異界定説の二元戦記

@koyoi7

晴之編

第1話プロローグ

 静寂が支配している鬱蒼とした森林で俺は今、体はライオン、尻尾はサソリ、通称マンティコアと呼ばれているモンスターと対峙していた。猛々しい顔つきを俺にくれて、刺々しいサソリの尻尾で俺を威嚇し今か今かと狙っている。

 奴のレベルは56、俺のレベルは51だ。本来自分よりレベルが高い敵は言わずとも強い。格が違う。だが、マンティコアのライフは5分の一まで切っていた。俺は会った瞬間千載一遇のチャンスだと思った。誰かがあいつのライフをあそこまで削り取ったが、あやつの猛攻撃の嵐に全滅乃至撤退したんだろう。不謹慎だけど喜びを感じざる得なかった。

 俺は右手に装備しているぐらいのロングソードを両手に構え切先をマンティコアに向け威圧する。対するマンティコアも俺の抑圧に負けじと白く輝いた鋭利な牙を剥き出し、サソリの尻尾の尾先を俺に向け、構える。


*3尺=90cm。



 互いに睨みつけあって時ばかりが過ぎていく。

 対峙することに痺れを切らして俺は先に先制攻撃を仕掛ける。一気に間合いを詰め、相手の死角に入り、身体の全体重を使った攻撃でマンティコアを一刀する。

 「グウアアァァアア......!!」

 辺りに人間の男性のような低いうめきが轟く。

(よし、勝った……!)

 俺は勝負に勝ったのだと確信した。だが次の瞬間まるで変身が解けたかのようにマンティコアの身体の輪郭が崩れ、次々と形を変えローブ姿の老婆へと変わっていった。狡猾マネ老婆。レベルは91。瞬間的に俺は敗北を確信していた。

 「そんなのありかよ......」

 虚ろの声色でつぶやく。俺はあいつの策にまんまと乗せられたのか……。まさに狡猾の名に相応しいやり口だな。思わず薄く笑ってしまう。

 さっきまでの的外れの分析が恥ずかしくてたまらなかった。わかった気でいた自分が哀れだった。俺は…なす術なく…ヤツの攻撃に………。

 


「キーンコーン、カーコン、キーンコーン、カーコン……」

「ハッ…!」

(ここは……学校か………。)

 どうやら退屈な授業と軽度の睡眠不足で眠っていたらしい。生あくびをしながらも周囲の状況を確かめる。どうやら授業が全部終わり、残すのはホームルームのようだ。学校という名の牢獄からもう少しで解放される。本来なら喜ばしいことだが、今日だけは素直に喜べない気持ちでいた。

 今日この日は1年と半年やり続けている課金無料型MMORPG……アイリス戦記のサービス終了日だ。

 アイリス戦記の出会いは単純な好奇心から始まり初めてのオンラインゲームで慣れない操作とかでいろいろ苦労したけど、今では自分の居場所、マイホームみたいなところになっていた。 それがサービス終了となると聞いて俺はショックで生まれて初めて甚く動揺してしまった。それくらい大好きでたまらないものである。

 ただ、仕方ないんだと思う。万物に始まりと終わりがあるようにこのアイリス戦記だって例に漏れず始まりと終わりがある。その終わりが今日というだけのこと。仕方がないとは頭で思っていても心は全く納得できずにいた。

 アイリス戦記がなくなった後のことを嫌でも漠然と考えさせられる。もし、アイリス戦記の代わりと言っちゃなんだが、居場所に成りうる存在に出会えればいいが、もし逢わなければまたあの日々が続くのだろうか......。毎日が陰鬱で楽しみなことがなくて、周りの者に蔑まれ細々と暮らす、生きているのか死んでいるのかわからない日々。ただただ生きている日々。そのような人生に希望があるのか? 自分に嘘をついてみっともなく抗って幸せがつかめるのか?いっそ「死」......。

 いや、考えるのはもうよそう。せっかく最後の日なのに鬱々とした思いでゲームをしても、楽しめるものも楽しめなくなる。

 考えに没頭しているうちに周りが騒がしくなる。どうやら、連絡事項を話し終えたようでホームルームが終わり皆思い思いに行動していた。

 俺は荷物の整理をし終えた後、あまり目立たないように教室を出て早足で自宅に帰っていった。


 

