第43話 お仕事見学会

 私たちが二年生になり早数ヶ月、本日は社会科見学と言う名のお仕事見学会。

 昨年のお仕事体験では現役のメイドさん達に混じって一緒に体験するという趣旨だったが、今度は一歩下がった視点から、プロのメイドはどのように動いているかを学ぼうというもの。

 何でもまずは経験、その後反省の意味も込めて改めて現役のメイドさん達から技術を盗み、学ぼうというのが学園の教育方針なんだとか。

 この後私たちはそれぞれの現場へと就職していくのだが、何時までも教えを乞うだけでは己の成長にはならず、自ら先輩達の動きや技術を学んでいけるよう、ひよっ子である今のうちにその方法を教え込むのが目的らしい。


「それで、私達はなんでココに来ているの?」

 見上げれば、そこにあるは気高くそびえるレガリア城。建国以来修繕と改築の繰り返しで当初の姿からは随分と変わったらしいが、間違いなくその歴史と造形美はこのレガリア王国随一であろう。

 それにしてももう一度言うが、なんで私達はここにいるだろう……


 お仕事見学会、その第一陣として私のクラスとお隣のイリアさんとのクラスがここへとやってきた訳だが……普通お城へはやって来ないよね?


「ア、ア、ア、アリスさん……こ、これはまた貴女の計らいなんですの?」

 隣にいるイリアさんが声を震わしながら私に向けて尋ねてくる。

 いやいや、居候の存在でそんな大それた計画なんて立てられませんって。


 私たちが今いる場所は本城と呼ばれており、どちらかと言うと割と入りやすい場所ではある。中には立ち入り禁止のエリアもあるが、国を挙げてのパーティーや、一般の人でも受付でしっかり手続きさえすれば足を踏み入れる事だって出来ると聞いているので、別段私たち生徒が来ても不思議ではないのかもしれない。しれないが、国王であるお義父様もいれば、レガリアの四大公爵家と呼ばれる公爵様達だって働いている国の重要施設だ。それを幾ら国が運営している学園だからといって、お城を見学しようなどと誰が考えるだろうか。


「ロサ先生、毎年お仕事見学会ってお城に来ているんですか?」

 隣で口をポカンと開けて呆然とお城の外見を見上げているロサ先生。

 本当は新人でいきなり担任を持つ予定はなかったらしいが、私たちのクラスを受け持つはずだったマリー先生が産休で長期休養に入った為、急遽手が空いていたロサ先生に白羽の矢が立ったと言う事らしい。

 それを聞いたココリナちゃんは「きっと他の先生がアリスちゃんのクラスを受け持つのを嫌がったんだよ。だから何も知らないロサ先生に無理やり押し付けたに違いないね」と、やたら力説していたが、私が原因のように言われるのどうか、少々本気で尋ねてみたい。


「……」

 一向に返事が返ってこないので心配になって様子を見てみるも、その姿は先ほど変わらずただ呆然と見上げているだけ。

 いつぞやのココリナちゃんのように意識が飛んでいる感じではないが、心配になってもう一度声をかけてみる。

「ロサ先生?」

「えっ!? ア、アリスさん、今何か言いました?」

「えっと、毎年お仕事見学会でお城に来ているんですか? って聞いたんですが」

 ようやく私の言葉が聞こえたのか、慌てて質問の内容を返してくれる。


「い、いえ、今年はなぜだか特別だって聞いています。他の先生方はお城に行くのが怖いからって今回無理やり私に……あっ、いえ、なんでも……」

 あ、やっぱりそうなんだ。

 少々最後に出てきた言葉が気にならないでもないが、心の何処かでプロのメイドさんに学ぶならこれもアリかも? と思っていたが、やっぱりお城の見学会は如何にスチュワートと言えど異例だったらしい。

 まぁ、普通そうだよね。いくら国が運営する学園だからといって流石にこれは……


「と、とにかく先に進みましょうか。何時までもただ見上げているだけど言う訳にもいけませんし、案内人さんを待たす訳にもいきませんので」

 事前に聞いている内容ではお城からガイド役の案内人が付き、私たちはその方について行き要所要所ようしょようしょで見学&説明を聞くというもの。

 先ほどチラッとロサ先生の口から飛び出したように、二クラスあるのにお城の中まで付き添うのはロサ先生たった一人。ここまで引率してくださった先生方もいるにはいるのだが、全員緊急時に為に待機しておかなければならないとかで、現在は入り口付近にある受付の控え室にてサボッて……コホン、お仕事をされているとの事。

 どうやらロサ先生は『新人は色んな経験を積んでおいた方がいい』との事で、無理やり生徒の引率を任されたらしい。

 



