第80話 サクラの苦難な一日(中編)

「こんな感じで如何でしょうか?」

「うん、ありがとうサクラちゃん」

 支度室で、アリス様が着付けを確認しならが言葉を返してくださる。


 途中、お姉ちゃんが心配そうに見に来ていたが、着付けは授業とそれに伴う補習を受けているので、別段困る要素は何処にもない。

 ただ、授業では私と同じ環境で育った生徒に着付けをしていたから分からなかったが、アリス様は私が着付けしやすいように体を動かしたり、緊張を紛らわすように優しく話しかけてくださった。

 そのお陰もあるのだろうが、これまでにない完璧な着付けが出来たんじゃないかと自負している。


「アリス、着替え終わった?」

「うん、丁度今おわったところだよ」

 カーテンの外からミリアリア様の声が聞こえる。どうやら彼方の着付けも終わったのだろう。

 私は仕切っていたカーテンを開き、ミリアリア様にアリス様の着付け姿を披露する。


「どう?」

「いいんじゃない?」

 アリス様がクルっと優雅に回り、その姿をミリアリア様が確認する。

 これは着付け中にアリス様が教えてくれたのだが、お二人は幼少の頃から共に過ごし、今じゃ姉妹といってもよい関係になっているんだとか。

 アリス様はミリアリア様を信頼し、ミリアリア様もまたアリス様を大切にしていることは、見ているだけでも分かってしまう。

 そんなお二人のお手伝いを出来た満足感を抱きながら、こっそりミリアリア様の方を見れば、アリス様のお姿を満足そうに眺める姿と、その奥で別のドレスを用意しているお姉ちゃんの姿。

 別段注意される箇所もなさそうなのでひとまず着付けは成功と言えよう。

 うん、私頑張った。


「それじゃ次はサクラの番ね」

「………………はい?」

 ミリアリア様の言葉の意味が分からず、数秒考えた末に首を傾げる。


「じゃまず服を脱がすね」

 ミリアリア様からの回答が来る前に、背後からアリス様が背中のファスナーを下ろしてくる。

 私が今来ているスチュワートの制服は、紺色のメイド服からエプロンをとった姿そのもの。今日の学園社交界では、支度班はそのままで、接客班だけ分かりやすいようにエプロンをつけている。つまり、背中のファスナーを降ろされるとそのまま下着とキャミソール姿になる訳で……


「きゃっ!」

 思わず年頃なりの可愛らしい悲鳴が私の口から飛び出すが、アリス様は手馴れた手つきで素早く制服を脱がされてしまう。

 って、うそ、なんでそんなに器用に脱がせちゃうの!?


「はい、じゃ次は下着も替えなきゃね」

「ちょっ、待ってください。なんで私は服を脱がされてるんですか?」

「はいはい、説明は後でするからねー。着付けの順番を待っている人もいるから急いじゃおう。はい、ばんざーい」

 アリス様の言葉につられて思わず両手を上げてしまったところを、これまた手馴れた手つきでキャミソールと下着を脱がされる。


「にゃーー!」

 咄嗟に両手でさらけ出してしまった胸を隠すが、アリス様はその行動も予測ずみなのか、続いてショーツとストッキングまで脱がされてしまう。


 まってまって、なんで私は裸にされてるの?

 思わず脱がされた制服を拾い、ダッシュで逃げ出そうかという考えがよぎるが、まるで私の心を読まれているかの如く、見学していたミリアリア様に素早く下着と制服を奪われる。


「それじゃまずこれからね」

 そう言いながら、背後から鼻歌まじりで白く真新しい下着を私に着付けていくアリス様。

「ま、待ってください。こ、これ、ビスチェですよね? なんでこんなものを私が……」

 そらぁ、裸の状態でいるよりかは幾分ましだが、ビスチェと言えば高価な下着。先ほどまで私が来ていた胸だけを覆う安物ではなく、貴族の人たちが着るようなものの上、今私の胸に当てられているビスチェは豪華な刺繍が施され、肌触りも文句無しに気持ち良い。

 恐らくこの下着はビスチェの中でも最高級のランクなのではないだろうか?


「えっ、何でって言われてもビスチェは着崩れしにくいからいいんだよ?」

 いやいやいや、それぐらい私だって知っているって。

 ドレス姿を綺麗に見せるためにお腹あたりを絞ったり、胸元を強調するように寄せて集めて膨らませる、なんて事が出来るのもビスチェの醍醐味と言えよう。

 だけど今私が聞きたいのはそんな説明ではなく、なぜビスチェを……なぜ制服から着替えさせらえているかを聞いているのだ。

 本人はどうやら誤魔化している様子は見えないので、恐らくこれがアリス様の素の姿なのだろう。

(もしかしてアリス様って天然?)


