『凍結した時間、または懺悔する祭儀』

やましん(テンパー)

『凍結した時間、または懺悔する祭儀』

 【これは、喜劇である。笑えるように演じるべし。大きな法廷か、または神殿の中のような広間。『司祭』が長い中太りの棒を縦に構え、『懺悔者』がその前に、膝まずいている。】



司祭  「では、はじめよう。『懺悔者』は前に出よ!」


懺悔者 「はい。司祭様。」



 【『懺悔者』が、すこしだけ、前ににじり出る。バランスを崩して転びかける。アドリブですこし派手でも良い。ユーモラスに。】



司祭  「ああ、おほん、ここで懺悔する事は、天に向かっての懺悔となる。懺悔自体に偽りがあらば、たちどころに『灰』となろう。」


懺悔者 「『はい』、司祭様。同意いたします。『はい』。当然。もちろん。ナチュラリー。」


司祭  「では、述べるが良い、ロジレー!!」


 【司祭、大きな中太りの棒を、天に向かって差し伸べる。】


懺悔者 「はい。では。おお、天よ。いやでも、なんでも、よく聞き給え! ぼくは、いくらかは、自身をも偽りながらも、また周囲のいささかの偽りも、いくらかは許しながらも、宮殿で長く働いたのです。けっして、怠けたのではありません。しかし、多くのそれは、独りよがりの行動でもありました。ぼくは、たとえば、宮殿の来訪者に対しては、確かにしっかり、やさしく、丁寧に、努力いたしました。しかし、上司や、王国や、天を、必ずしも尊重し尊敬しなかったし、部下や、周囲にも、かなり多く、いや、ほとんど、あんまり、気を払わなかったのです。また規律はよく守りましたが、守らない人を告発したりはしませんでした。公の悪口は言いましたが、個人批判は上司などの例外以外は、しませんでした。結局のところ、現実は無意味となり、未来は失われたのです。いまさら、これ以上、このうえ、このまま、いかにして生きろと言うのでしょうか? お慈悲を持って、お取り扱いください。」


司祭  「そなたは、何をしたのか? いかなる罪か?」


懺悔者 「『何もしなかった罪』、という罪なのです。」


司祭  「なんと、聞いたことないが【これだけは独り言】・・・ しかし、長く仕事をしたのではないのか?」


懺悔者 「はい。しかし、まったく意味はなかったのです。自分の、何も変えられなかったのです。すべては、ぼくのせいです。みんなそう言いますから。きっと、そうです。たぶんそうです。そうだろうという、気がします。だいたいは。」


司祭  「それは、罪であるか?」


懺悔者 「当然、罪です、司祭様。」


司祭  「自分が変わらないことは、罪だと?」


懺悔者 「そうです。罪です。巨大な罪です。」


司祭  「法は、一定して、変わらないことが基本である。だから、変わらないことがあっても、すぐには、罪ではなかろう? 強盗とか、殺人とかしたのか?」


懺悔者 「司祭様は、あなたは、すべて、おわかりの中で、そうおっしゃるのです。自分が変わらないことの、どこに意味がありますか。ぼくは、なにも変えられなかった。自分の何もですよ。これは、大きな罪でした。まさに、ペン一本でさえ、動かせなかったのです。だから、強盗や、殺人は不可能です。」


司祭  「ふむ。では、証人A、 出なさい。」


証人A 「はい、司祭様。」


司祭  「ああ、こやつはこのように申して居るが、もと同僚としては、いかがか?」


証人A 「はい、このものは、宮殿の来訪者には確かに親切でしたが、ぼくら同僚には不愛想でした。また、確かにあまり、勉強をせず、また、上司やお上には、反抗的だったと思います。また、あまり、天にも敬意を払はなかったです。奇異な行動が目立ち、ああ、宮殿内で外国の歌を歌ったり、急に叫んだり、走り回ったり、転んだり、あまり・・つまり・・・普通ではありませんでした。」


司祭  「重要な証言ではあるが、相違ないかな?」


証人A 「はい、相違ございません。奇人とか変人の部類です。しかも、そうとうに、質の良くない部類です。楽しくない。シャレにならない。『そばにいて欲しくないわ、あなた。いますぐに消えてほしいの、いますぐに、そんなあなたですう~』【ここは即興の演歌調で】」


司祭  「そこまで、言うか・・・・・・。『懺悔者』はどう思うか、反論があれば述べなさい。」


懺悔者 「いえ、彼の言う通りです。大分、おかしかったでしょうから。『反論なんかありませんですう~』【ここは、さきの歌の調子に合わせて。】


司祭  「反論は、ないと?」


懺悔者 「ございません。」


司祭  「ふむ。ご苦労であった、では、証人B、出なさい。」


証人B  「はい、司祭様。」


司祭  「そなたは、この『懺悔者』の部下として働いたことがあるわけだが、意見を述べよ。」


証人B  「はい。このものは、たしかに部下に、お菓子を買ってやったり、カレーライスやとんかつなど、食事に連れて行ってくれたりも、時々は、けっこう、していましたが、だから、優しいところもあったのです。そんな仕事、ぼくできないも~ん、とか言いながら、じゃあしょうがないからやってやろうか、と思ったらと、次の日には出来てたりとか、じゃあ最初から、やると言えよな、とかも思いましたが、・・・そのまあ、肝心の仕事は、あまり、よくは、できませんでした。お客様からは、外向きの愛想は良いので、大体良いのですが、おかげでぼくらが、愛想が良くないと、お客様からしかられます。全体、仕事に時間がかかるので、なにかと実は迷惑でした。」


