもここに特訓をしに来るとよい。」


 昼ご飯の前に何か書いていたのはどうやら結界の魔方陣とやらだったようだ。


「うん! ありがとうおじいちゃん!」


 その後はまたひたすら魔力制御の特訓を夕方までした。


 努力の甲斐あってか、なんとか強の風を制御するところまで成功したのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


 夕飯を食べ終わり、お風呂の準備が出来るまで待っているように言われたために暇を持て余したので、寝室からベランダへと足を運んでみた。


 月光に照らされた花畑は柔らかな光がゆらゆらと揺れて風の行く先を描きながら、サワサワとした音をたてて耳をくすぐる。

 ほんのりと暖かい風を受けながら、手摺の上で丸まっているキュウを撫でつつ今日一日を振り返る。


 まさに激動の一日であった。

 犬に舐められて、飯を食って泣いて、おじいちゃんができて、魔法を使って、特訓をして――。

 こんなに騒がしかった日は今まであっただろうか。

 思い返せばこちらに転移してくる前は人との関わりも希薄になり、平坦な一日をひたすら繰り返していたように思う。


――明日は何があるのだろうか。


――明後日はどんな出来事に巡り会えるのだろうか。


「明日を待ち遠しいと思える日が来るなんて……転移する前の僕に教えてあげたいもんだ」


 怖い目にも遭ったし、痛い思いもした。

 だがそれ以上に、新しい出会いが色々な事を教えてくれた。


 そんな風に思いを馳せていると、廊下に続く扉が開いた。


「ワウッ!」


 どうやらお風呂の準備が出来たからテッチが呼びに来てくれたようだ。


「ありがとうテッチ。今行くよ」


「キュウッ!」


 ベランダを後にしてキュウとテッチと共に浴場へと向かう。


「ワウッワウッ♪」


「キュウッキュウッ♪」


 キュウはお気に入りのポジションとなったらしいテッチの背中に座って運んでもらいながら、何か楽しげに二匹で会話をしている。

 雰囲気から察するにテッチからこれから入るお風呂の事でも聞いているのではなかろうか。


 テッチに連れられて入った扉の向こう側は大きめな脱衣場であった。

 十人くらいなら一緒に使えそうな広さだ。

 この様子だと、浴室は小さな旅館の大浴場くらいありそうである。


 服を脱いで鏡を見てみると、セイルを見たあとだと随分と貧相に見える自分の肉体が映っていた。

 体には随所にうっすらと赤い部分が見られ、左肩には特に大きな痕が残っている。


 セイル曰く"傷に良く効く薬"とやらを使ってくれたらしいが、よくよく考えてみると抉られた傷がたったの三日程でここまで治る薬とは、良く効きすぎなのではないだろうか。


「それにしても、こうも体に痕が沢山あると、まるで歴戦の戦士みたいだな」


 そんなことを呟いていると、セイルが脱衣場に入ってきた。


「もう来ておったか。……うむ、傷ももう大丈夫そうじゃのぅ」


「ねえおじいちゃん。呪いの特効薬の話で忘れてたけど、傷に塗ってくれた薬って……」


「おお、それは家の裏で育てている花が材料の薬じゃから、別に気にせんでも良いぞ」


「あの怪我がこんなに早く治るなんて凄い効能だね」


「そうじゃろう。特別な花を使ったわしの特製の薬じゃ」


 そう言いながらセイルもピッチピチに張りきったシャツを豪快に脱ぐ。


「ッ――!?」


 服の下から現れた肉体に思わず息を呑んだ。

 服の上からでもわかっていたが、やはり直に見ると凄まじい筋肉だ。

 鋼のような肉体とはまさにこの事を言うのであろう。


 しかしそれ以上に目を引かれたのは身体中至るところについている古傷である。

 先程鏡に映る自分を見て歴戦の戦士などと言ったのが恥ずかしい。

 歴戦の戦士とはきっと彼のような人を言うのであろう。

 そんな視線に気が付いたのかセイルが話し始めた。


「ああ、この傷痕か……。昔ちょっと色々あってのぅ。タケルの傷痕はこんな風になることは無いから大丈夫じゃぞ」


「いや、痕が残るのは別にそれほど気にしないけど……。キュウを護れたって証拠だし……」


「――なるほどのぅ……」


 いわゆる名誉の負傷と言うやつであろうか。

 傍から見れば、ただ無様に転げ回り、力が無い故に負った”恥”の様に見えるかもしれないが、あの時の意志も願いも行動も、そうして得られた結果も、護ることの出来た命も、自分にとってはかけがえのないものなのだ。

 そして、ふと気になった。

 この戦士にとって、自身の身体に刻まれたその傷痕たちは、どんな意味を持っているのであろうかと。


「その……おじいちゃんのその傷痕は……どうなの?」


「――そうじゃのぅ……わしの傷は……色々あるのぅ……。誰かを救えた傷も、……救えなかった傷も。じゃが確かに、わしの今まで生きてきた証ではあるかもしれないのぅ」


 セイルはそう言って何か懐かしむようだ。


 救えなかった傷なら自分にもある。

 セイルの傷に比べたら大したことは無いのかもしれないが、それでも自分にとっては大きすぎる救えなかった傷がある。

 目に見える傷ではないが、他のどの傷より深く心に刻み付けられている。


(いつかあの記憶さえ生きた証と思える日が来るのかな……)


 そんな思考を破ったのはテッチの鳴き声だった。


「ワウッ♪」


 「早く風呂に入ろう」と言わんばかりに浴室の入り口の前で尻尾を左右に振り回している。

 その後ろでは尻尾を前足で捕らえようとキュウが奮闘しているが、上手く掴めないようだ……と思っていたら両前足で上手く尻尾を掴んだ。

 そのまま遠心力に振られて後方へ飛ばされ、それが楽しいのかまた尻尾を捕らえようと奮闘して、掴まってまた飛ばされて……と繰り返していた。


「ほほほ。待ちくたびれているようじゃし、そろそろ入るかのぅ」


 そう言ってセイルは入り口へと向かって行き、引き戸を開けた。


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