第81話 サクラの苦難な一日(後編)

「ねぇ、あそこに座ってるのってサクラさんじゃない?」

「えっ? ホントだ、でもなんでドレス姿?」

「さっき先輩から聞いたんだけど、お隣に座っておられる方はミリアリア王女様らしいよ」

「うそ、私はエンジウム家のルテア様だって」

「違う違う、ハルジオン家のユミナ様だって話だよ」


 遠くの方から接客係に選ばれたクラスメイト達の声が聞こえてくる。

 現在私の前には高そうなティーセットが並べられ、これまた高そうなドレスに身を包んだご令嬢方が鎮座している。


 なんでこうなった……。


 本来なら私を支度役に選んだアリス様のお世話をするべきなのだが、なぜか当の本人はこの場にはおられず、代わりに親友と呼ばれる方がずらりと勢揃い。

 先ほど挨拶と自己紹介をされた時に、軽く意識が飛んだ事は大目に見てもらいたい。


「どうかしたのサクラ? 顔色が悪いわよ」

 挨拶以降私が一言も発しない事を心配したのか、隣に座るミリアリア様が気遣って声をかけてくださる。

「い、いえ。ちょっと有りえない現実に考えが追いつかないだけですので」

「そう? それじゃそのうち慣れるわね」

 いやいやいや、この状況に慣れてくるとかおかしいでしょ!

 もしそんな平民がいればぜひここに連れてきてほしいと大いに抗議したいところ。

 ただでさえミリアリア様だけでいっぱいいっぱいだと言うのに、今私が着いているテーブルには見知らぬご令嬢が他に3名。

 レガリア四大公爵家と呼ばれるエンジウム家のルテア様に、ハルジオン家のユミナ様。それにアルフレート侯爵家のリコリス様と名乗られた。

 そらぁ、王女様のご友人だと言うと、こういうメンツにはなるのだろうけど、実際目の前に現れたら自分がどれだけ場違いの人間だという事は、誰だって感じてしまうだろう。


「サクラちゃん、そんなに緊張しなくてもいいんだよ。アリスちゃんから話は全部聴いてるから」

「ごめんなさいね、ミリィが先走った事を言ってしまったせいでこんな事態になってしまって」

 私の心境を察して貰えたのか、ルテア様とリコリス様が順番に優しい声をかけてくださる。

 確かに王女様ともなると、一度口走った事を後から撤回するのも些か問題にもなるのだろう。


「いいじゃない別に。遅かれ早かれこんな状況にはなっていたでしょ? 二人だってサクラに会いたいって言ってたじゃない」

「うん、この前のお茶会でも言ってたよね」

「それもそうですわね」

「そのお茶会、私は呼ばれてませんよぉ〜」

 ブフッ。

 つい今しがたまで気遣ってくださていたお二人が、手のひら返しとも取れる回答に思わず吹き出す。

 私の知らないところでどうしてそんな話になっているのよ! 自慢じゃないけど、私自身に王族に知り合いなんていないし、貴族と呼ばれている人達すら会話を交わした記憶は一切ない。それがなんで本人が知らないところでこんな話になっているの?


「もう、皆さん余り妹をおもちゃにしないでくださいよぉ」

 ご令嬢様方の会話に突如割り込んできたのは、いわずとしれたお姉ちゃん。

 って、いた! 唯一私と王女様達を繋ぐ接点が。


「お、お姉ちゃん。もしかとは思うけれど、私の事をミリアリア様達に話したのってお姉ちゃん?」ぼそっ

「ん? そうだけど」ぼそっ

 やっぱ、あんたかぁーーー!!

 やや半泣き状態の私が、小声で恐る恐るお姉ちゃんに尋ねると、返ってきたのは何時もと変わらぬ素っ頓狂な答え。


「もう、なんでミリアリア様達に私なんかの話をするのよー」ぼそっ

「何でって、アリスちゃんがユミナ様自慢をするから、ついついそれに対抗して、『私にだってサクラっていう可愛い妹がいるんだよ』って。

 やっぱここはお姉ちゃんとして、可愛い妹自慢を披露するところでしょ?」ぼそっ

「なにアリス様に対抗しちゃってるのよぉー、っていうか、なんで王女様達と普通に会話に参加してるのよー!」ぼそっ

 小声でこの状況を作り上げてしまったであろうお姉ちゃんに抗議する。

 

「なに二人でコソコソ話し合っているのよ。言いたい事があればちゃんと聞くわよ」

 やや興奮気味にお姉ちゃんに話しかけてしまったせいで、ミリアリア様からお叱りを受ける。


「いえ、私がミリアリア様達に妹自慢の話をしたことが恥ずかしかったようで、ちょっと照れてるみたいなんです」

 ブフッ、ちょっとお姉ちゃん! さっきの話からどうやったらそんな解釈にたどり着けるのよ!!