司祭  「ほう。」


証人B  「だまって、自分でやってほしいことは、あまり、してくれなかったのです。たとえば、はっきりした指示とか、まとめ役とか・・・、まあ、悪い人では、ないのですが・・・たぶん、元の、能力の問題なのでしょう・・・。優秀ではありません。役立たずです。役不足です。力足らずです、えと、能力不足で、えと・・・」


司祭  「それだけ言えば、よい。・・・ほう。つまりは、能力が、そもそもなかったと?」


証人B  「わたくしは、そう思います。仕事上、無理があったのです。このものには。」


司祭   「ふむ。『懺悔者』は、抗弁があるか?」


懺悔者  「ありません。今、思うに、まったくその通りです。もとから、能力がなかったのです。」


司祭   「ふうむ。では、そなたを採用したものが、間違いを犯したことになるが・・・それでよいのか?」


懺悔者  「いえ、そうではありません。人を偽るのが、上手かっただけです。採用者の落ち度ではないのです。いささか、そう言うところは、ありますからね。まあ、だまし上手と言うか、初めはたいがい上手くゆくけれど、だんだん上手く、なくなるのです。」


司祭   「ふむ。では、証人C、出なさい。」


証人C  「はい、司祭殿。」


司祭  「そなたは、こやつの上司であったが、この、意見はいかがか?」


証人C  「まあ、言いにくいのではありますが、やはり能力は大幅に、大股に、巨大に、欠如し、しかも礼儀をわきまえず、上下の礼儀と格式を尊重しなかったのであります。自分勝手で、気まぐれで、よく体を壊して休むし、あ、無断欠勤はしなかったけれど、なのに、上役を批判するし、天をないがしろにするし、でも、まあ、実際、上手いところもありましたが。ころっと、騙されるのですなあ。可愛そうに見せるのが上手でしたからなあ、まあ、オオカミ少年のようなものですな。しまいには、誰も、もう相手には、しませんでしたが。だって、そうでしょう?いやになりますよ。」


司祭  「ほう、それは重要な証言である。だが、昔は、多少は、ましだったとかはないのかな? この、ちょっぴり【指で示しながら】、ほんのりでもよいが、良いところがある、とか、まあ、悪くないところもあったとか、だな。」


証人C 「まあ、どうでしょうかねえ・・・。でも、聞いた話ですが、若いころから、あまり良くなかったらしいですがね。あまり、いい噂はないですなあ。まあ、中ごろには、いくらかましだったらしいとも、時には聞きますがね。そいつぁ、たいして、信用は出来ないです。こやつは、ずるいやつです。つらいことから、逃げるのは、上手かった。また、仕事に偏りが大きく、全体を見渡すことができなかったのです。一つの事にしか、集中が、できないようでしたな。職場の、『こまったちゃん』、ですなあ。迷惑なだけでした。実際は。ほんとに。ごみです。廃棄物です。誰も、こやつの上司には、なりたがらなかったのです。呪いがかかるからね。こやつの部下にもね。悪霊というか、疫病神というか、結局、最後は、もう部下もつけられていなかったのですがね。まあ、要するに、結局のところ、この世にいない方が、ましなやつでしたな。やなやつでした。こいつはね。まあ、それだけです。」


司祭  「なるほど、ふうん・・・・よくそこまで言えたものだな。ああ、いや、ご苦労でした。しかし、ちょっぴりのなかの、ちょっぴりでも、あえて言えば、いくらかは、無理して言えば、なんとなく、出来ることもあったとか? ないのかな?」


 【司祭、何かちょっとは良いことはないかと、なんとか、探し出そうと努力している様子。】


証人C 「いやあ、思い当たらないですなあ。大したことではありませんが、まあ、こやつが出来るのは、誰にでもできる事だけです。新聞の切り貼りとか。しかも、あまりにそこに没頭して、よけいなものまで切り貼りして、真面目な職員から不評が飛んだのです。それ以外の部分は、ただ、周囲に迷惑だったり、結局のところは、人任せになってしまったのであります。それでは、もちろん、上司などにはふさわしくない。部下たちは困った事でしょうなあ。まったく、わがままで、迷惑なやつでしたな。まあ、本人の前ではありますが。元から、いてもらわない方が、よいやつでした。いなくなって、実は助かりました。もめごとの元だっただけです。迷惑な奴です。消えてもらったら助かるとは思っていました。みんなそうです。よく思っている人は少ないでしょう。まあ、でも、すでにもう、いさぎよく辞めているからな、そこだけの判断は、褒めてやりましょう。だから、いくらかは、お目こぼしがあってもいいかとも、思いますがね。お上のお慈悲、と言うやつですなあ・・・」


