16.魂の力とおばあちゃん-Ⅰ

「こればかりは本人にしか感覚がわからんからのぅ……。どうしたものか……」


「なんかごめんね……おじいちゃん……」


 確かにあの時自分は、大土竜の爪を止めてくれていた半透明の薄壁から確かな繋がりを感じていた。

 しかしあまりにも一瞬であったためか、上手く思い出せないのだ。


「その時の事を詳しく何でも良いから聞かせてくれんかのぅ。何かヒントがあるかもしれん」


「えーと……。とにかく自分は死んででもキュウだけは護らなきゃって自分の体を盾にするつもりで……痛っ!?」


「……キュイッ」


 頭に乗っているキュウが抗議を示しているのか爪を立てる。

 どうやらまだあの行動にご立腹のようだ。


「ごめんってキュウ。でもあの時はああするしか無かったんだ。正直必死すぎて目を瞑ってたから爪がどこに向かってきているかもわかってなかったし……」


「……キュウッ」


 そう言われると強く言い返せないのか、「……ふんっ」とでも言うかのように顔を背けた。


「ん? タケルは爪を見ずに防いでいたのか?」


「え? ああ……うん。言われてみればそうだな……。なんとなく場所がわかったような気がするようなしないような……」


「ふむ……」


(そういえば大土竜を見つけた時とか襲われた時とか、なんだか感覚が鋭くなっていたような……)


 当時の事を思い出すように顎に手を当て宙を見上げると、キュウが落ちそうになってしがみついたので慌てて頭を戻す。


「おっとっと。ごめんキュウ……あれ? おじいちゃん?」


 先程まで目の前に居たはずのセイルが消えている。

 突然セイルが消えたことに困惑したのも束の間――


(ッッッッッ!?)


 背筋を駆け抜ける悪寒。

 背後から何か凄まじい気配を感じ、脳裏には"死"の文字が浮かびあがる。

 何も状況を理解してない脳が処理出来たのは、その迫り来る気配に対する『嫌だ』という拒絶だけであった。

そして脳が拒絶を示したと同時に背後から金属と硬質な物がぶつかる音がし、辺りの枯れ葉が衝撃波によって吹き飛ばされていく。

 自分の中の何かが不可視の圧力に押し潰されそうになる感覚に、思わず身がすくむ。


 あまりにも突然の出来事に脳は混乱し、体感時間は引き延ばされ、自分はこの息苦しい世界に永遠に閉じ込められてしまうのかとさえ感じ始める。

 しかしそう感じたのも束の間、荒れ狂う暴風は止み、不可視の圧力からも解放される。

 いったい何が起こったのかと、恐る恐ると後ろを振り向くと、毅然として存在を主張する銀色の切っ先がオレンジ色の正六角形の薄壁に行く手を阻まれていた。

 切っ先の元を辿ればそこには筋肉の集合体、もといセイルの姿があった。

 未だに状況を把握しきれないこちらの姿を見てか、セイルは表情を緩めながら声をかけてきた。


「そのままシエラを消すでないぞタケル」


「あっ……」


 そこでようやく悪寒が消えていることに気がつき、安堵からか腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

 若干のパニック状態の中でもどうにかセイルの言葉は理解できたので、再び現出した己の魂の力との繋がりは切れないように意識を集中させる。


「ふむ……今の一撃を受けて傷ひとつなしとな……。とりあえずは上級魔法どころか、下手な最上級魔法を受けてもこの盾は壊れぬかもしれないのぅ」


「あ、あの……おじいちゃん? 今のはいったい……?」


「ほほほ。武の話を聞いてひょっとしたら自動で発動する類いのシエラかも知れぬと思ってのぅ。死ぬレベルの攻撃でないと発動しないかもしれぬから、ちょっとばかし強めにやってみたのじゃよ」


 「もちろん発動しなければ寸止めしておったがのぅ」などと付け足してセイルは笑っていたが、こちらからすれば、あれだけの衝撃波を生み出す突きならば寸止めでも真空波的な何かが発生して危なかったのではないかと心配になるものだ。


(まあきっと大丈夫だったんだろう……うん……)


「しかしまあ自動で防御してくれるのは便利じゃのぅ」


「いや、おじいちゃん……その……自動というか……」


「ん? 違うのか?」


 自分でもよくわかっていない。

 シエラが発動したのは無意識ではあった。

 ただ確かにさっき自分は――


「その……後ろから攻撃が来るのはわかってたっていうか……」


「……死ぬレベルの攻撃とは言ったが、別に殺す気なぞ無いから殺気も出さず、極力気配は消しておったつもりじゃったが……もしや……」


 そう言ってセイルはこちらをじっと見つめてきた。

 ただひたすらにじっと見つめてきた。


「あ……あの、おじいちゃん?」


 声をかけてもセイルはこちらを見つめたまま反応しない。

 あまりにもじっと見つめられるもので、少し落ち着かなくなってきたその時、今度は先程には及ばないまでもやはり強烈な気配を右側から感じた。

 脳は逃げるように指示を出すが、腰を抜かして座り込んでいるため逃げられない。

 再び襲ってきた悪寒に理解は及ばないまま、自分は反射的に己のシエラを気配の側に動かしていた。

 しかし今回は暴風が吹き荒れる事も、不可視の圧力に晒される事もなかった。

 遅れて視線を向けると――


「あれ? おじいちゃんがこっちにも……」


 シエラの奥には槍を構えたセイルがいた。

 二人のセイルを交互に見比べて困惑していると、正面でじっとこちらを見つめていたセイルが崩れて土塊となり、槍を構えている側のセイルが口を開いた。


「ほほほ。これも魔法じゃよ。子供だましみたいなものじゃ」


「もう……さっきから心臓に悪いよおじいちゃん……」


 正直本当に寿命が縮む思いであった。

 寧ろシエラのおかげで延びているらしいのだが、それはまた別の話だ。


「しかしまあ……これである程度はっきりしたのぅ」


「え? 何が?」


「タケルは気配や攻撃に極度に敏感だということじゃ。ほれ見てみぃ。こちらを見ずに動かしたシエラがちょうど槍の先に来ておる」


 確かに槍の切先に薄壁の中心が来ている。

 見ずに動かしたというのに、あまりにも正確だ。


「あ……本当だ……」


「魔法を使えば同じような事は出来るが……タケルはまだろくに魔法が使えぬからのぅ。そう考えるとそれもシエラの能力の一部と考えるのが妥当かのぅ」


 攻撃の気配に敏感になる能力。

 つまりはこの能力の働きもあって自分は今も生きているわけであるから、ありがたい事に変わりはないのだが、正直あまり発動してほしくない能力である。


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