「……ではここから先、8つのグループに分かれて私たちがご案内する事になります」

 待っていてくださったのは案内役をしてくださる男女混合の使用人さん、計18名。私たちの1クラスが約30名ずつなので、1グループが大体7〜8名となる訳だが、そこは2クラス合同という事で無理やりイリアさんと、昨年同じクラスだったったプリムラさんとユリネさんを誘う。

 二人は昨年行われたの合同お茶会が少々トラウマになっているようだが、イリアさんが涙目で必死に説得してくれたお陰で、再び懐かしい顔ぶれが揃う事になった。


「それでは参りましょうか」

 二人の黒髪執事さんと、二人のメイドさんに案内されながら最初の目的地であろう食堂へと向かう。

 どうやら1グループに案内役は二名づつ付き、私たちの質問や疑問に対応してくれるんだという。だけど何故だか私たちの班だけ2名多い、なんで?

 一人疑問を浮かべながらまたお義母様かお義姉様の罠かと思い、じっくり案内役の4人を凝視する。


 まず二人のメイドさんだが、少なくとも私が知る中では一度も会ったことはないだろう。もしかして向こうは私の事を知っているかもしれないが、私から話しかけたり、暮らしているお屋敷で働いているメイドさんではまずないと断言出来る。

 すると残る二人の執事さんだが……なんだろう、何処かで会った気はするんだけど、私の知っている男性ってほとんどがブロンドの髪色をしてるんだよね。もちろんブロンドの髪と言っても色合いが違うので、全員が全員一緒の髪色と言う訳じゃないが、黒髪の男性ともなるとその数はかなり少なくなる。


「ねぇ、お城ならアリスちゃんも詳しいんでしょ?」

 必死に記憶を探っていると、隣を歩くココリナちゃんが小さな声で話しかけてくる。


「ううん、余り本城ここには来た事がないの」

「そうなの?」

 私やミリィ達が暮らすのはここから離れたプライペートエリア。よく物語なんかでお城の最上階に王様の寝室があったりするが、何分歴史の古いお城な為に仕事をおこなう分には問題ないが、生活するとなれば色々不便だという理由で、お城の敷地内に私たちが暮らすお屋敷が用意されている。

 もちろん警備はこちらよりも厳重な上、壁や木々で目隠しをされているので、例え城の本城で働いていてもプライベートエリアへは立ち入る事が許されていないが、逆に私達もお城の本城への立ち入りは手続きを済ませないと行く事が出来ない。


「それではアリスさんでもここの事は詳しくないんですね」

 と、私たち話を聞いていたリリアナさんが質問を被せてくる。

「うん、多分ミリィやティアお義姉様も詳しくないんじゃないかなぁ? 流石にお義兄様やお義母様は詳しいだろうけど」

 本城とは言わば会社で言う本社だからね。いくら親族でもそうそう理由もないのに簡単には足を運ぶわけにはいかないんだ。


「王子様や王妃様はわかるけど、聖女様も?」

「そうだよ。神殿はこことは違う場所にあるし、国の象徴である聖女様が普通にここを歩いていたら変でしょ?」

 本城で働いている方々は基本仕事着か、騎士服と呼ばれる階級の分かれた服を着ている。これは公爵様やここで働く貴族方も同じで、パーティーのような煌びやかな服装の者は一切いない。唯一例外が王妃であるお義母様だけらしいが、聖女であるお義姉様が聖なる衣と呼ばれる衣装姿で現れたら大騒ぎになること間違いないだろう。


「ねぇ貴女達、さっきから王子様や聖女様とかって、一体何の話しをしている?」

 私たちの話しを後ろから盗み聞き……コホン、聞いていたのであろうロサ先生が不思議そうに尋ねてくる。

 唯一引率であるロサ先生はどのグループからも誘われず、一人寂しそうにしていたので私たちのグループへと招待した。


「もしかしてロサ先生はご存じないんですか?」

「えっ、何のこと?」

 ココリナちゃんの発した言葉に全く心当たりがない私は一人疑問を浮かべるが、それ以外目のメンバー……プリムラさんとユリネさんを除く全員が、ロサ先生を可哀想な人を見る様な目で暖かく迎える。

「うん、これから大変だろうけど先生も頑張ってね」

「これも運命だと諦めてください。人生悪いことばかりではありませんから」

「こうやってまたアリのに嵌って行くんですね」

「まぁ、人生諦めが肝心。これも不運だと思って頑張って下さい」


「あ、貴女達。不運だとか人生を諦めるだとか一体何を言ってるの!?」

 ココリナちゃん達から出てきた言葉で一人怯えるロサ先生であったが

「言葉の通りですわ、参考にはならないかもしれませんが、私はもう諦めました」

 重い、すんごく重い言葉でイリアさんが止めを刺す。


「もうすぐ分かりますから、先生ガンバ!」

「「「「ガンバ!」」」」

 ココリナちゃん以下5名でロサ先生を励ます姿を、私はただ呆然と眺めるのだった。

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