司祭  「ふむ。さて、こうしてみれば、たしかに『懺悔者』はあまり、良くないと言う印象が強い。このままでは、『消去』する決定となりそうだが、しかし、果たしてそれでよいのかな? 『懺悔者』自身は、いかがであるかな? 消されるのであるぞ。永遠に。すっぱりと。まったく。きれいに。しゅぱっと。ぶちゃっと。」


 【司祭は、首を切るようなしぐさをして見せた。だから、いくらかは、反論せよ、と言う感じでもある。】


懺悔者  「恐ろしい事ですが、反論は出来ません。すべて、事実ですから。また、もう、ここで、きれいになるのは、よいことです。もう、疲れました。偽りは、お互いに、もうやめにしましょう。」


司祭   「ふむ。そうか。では、ここで、証人Dを呼ぼう。出なさい。」


証人D  「はい、司祭様。」


 【『ぬいぐるみ』のくまさんが登場する。】


司祭   「そなたは、この『懺悔者』と、どのような関係があったのか?」


証人D  「あたくしは、この『懺悔者』が買ってくれた、『ぬいぐるみ』のくま、三体の内のひとりでございます。」


司祭   「ほう?」


証人D  「王宮内の待合の、子供が遊ぶコーナーに置いてくれるということで、買ってもらいました。」


司祭   「それは、自費でかね?」


証人D  「そうだと思います。寄付されたのです。もっとも、あたくしたちは100ドリムでしたが。」


司祭   「ふむ。幸せであったか?」


証人D  「はい。仕事はハードでしたよ。なにせ、子供たちには、よく放り投げられたりとか、ぶっつけられたりとかかが、大方の扱いなのでねえ・・・、まあ、こんな風に飛んだり【やってみせる】、お鼻をもじられたり、しっぽを持って振り回されたり・・・・破れたことも、ありました、中身が現れてねえ、それは、みじめなものですよ・・・そこは、王宮の他の女性の方が、縫い合わせてくれましたが。『懺悔者』は、ぶきっちょなので、自分では出来ないのです。でも、ぬいぐるみには、やさしかったです。帰る前に、わざわざ、遊び場まで、よく見に来てくれていました。たぶん、さみしかったのでしょう。」


司祭  「ほう。さみしかったらしいと?」


証人D 「はい、きっとそうだとは思いました。でも、『懺悔者』のおうちの、『くまさん』に聞いたら、きっと、もっとよくわかるでしょう。買ってもらった日の、一晩だけ、一緒にいましたから。」


司祭  「ほう・・・おい、廷吏どの、その『くまさん』はいるのか? 呼びなさい。」


【廷吏が、『くまさん』を連れて登場する】


司祭  「ああ、きみは、このものの、『くまさん』かな?」


くまさん 「はい、そうです。」


司祭  「ああ、このものは、さみしかったのか?」


くまさん 「うん。でも、『くまさん』や、『ぱっちゃくん』がいたから、さみしくないと言っていました。」


司祭  「『ぱっちゃくん』とは?なにか?」


くまさん 「パンダさんのことだよ。」


司祭  「ふむ。パンダ、とな。」


 【司祭、パンダが何かおつきのものに確認した。】



司祭  「ああ、そなたたちが、いたから、さみしくはなかった、か?」


くまさん 「うん。」


司祭  「ふむ。そなたは、このものが、どうなったらよいと思うかな?」


くまさん 「くまさんたちといっしょに、ずっと暮らしたらいいと思います。消えるのは、よくないです。」


司祭  「人間とは、どうかな?」


くまさん 「人とは、きっと、話が合わないよ。」


司祭  「なるほど・・・・もう、退場して、よろしい。」


 【司祭は、椅子に掛け直した。】



司祭  「さて、では、ほかに、誰か言うべきことがあるかな? ああ、これが、すべて、最後の機会である。他には、もう言うべきことがなければ、天の裁量を伝えることになる。このままでは、懺悔者は『【消去】』という結論に至ることは明白である。よいのかな?それで。ブスっと行くぞ。シュワッと行くが。よいのか?」



 【司祭は、全てを見回した。しかし、申し出るものは、もう、誰もなかった。】



司祭  「では、申し渡す。『懺悔者』は『消去』する。ただし、すぐに完全消去に至るには、いささかの疑念がある。なぜならば、まあ、あまりに、普通過ぎるからである。したがって、ごく短い、執行猶予期間を設定する。期間は・・・・である。」


懺悔者 「あああ、そこ、聞こえなかったですよお~~~~~おおい! おおい! おおい!・・・・・あと、いくらですかあ???・・・おおい!!!」


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



  【消灯し、みな、消える・・・】



      舞台転換   



【うす暗い小さな部屋の中。 『懺悔者』は、ベッドから起き上がる。向こうの棚   の上に『くまさん』や『ぱっちゃくん』がいる。】



懺悔者  「なんだ、また夢か。やれやれ、まだ4時か。腹へったよなあ。ね、くまさん。結局、なにも、わからなかったね。」




           ************** 終幕






































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