第18話 ココリナちゃんの苦悩(裏)
私はあまーい恋愛の物語が大好きだ。
平々凡々の私でも、本の中でなら主人公となって王子様と恋愛ができるし、優しい王女様とも友達になれる。だけど現実はそう甘くは出来ていない。出来ていないったら出来ていない。もう一度言うよ、出来てないんだって!
「ア、ア、ア、アイスちゃん!」
「ココリナちゃん、アイスじゃないよアリスだよ、はい、もう一杯飲んで」
ゴクゴク
あれ? 私今何してたんだっけ?
「どう? 落ち着いた?」
「えっ、あ、うん。ごめん、ちょっと変な夢を見ていて……アリスちゃんが王女様を私に紹介してくるなんて、そんな訳ないよね。あはは」
「ううん、本物だよ」
「……」
ん? 私まだ夢をみてるのかなぁ?
王女様? いやいやいや、ありえないでしょ。
物語が大好きな私は自然と王侯貴族に興味を示すようになった。だって世に出ている物語の大半に貴族や王族が出てくるんだもん、これは平民では決して届かない憧れから、多く描かれているんだと私は思っている。
そんな私が
そらぁ、ちょっと有名どころのご令嬢やご子息の名前は網羅していたり、毎年行われる王家のパレードを見に行ったりはしているけれど、そんなの年頃の少女なら知っていても当然。そんな私が言うんだ……
うん、本物の王女さまだ。
ザワザワザワ
控え室が急に騒ぎ出した気がするが、脳の処理が未だ追いつかない私は、頭の中で幾つもの葛藤と恐怖と憧れと疑問がせめぎ合い、先ほどから脳の再起動が繰り返し起こっている。
「アリス、忙しいところ悪いんだけれど少し頼みたい事があるんだ」
突然私たちの目の前にやってこられた一人の男性。パーティー用のスーツに身を包んでいるのなら恐らくヴィクトリアの生徒なのだろう。どことなく王子様に似ているけれど、アリスちゃんに話しかけているところを見るとお世話になっているお屋敷の……
「お・う・じ・さ・ま、よ」
ブフッ
アリスちゃんが男性と話している間、小声で私に語りかけるミリアリア様。
ちょっ、何で私の憧れを知っているのよ! っていうか、ミリアリア様絶対私を見て楽しんでるでしょ!
「実はピアノ奏者の子が少し遅れるみたいで、他に弾ける子がいなくて。それまでの間代奏を頼めないだろうか?」
「私にですか? それは構いませんが……」
辛うじて耳に入ってくる二人の会話、そういえばアリスちゃんってピアノとヴァイオリンは得意だって言ってたっけ。
でもアリスちゃんは何かを悩んだ挙句
「私が抜ければミリィの付き人はどうしよう?」
あぁ、確かにそれは問題だね。
支度役だといっても別にこの後は仕事が無くなるという訳ではない。
後ろに控えられているお屋敷(お城?)のメイドさんに最悪任せればいいと思うのだが、この催しはあくまでも生徒が主体となって行っている授業の一環。理由が理由なのだから仕方がないのかもしれないが、王女様だけプロのメイドさんっていうのは何かと変な噂が立ちかねない。ここは誰か代わりに付いてもらう方が無難だろう。
「そうだね……誰か代わりにお願いするしかないね」
「誰か……代わりに……」
あ、あれ? 何故か一斉に私の方を向いているんだけど?
「さっきから気になってたんだけど、この子はアリスの知り合い?」
「うん、前に話した事があると思うけど、友達のココリナちゃんだよ」
「あぁ、この子が」
って、なんで王子様が私の事を知ってるの!?
「ココリナちゃん、私ちょっとお義兄様のお手伝いをしてくるからミリィのお世話をお願いしていいかな?」
いやいやいや、何言っているのよアリスちゃん。私より他にいい人がいるでしょ。例えばリリアナさん、あ、すでにご指名あったよね。じゃパフィオさん……はパーティー出席組、カトレアさん……も支度役……あ、あれ? もしかして私しかいない?
「いいわよ、いってらっしゃい。私はココリナがいれば十分だから、ね?」
へ? 何言ってるんですかミリアリア様。
「足元になにか落ちたわよ」ボソッ
ん? コクリと下を見ると
「ホント? ありがとうココリナちゃん。それじゃミリィの事をお願いね」
「……」
ダラダラダラ
な、なにやってるのよ私はーーーー!!
「助かるよ、ココリナさんなら僕も安心して任せられるよ。それじゃミリィの担当替えは僕の方で手配しておくから」
ま、待ってください。私ならってどういう意味なんですか! アリスちゃん一体私の事をなんて話してるのよ! ってかアリスちゃん本当に王子様と知り合いなの!?
結局私の脳内処理が追いつかない間に次々話しが進んでしまい、最後は未だ固まり続けている私とミリアリア王女様だけが残された。
えっ、エレノアさんって言うメイドさんはって? たまたま持ってきていたアリスちゃんのドレスを取りに、馬車まで行っちゃったわよ。
ん〜、ハーブティーのいい香りだ。
そういえば紅茶好きのアリスちゃんがハーブティーは心を落ち着かせる効果があるとか言ってたっけ。
「ようやく戻ってきたわね」
「へ?」
知らぬ間にテーブルにつき、目の前に置かれたティーカップを見つめ、その後声が聞こえた方へと顔を向ける。
うん、夢じゃないや。
「アリスみたいに上手く淹れられないから味は文句言わないでよ」
「って、王女様が淹れたんですか!」
な、何やらしてるのよ私は。ってか、何やってるんですか王女様!
