第44話 不運な先生

 長年の夢であった教師生活。

 難関と言われる教員試験に合格し、この国でも最高峰と呼ばれるスチュワート学園への採用が決まった。


 初出勤の日、夢と希望を膨らませて学園の校門をくぐった私に待っていたのは、突然とも言える2年生のクラス担任。

 何でも担任を予定していた先生が産休を取ることになってしまい、一クラスだけ担任の教師が未だに決まっていないのだという。だからと言っていきなり新人に、しかも一年生ではなく二年生の担任を持たせるのはどうかと思うが、先生方全員から支持されれば断る事も出来なかった。


 でもまぁ、これはチャンスよ。年齢も私とそんなに変わらない生徒達だし、年配の先生では出来ないふれ合いが私になら出来る。

 教師を志した時から担任を持ち、生徒達と仲良く友情を深め、卒業していく姿を涙を浮かべて送り出すことが夢だったじゃない。

「先生、今までありがとう」「私たち、先生の事はわすれないよ」と、最後は涙涙の青春ストーリー。少々先生方が申し訳なさそうな様子だったが、きっと新人の私を気遣ってのことだろう。頑張れ私、これも夢への第一歩よ!




 初の課外授業であるお仕事見学会。

 なんでやねんと一人ツッコミを入れつつやってきたのはレガリア城、どこの世界にお仕事見学に国の最重要施設に行くと言うのだろう。

 だけど決まった事には仕方がない。やたらと他の先生方が引率を渋り、結局お城の案内役が1グループに2名づつ付いてくださる言う事で、学園からは私一人が付き添う事になった。

 グループ分けの時、誰からも誘われず一瞬ハブられたかと思ったが、そこは優しい生徒の一人が温かく迎え入れてくれ、動揺する姿に気づかれないよう自然と生徒達の輪の中へと溶け込むことができた。

 うん、大丈夫。こうやって生徒たちとの友情を深めていくのよ。


「もしかしてロサ先生はご存じないんですか?」

 グループに誘われ安心したのもつかの間、生徒の一人ココリナさんが放った一言に多少の疑問を浮かべる。

 ご存知ないってなんの事? 生徒の名前や経歴は担任を持つと決まった時に全て記憶した。その中では特に気になった点と言えば、リリアナさんが公爵家の推薦を貰っているとか、パフィオさんが素性を隠した伯爵家のご令嬢だとかいったところか。貴族の家庭事情はあまり関わらない方がいいのでその辺りは触れないよう心がけているが、それ以外は特におかしなところは……そう言えばアリスさんも誰かの推薦だったわね。家名ではなく個人名での推薦だったから気にしなかったけど、あれは誰だったのかしら?


「それでは次の場所へとご案内します」

 一人考えに没頭していると、いつの間にか食堂での説明と見学が終わっており、案内役の方に誘導されながら次なる目的地へと足を進める。


 いけないいけない、今は余計ない事を考えずに仕事に専念しなきゃ。私は教師で、生徒たちを導いてあげるのが役目。頑張るのよロサ!


 気持ちを入れ替え、今の状況に意識を集中する。

 ここはお城なんだから些細なミスでも学園の品格が損なわれてしまう。いくら新人だからといっても、そう簡単には許されるものではないだろう。

 背筋を伸ばし、遅れないよう先頭を行く執事さんの後を追っていく。奥へ、更に奥へ。もっと奥へと……

 あ、あれれ? 他のグループは? それにすれ違う人も少なくなってきていない?

 徐々に不安が私を支配し始めた頃、目の前に立ち入を制限するためであろう二人の騎士が立ちふさがり………………案内役の執事さんに敬礼する。

 は? 騎士が敬礼? 執事さんに?

 案内役の執事さんは騎士達の間をすり抜け、私たちを更に奥へと案内する。


 ここに来て完全に異様な不安が私を支配する。まって、まって、私たちは一体どこへと連れて行かれるの? これが薄汚れた地下へと向かう道ならその場で反転して全員で逃げ出すところだが、私たちが向かっている先は寧ろ真逆と言ってよい上層部。それも綺麗に掃除され、装飾品も豪華な廊下を進むだけ。

 要所要所に騎士が警護のために立っているが、その全員が私たちに……いや案内役の執事さんに敬礼を送っている。


 どういう事? 先頭を行く男性の姿は、貴族のお屋敷でよく見かける普通の執事服。もう一人の男性も同じ服だし、二人の女性に至っては何処にでもいそうなメイド服に身を包み、その歩き方は足音が聞こえないほどの完璧なウォーキング。

 少々後ろから監視されているようで居た堪れないが、これもお城を見学するんだから仕方がないんだと無理やり納得させる。

 ……そういえばなんで私たちのグループだけ案内役が4人なのかしら? 他のグループは2人だと言うのに。


「ね、ねぇアリスさん。騎士様達が先ほどから案内役の方に敬礼をされている気がするんですけど……」

 生徒の一人、確かお隣のクラスであるイリアさんがアリスさんに向かって質問する。

 どうやら疑問に思っていたのは私だけではなかったようね。

 それにしても何故アリスさんに?