「アリスちゃん、ドレス持ってきたよ」

「ありがとうココリナちゃん。それじゃサクラちゃんを着付けていくね」

 私の下着姿が完成したタイミングで淡いピンクのドレスを持ってきたお姉ちゃん。

 って、このドレス、さっきお姉ちゃんが用意していたドレスだよね! っていうか、何で私がドレスを着る事になっているの!?


「お、お姉ちゃん、これ今どういう状況? 私なんでドレスを着せられてるの?」

 この様子を楽しそうに眺めるミリアリア様に、私の質問を斜め80度から珍回答を返すアリス様。ここは全てを知っていそうなお姉ちゃんに尋ねてみる。


「えっとね……サクラは今日1日ミリアリア様のおもちゃ……コホン、お友達として学園社交界に参加する、みたいな?」

「………………はぃ?」

 今お姉ちゃんなっつった?

 私がミリアリア様のお友達として学園社交界に参加する? それに今サラッとおもちゃとか言いかけてなかった?


「ちょっとココリナ、人聞きの悪い事を言わないでよね。私はただサクラが寂しそうにするんじゃないかと思って、わざわざ先生方に許可までもらってきたのよ」

 私が寂しそうに?


 ミリアリア様の話では、どうやらアリス様は音楽隊のメンバーに選出されているらしく、この後のお世話は一切不要なのだという。

 本来支度役はビクトリアの生徒に付き添い、パーティー中も影からサポートする役割が与えらえている。だったら他の音楽隊のメンバーも支度役は要らないんじゃと思うかもしれないが、そこは指名生徒と抽選生徒との違いで、前者は暇をもて遊ばし、後者は別の仕事が用意されているんだという。

 まぁ、暇をもて遊ばしとは言ったけれど、指名ありと言う事は、お屋敷から派遣されたメイドさんによる面接も兼ねているので、常に緊張の中にいなければならないらしい。


 ……あれ? 今の話からすると、支度役に選ばれた私の面接官ってお姉ちゃんだよね? 実際、本当の面接されているのかと疑問を感じるけど、この際些細な事は横の置く。

 それじゃアリス様が音楽隊に参加している間、私はミリアリア様のお世話をしていれば良いだけで、そこにワザワザドレスに着替える理由がどこにある?


「で、本音のところは?」

「アリスにサクラ争奪戦で負けて、思わず戦時中を理由に私の支度役は要らないわよと言った手前、今更私のお世話役に引き取るわとは言えなかったのよ」

 ブフッ

 コラコラ、さっきのもっともらしい説明は一体なんだったのよ!


「もう、だから勝手に先走らないでっていつも言ってるじゃない」

「忘れてたのよ、アリスが音楽隊に参加するってのを。でも結果的にサクラを引き止められたんだから別にいいでしょ」

 アリス様に叱られ、不貞腐れてながらも素直に本音を話すミリアリア様。

 結局今の私が置かれた状況って、ミリアリア様の自尊心から出来てしまったっていうわけ?


「そういう事だからサクラは今日1日、私の妹役ね」

「うんうん、心配しなくてもルテアちゃんやリコちゃん達もいるから大丈夫だよ」

 何がそういう事なのか、なぜいきなり妹役なのかと色々ツッコミどころは満載だけど、お二人のお友達という事は上級貴族であることはまず間違いない。

 ただせさえ王女様で一杯一杯なのに、この上ドレスを着せられ、高貴なお嬢様方に囲まれ、なおかつテーブルマナーすら何も知らない私がやっていける訳がない。

 私はうっすら涙を浮かべながら首を真横にフルフルと振る。


「まぁ、これも経験だね。ココリナちゃんも通った道だし」

「そうね、ココリナも経験してるんだし、言わば真のメイドへの最初に試練とか?」

 ふるふるふる

 ドレスを来て、社交界に出るのが真のメイドへの道とかそんな訳がない。 

 救いを求めてお姉ちゃんの方に視線を向けるも、私の着飾ったドレス姿にグーサインを送るだけ。

 そうじゃなくて二人を止めてよー!!


 結局私の抵抗など気にする様子もなく、まるで市場に引かれる子牛の様に、お二人に連れられて支度室を後にするのだった。

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