慌てて椅子から立ち上がり周りを見渡すも、それほどまだ時間が経っていないのか、生徒の数はそれほど増えていない。お陰でこちらを見ている人はほとんどいないようだ。
「ミリアリアよ、ミリィでいいわ」
いやいやいや、そんな事を言ってるんじゃなくてですね。
「ごきげんよう、ミリィちゃん」
「ごきげんよう、ルテア」
やって来られたのは一人のご令嬢と思しき女性と付き人が二人、一人はお屋敷から派遣されたプロのメイドさんで、もう一人は……
「聞いてくださいミリィちゃん、ご挨拶した時にもしやと思ったんですが、私の支度役が
あぁ、やっぱり見間違いじゃないよね。
ルテアと呼ばれていたご令嬢の後ろに、複雑そうな顔をされたカトレアさんの姿が。恐らくこのご令嬢はアリスちゃんの友達かなんかなんだろう、落ち着け私。王女様の後に王子様の登場で多少なりとは免疫が付いたはずだ。
……あれ? ルテア? 四大公爵家の一つにそんな名前のご令嬢がいなかったけ? たしかエンジウム家、だったかなぁ。あはは、まさかねぇ……
「あら奇遇ね、私の支度役もアリスからココリナに変わったところよ」
「ココリナさん? まぁ! 初めまして、ルテア・エンジウムと申します。お話はアリスちゃんから伺っております」
あぅ、ご本人様だったよ!
「それでアリスちゃんはどうされたんで?」
「それがね……」
お二人が何やら楽しそうに話している間にこっそりカトレアさんの元へと合流、その表情からお互いアリスちゃん絡みで有りえない事態に陥っている事が分かってしまう。
「カトレアさん、大丈夫?」ボソッ
「いえ、大丈夫じゃないです」
「一体なにがあったの?」
「実は……」
カトレアさんの話ではまず最初にご自分の名前を名乗り、ルテアさんに挨拶をされたそうだ。
まぁ、最初に名前を名乗るは当然だよね。でも事前にアリスちゃんから学園の話を聞いていたルテアさんが、カトレアさんの名前を聞いてもしやと思ったらしい。その後はルテアさんがカトレアさんに対してあれこれ聞いてこられ、最後はお友達になってくださいと迫って来たという。
「それでどう返事したの?」
「断れるわけないじゃないですか! 背後からアザレアさんがものすごい視線で睨んでるですよ、ハイと返事しないと殺されるかと思いましたよ」
「コホン」
「「ひぃ」」
突然背後から咳払いをされて私とカトレアさんがビクつく。
いつの間にか背後に回られていたエンジウム家のメイドさん、恐らくこの方がカトレアさんの言うアザレアさんなんだろう。
たしかにこれはちょっと怖いかも。
「そうそう、今度お母様がみんなを連れて遊びに来なさいって言ってたわよ」
「……はぁ?」
不意を突かれたようにミリアリア様から声を掛けられ、自分でも普段出さないような間抜けな声が飛び出してしまう。
うん、この場合は仕方ないよね。
「何ですかそれ、私たちも是非ご一緒したいです」
「いいわよ、後でリコにも聞いてみましょ」
いやいやいや、何言ってるんですか。ミリアリア様のお家という事はお城だよね? そんな所に私たち平民が行けるわけないじゃないですか。
「カトレアさんもいいですよね? せっかくお友達になれたんですから今度は主従関係ではなく一緒にお茶がしたいです」
「えっ、あ、いや……」
ルテアさんがカトレアさんに向かい尋ねるも、本人もいきなり話を振られるとは思っていなかったのか、完全に動揺しまくっている。
カトレアさん、ここはハッキリ断ってーー。
「それじゃルテアの家は? 公爵家だけど」
動揺しまくるカトレアさんに向かい、ミリアリア様が追い打ちを掛けるかのように言葉を放つ。その表情は小悪魔がいたずらを仕掛けるような不敵な笑みが。
「ル、ルテアさんの家? め、滅相もございません、私ごときが公爵様のお屋敷に行くなんてとんでもない!!」
ルテアさんの言葉を聞いたカトレアさんが悲鳴に近い言葉で必死に断る。だけど、それ罠だから!
「じゃ私の家でいいわよね?」
「は、は、はい!」
カトレアさんのばかぁーーー!
ミリアリア様なんて必死で笑いを我慢してるわよ!
「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私はミリアリア・レーネス・レガリア、ミリィでいいわよ」
「……ミリアリア・レーネス? れがりあ……さまぁ!?」
カトレアさんは壊れたカラクリ人形のように顔だけをこちらを向け、涙目で私に助けを求めてきたけど……うん、ごめん、もう手遅れだから。
そっと視線を避けるのだった。
この後、さらに侯爵家のご令嬢という人物が現れ、私とカトレアさんの脳が完全にショートするのだった。
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