 薄汚れ古臭いアパートの一角で俺は鍵を取り出しいつもどおりに玄関ドアの鍵を開けて、中へ入る。室内には誰もいない。机の方にいつもの夕ご飯の作り置きを知らせる母の書き置きがあり、俺は歯牙にもかけないで自室に一直線に向かう。

 すぐさま慣れた手付きでノートパソコンを起動し、アイリス戦記にログインする。

 アイリス戦記は3Dのフィールド、オブジェクトに2Dのドット絵のキャラクターをプレイヤーとして操作するタイプのもので3Dポリゴンキャラクターを動かすものよりも要求スペックが低く、無課金ながらも十分楽しめてコア、ライト層に気を配った運営側の姿勢も実って、一時期MMORPGの中で一日辺りので首位にでた程だった。しかし、ソーシャルゲーム、通称ソシャゲの台頭やほかのオンラインゲームにプレイヤーが移っていって凋落の一途を辿り、今日の結果となってしまった。


*アクティブユーザー数...SNSをはじめとするソーシャルメディアやソーシャルアプリなどにおいて、一定期間サービスを利用したユーザーの数。


 俺は見飽きた街やお世辞に綺麗とは言えないフィールドを駆け回ったり、今日ログインして貰ったアイリス戦記の世界観、設定を語る妖精のペットの言葉に耳を傾けて、時折感慨に浸りながら充実とした時間を過ごした。

「あぁ…もうこんな時間か……。」

 ゲーム画面内にある時計にはもう23:50分を回っていった。

 いままでありがとう!! や 最高だったぜアイリス戦記! といった数々の賛辞がオープンチャットやプレイヤーの上部に載っていて思わず頬を緩める。

(俺も感謝の言葉を述べるか…。)

 今では少々慣れた手捌きでキーボードを打ち、「いままでお世話になりました! ありがとうございます!!」っと短すぎるんじゃないのかな…とか、自分でも柄じゃない言葉だなと思いつつもオープンチャットに送った。残りの時間はもう30秒をきり、終わりのカウントダウンがオープンチャットで始まり俺は感謝とうら寂しさで心をいっぱいにしながら見送った。

(終わったか……)

 残念な気持ちが俺の胸を支配していてそれを振り切るため、ログアウトしようとエスケープボタンを押しても別ウィンドウが開かず、画面がさっきまでの鮮やかさとは正反対の真っ白に染まった画面になっていた。

 フリーズしたのかなっと思っていたら画面中央に黒い文字が浮かぶ。

ーーー鬱屈した日々にウンザリしていますか?ーーー

「何だこれ? 何かのウィルスか?」

当然の疑問を俺は抱き、関わらないほうがいいと思い幸いアプリを終了させるXボタンがあったので、カーソルをそこに合わせる。あとはクリックするだけのことだが、俺は何か引っかかるものが心に存在して押せなかった。そいつは俺に問いかける。押せ…と。その問いに答えても意味がないかもしれない。だけどその問いがまさにそうで、俺の胸中を代弁しているかのようで不思議と無意識に答えの選択肢 「はい」に吸い込まれる。


ーーーこの世界で生きることに疲れていますか?ーーー

 ”はい”を俺はクリックする。(ああ、もうこんな世界行きたくない!)

 

ーーー自分の居場所がほしいですかーーー

 ”はい”を俺はクリックし続ける。(本当のが欲しい!)

 

ーーー然すればそれらを求めるため、異世界を救うのに尽力を惜しまないですか?ーーー

 ”はい”を俺は胸に渦巻いている万感な思いを籠めたクリックをする! (もし俺の求めが現実になるなら異世界でもなんでも救ってみせる!!!)

 左様なら我の求めに答えよ!人間よ!召喚の扉は開いた。さあ行け!、戦い抜いたその先に汝の求めるものが手に入ろうぞ!!!

 力強い男の声にノートパソコンの液晶からまばゆい光が洪水のように漏れ溢れ俺の体を包んでいく。何が起こっているのかわからないままその光に飲み込まれる。そして光が消えた頃には、俺は見知っているアイリス戦記の始まりの村ビギニールに近いバラディム平野に佇んでいた。


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