 アリスという名の生徒は、私をこのグループへと誘ってくれた心の優しい女の子。背が低く、このレガリアでは珍しい銀色の綺麗な髪で、恐らくこのグループのマスコット的な位置にいるのだろう。全員から可愛がられ、本人もニコニコと愛らしい姿を振舞いている。

 唯一気になることがあるとすれば、時々冷いとも言える言葉を全員から浴びせられてはいるが、これも彼女達なりの友情の表現だと思えば不思議ではない。


「う〜ん、イリアさんもそう思う?」

「アリスさんにも分からないんですか?」

「そういう訳じゃないんだけれど……自信がないっていうか、なんっていうか」

 二人会話は小声なので、前を行く案内役の執事さんには聞こえていないだろうが、耳がいいのか後ろを歩くメイドの二人から声を殺したクスクスという笑い声が聞こえて来る。


 アリスさんは少し考えた素振りを見せるも、どうやら目的の場所にたどり着いたのか、執事さんが扉のノブに手をかけたところで意を決して声をかける。


「あの、エヴァルド様、ですよね?」

 扉のノブに手を掛けた状態で、エヴァルドと呼ばれた男性がこちらを振り向く。

 すると……

「……ははは、バレてしまいましたかアリス様。あと一歩だったのですがね」

 と同時にかぶっていた黒髪のウィッグを無造作に脱いで見せる。


 ブロンド? 黒髪のウィッグの下から現れたのは、貴族特有とも言えるブロンドの髪色。今まですれ違った騎士達の様子からすると、この人は其れなりの地位の高い人物なんだろう。

 一瞬いままで粗相をしていないかと記憶の糸を辿ってみるも、幸いミスらしいミスはしていないと気づき安堵する。


「どなたですの? ブロンドの髪ということは爵位を持たれている方のようですが……」

「えっとね、ジークとユミナちゃんのお父さん、って言えばわかるかなぁ」

 イリアさんの質問にアリスさんが困った様子で答える。

 アリスさんから出てきた二人の名前は私にとっては聞きなれないが、他の生徒達にはその一言で全てを悟ったようで、何人かは目を丸くし、更に何人かはお互い抱きつき合いながら足を震わせ、貴族のご令嬢であるはずのパフィオさんに至っては、うっすら涙すら浮かべてしまっている。


 えっ、この人ってそんなに偉い人? ブロンドは貴族特有の髪色だが、今じゃ髪を染める人も大勢いれば、目の前のイリアさんも同様のブロンド。もちろんここまでの様子から、この人がただの執事さんではないことはわかるが、それでも案内役をしているんだからそこまでトンデモナイ有名人ではないだろう。


「改めて、エヴァルド・ハルジオンだ。息子達がお世話になっているようだね」

 ブフッ

「ハ、ハ、ハルジオン!? そそそそ、それ! こ、公爵家の名前!?」

「あ、先生落ち着いて、ここお城だから」

 妙に冷静なココリナさんが私を諌めてくるが、いやいやいや、落ち着けないって!

 思わず一人大声をだして取り乱してしまうが、生徒達の半数は落ち着いた様子で現状を受け止めている。ってかなんでそんなに冷静なのよ!?


「まってまって、なんで皆んなそんなに落ち着いてられるの!? 公爵様だよ公爵様。レガリアの四大公爵家と言えば王家の血を引き、聖女様や王妃様を数多く輩出している一族なのよ。

 無礼を働いた輩にフッと息を吹きかけるだけで、一族が路頭にも迷っちゃうと言われている怖い人たちなのよ!」


 はぁはぁはぁ

「…………」サァーーーー

 動揺の余り矢継ぎ早に思っていた事が声に出てしまうも後の祭り。徐々に冷静になるにつれ自分が放った発言で冷たい汗が額から流れ落ちる。


「いや、まぁ、そこまで怖がられると逆に困るんだが……」

 何故だか困った様子でこちらを見つめる公爵様。

 私の心臓は恐怖と今の状況に付いていけず、バクバクと激しい脈打ちを繰り返すが、人の気持ちを知ってか知らずか背後から無常なメイド達の笑い声が聞こえて来る。

 って、このメイド達もグルなのね!


「だから言っただろ、黒髪で隠すだけじゃバレちまうって」

 今度はメイド達のさらに後ろ、最後尾を歩いていたもう一人の執事が前へと歩み出る。

「こ、今度は、ど、何方……ですの?」

 一見落ち着いているように見えてもそこは経験が少ない生徒。声を震わせながらイリアさんが再びアリスさんに質問を投げかける。


「えっと、アストリアのお父さん……コンスタンス・ストリアータ様なんだけど……」

 ブフッ

「ス、ス、ストリアータ!? そ、それも公爵家!?」

「せ、先生ちょっと声が大きいですよ、ここお城ですから落ち着いてください」

 生徒であるココリナさんに再び諌められるが、なんでそんなに落ち着いてられるのよ!

 二人の公爵様に見つめられ、私の心臓は爆発寸前。

 公爵家と言えば以下省略、これで落ち着けと言われて落ち着ける訳がないでしょーー!!


 するとその時、無造作に内側から開かれる分厚い扉。

「何時まで経っても来ないと思っていたら、人の部屋の前で何楽しそうに話をしているんだ?」

 ひょっこりと部屋の中から文句を言いながら出てきた一人の男性。

 あれ? この人何処かで見た事がある。

「これは失礼しました陛下、エヴァルドのやつがギリギリの処でバレてしまってこの騒ぎです」

 ブフーーーッ

 い、今この人陛下っていった!?

 するとこの人は国王様であって、私たち今その部屋に案内されようとしていた!?


「もしかして、これ全部お義父様の仕業ですか?」

「いや、まぁ、フローラばかりじゃちょっと悔しくてな。折角だから私の仕事をだな……」

 ジト目で国王様を見つめるアリスさん。

 ……は? お父様? 今アリスさん、お父さんって言った?

 そういえばアリスさんの推薦者は確かアムルタートさんとフローラさん……ってそれ国王様と王妃様の名前じゃない!!!

 すでに限界に来ていた私の脳内処理がオーバーヒート。一介の新人教師にこれはないよね?

 うん、ダメ。気絶しよう。


「先生? ってせんせーーーい」

 その言葉を最後に私の意識は暗闇の中へと落ちていくのだった。

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