 

「あぁ、確かにあれは恥ずかしいわよね。あのアリスですら流石に苦笑いしちゃってたから」

「そうですか? 私は好きですよ。ココリナさんのお姉さん愛が溢れていて」

「そうですわね。あれを愛と呼んでいいのかは分かりませんが、あそこまで妹自慢されてしまいますと、私だって一度お会いしたいと思ってしまいましたから」

「もぉー、だから私はそのお茶会に呼ばれていないんですよぉー」

「……」

 尋ねてもいないのに3人が、思い思いの感想を私に聞かせてくれる。

 一体お姉ちゃんは皆さんにどんな話をしたのよと問い詰めたい気もするが、聞けばこの場で悶絶することは目に見えているのであえてスルーさせてもらう。

 それより今一番気になっているのは、お姉ちゃんがなぜ普通に皆さんと会話に加わっているか。

 ミリアリア様とアリス様は、まぁ、共にお城で暮らされていて、それをお姉ちゃんがお世話をしているとの事だから納得もできる。だけど他の3人は明らかに違うよね? ミリアリア様の立場に立つと、3人のご令嬢方はお客様になるわけで、そこで楽しそうに会話に加わるなんてことはまずあり得ない。

 今だってユミナ様が一人、先のお茶会に呼ばれていなかったとミリアリア様達に抗議し、それをお姉ちゃんまでもが一緒になだめている。

 一体お姉ちゃんって何者? もしかして実は高貴なる貴族の隠し子とか言わないよね?

 

「わかったわよ。今度ユミナもちゃんと招待するから、その時にココリナから話をききなさい」

「本当ですね? 約束しましたよ、ミリアリアお姉様」

 私が一人考えに耽っていると、どうやら彼方は彼方で話がまとまったようだ。

 先ほどの自己紹介の時にユミナ様だけ1つ年下だと言う話だから、恐らく皆さんの中では妹のような存在なんだろう。


 取り敢えず私に害することがなければ穏便に纏まることは願ってもない。

 完全に部外者になりつつあるのを感謝し、授業で習ったように優雅な振る舞いでお茶をいっぱい。 

 うん、さすが王女様達が飲むために用意されたお茶。普段練習用に使う茶葉と比べると甘くておいしい。

 できればこのまま何事もなく時が過ぎてくれればいいんだけれどと、私が甘い考えを抱いていた時、続くルテア様の言葉で再び恐怖のずんどこ……いえどん底に落とされてしまう。

「よかったねユミナちゃん。これでまたサクラちゃんと一緒にお茶できるね」

 ブフッ

 思わず飲みかけていたお茶を吐き出しそうになるも、寸前のところで抑えきる。


 ちょっとマテ、先ほどの話の中でなぜ私までもお茶会のメンバーに入ってる?

 別に現実逃避をしていたわけではないので、ミリアリア様達の会話はそれとなく耳に入っている。

 話の内容では、一人お茶会に呼ばれなかったユミナ様が自分もその時の話を聞きたいといい、それを宥める形で再度お茶会が催されるとの内容で収まったはず。そこになぜ私がメンバーに加えられている?


「ココリナもそれでいいわよね?」

「はい。サクラの日程は私が調整しておきますので」

 コラコラ、そこはお姉ちゃんじゃなくて私に確認するべき言葉でしょ。しかもお姉ちゃん、まるで私のプロデューサーの如くなに簡単に返事しちゃっているのよ!


「あ、あの。なんで私までそのお茶会メンバーに入っているんですか?」

 このままでは私の意志など無視され、ずるずるミリアリア様達のペースに巻き込まれそうなので、思い切って話に割り込むように言葉をあげる。


「なんでって、アリスがいないんだから仕方ないでしょ? あの子だけのけ者すると後で大変なんだから」

「そうですわね。それに元々別にお茶会を催す予定でしたので。寧ろ今日の学園社交界の方がイレギュラー、と言うべきなのかしら?」

「うんうん。今日はミリィちゃんの言動による言わば不慮の事故? みたいな」

 開いた口が塞がらない、と言うのはまさに今の私の状態を指すのだろう。

 じゃなに? 遅かれ早かれ私は皆さんとお茶会することが既に決まっていたっていうこと? いやいや、それはないわー。

 ここは適当な理由をつけて何としても断るか、最悪一時的に王都から逃げ出すしか方法はないだろう。


「因みに、逃げようって思っても無駄だからね。すでにサクラのお母様からも了承を得ているし、此方にはココリナっていう最終兵器も備えているんだから」

 まるで脅しとも取れるミリアリア様の言葉に、若干お姉ちゃんも渋い顔をしているが、その前にお母さんまでなに勝手に了承しちゃっているのよと、大いに抗議したい。


「諦めなさい。ミリィとアリスが言い出したことは誰にも止められないし、それにこれは貴女のお姉さんも通った道なのですから」

 ブフーーーッ

 本日何度目か。幸い口の中になにもなかったお陰で大惨事にはならなかったが、お茶を飲んでいる途中だったのなら、確実に噴射していたことは言うまでもあるまい。

 っていうか、お姉ちゃん、学生時代になにしてたのよー!!


「そういう事だから、次のお茶会を楽しみに待っているわね」

 ミリアリア様の意地悪そうな笑顔と、お姉ちゃんの楽しそうな笑顔。


 前言撤回、このあり得ない状況に順応している人がここにいたよーー!!

 

 この日、私は伝説と呼ばれているお姉ちゃんの偉大さを改めて実感するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る