6.タンケン

 ベッドに座るように私を促すと、彼は椅子を移動させて自分で腰かけた。

 真正面ではなく、少し斜めになる位置だ。


魔蓄石まちくせきは分かるか?」


 私は首を横に振る。

 そこからか、と少し黙り込んで、カエルは頭の中を整理しているようだった。

 大雑把にいうと、鉱石の一部に魔力を貯め込む性質のあるものが一定数あって、それらを纏めて魔蓄石と呼ぶのだそうだ。


 魔蓄石はそれらのある場所によって、火山なら火の力を、川や湖の中なら水の力を、吹きさらしの岩山なら風の力を貯め込み、衝撃によって力を外に放出させるのだという。


 自然界では石に力が満たされるまでかなりの時間を要するが、掘り出して加工し、魔力を扱える人間が力を籠めることでも使えるので、最近は力が満たされたまま発見されることはほとんど無いらしい。


 魔蓄石は、長く触れた魔力程親和性が高くなるので、他の性質には変わり難く、人間の魔力は他の性質に染まりやすいため、火の性質の石に力を籠めれば焔石ほむらいしとなり、水の性質の石に力を籠めれば滴石しずくいしになる。

 他には旋石つむじいし(風)、灯石あかりいし(光)、さらに少し特殊な浄化石があり、組み合わせて色々な魔道具が作られているということだった。


「掘り出すのとか、加工するのって大変そう」


 そうだろうな、とカエルは頷く。


「鉱山では事故も多い。加工するのは魔力を使い切ってしまえば大丈夫らしいが」

「質はどうやって見分けるの?」

「良いものほど混じり気が無く透明度が高い」


 宝石とかと同じか。

 ちらりと、カエルがぶつけた灯石に目をやる。

 傷もついてない。内容物もない……ものすごく、お高そう?!


「お前にはどうやっても壊せないから、安心して使え」


 視線に気が付いたのか、彼はそう言って肩を竦めた。

 何か、悔しーい!


 ◇ ◆ ◇


 魔蓄石講座を終えると、お屋敷を案内してもらうことになった。

 立入禁止場所を覚えなくてはならない。


 この屋敷は北側と東側を岩山で囲まれている。北は半島を陸の孤島にしている元凶の火山、ウルカヌス。これを背に、本館と離れが立っている。

 渡り廊下を真直ぐ突き当たった所が薬品庫だった。基本鍵が掛かってるらしい。

 並んで温泉に続くドアや、カエルの部屋がある。


 治療室の隣がトイレで、覗くと男性用小便器と手洗い場が見えた。手洗い場の水は流れっぱなしだ。奥に個室。

 カエルは自室のトイレを使うので安心して使って良いそうだ。

 そういえば、治療室でも水は流れっぱなしだったような。止められないのかな。エコ、とか節約とか煩く言われたのでちょっと気になってしまう。

 聞いてみたが、そういうものらしい。

 ここは地下水が豊富でその水(地底湖からだろう)を引いているということだった。


 村の方には水道橋で山の湖から水を引いているって!

 水道橋! 何それ、見たい!

 本館のバルコニーから見えるというので、後の楽しみにする。

 離れの真ん中に位置する部屋は、お爺様の私室だったらしい。今は使われてないので鍵をかけているが、結構な数の本があるので、読むなら言ってくれと言われた。


「鍵は俺が管理してる」

「カエルは本が好きなの?」

「好き、というか……ベッドの中の暇潰しはそのくらいだろ?」


 そういえば、倒れたりする人だった。

 じっと顔を見ても、全然そうは見えない。


「しばらくは大丈夫だ。ユエに担がれることは無い」


 渋い顔をして、カエルは先に歩き出した。

 私の部屋の隣は空き部屋で、他に地下室もあるのだが、私には関係ないので近付くなと言われた。

 本館に渡るとすぐ左手に暖炉のある談話室。夜の食事の後はここで寛ぐことも多いらしい。

 そこから左がバルコニーで、右に行けば夫婦の寝室、正面には階段があり、向かい側には客室が並んでいた。


「この辺は談話室とバルコニーくらいしか用はないだろ」


 ふんふんと頷いて、足はバルコニーへと向かう。

 両開きのガラスのドアを開けると、少し冷たい風が頬を撫でていく。春のようにうららかな日差しが心地よかった。

 そういえば、初めて外の景色を見るんじゃない?

 手摺近くまで、わざと足元だけ見ながら歩く。

 ワクワクしながら顔を上げると、つづら折りの坂の下から家々が連なって見えた。集落の中心付近には教会らしきものが見える。鐘の音はあそこから聞こえるんだろう。


 そして水道橋!


 まさにローマ水道のような、アーチ形の3段の橋。左手から街の方へ伸びている。

 その足元には大きめの川も緩やかなカーブを描いて流れていた。

 中心地以外はほぼ畑のようで、西側には広大な大地が広がっている。

 南側は山が迫り出していて見通せないが、その斜面にはオレンジの果実を付けた木々が行儀よく並んでいた。

 感嘆の声を上げて、高めの手摺から乗り出さんばかりに前のめりな私に、呆れた声が降ってくる。


「乗るな。落ちるぞ」

「だって、水道橋! 水道橋だよ? あれ、どこまで続いてるの?」

「西の港町まで」


 ここからは海まで見えない。どのくらいの距離なんだろう。

 作った人は偉大だ。

 ふと、空を見上げた。

 ピンク色だった! なんてことは無く、普通の青い空だった。


「ここ、星は見える?」

「もちろん」


 妙なことを聞く、という顔だ。


「夜中に見に来ても怒られない?」


 カエルはちょっと思案する。


「誰かと、一緒なら。談話室に出窓があるから、そっちなら好きに出入りしていい」

「わかった」


 夜中に誰かに付き合わせるのは悪いから、大人しく出窓越しで我慢しよう。

 ここは高台だから、窓越しでもきっと綺麗に見える。都会のように夜も明るい訳じゃないだろうし。


「ただし、夜中に出歩いて妙な行動してると余計に怪しまれるぞ。程々にしとけよ」


 おぅ。そうだった。首に鈴が付いてるんだった。しばらくは、やっぱり我慢なのかなぁ……


 1階には大きな食堂と、その奥に配膳室とキッチン。反対側に応接室、店舗、執務室が並んでいて、その辺りにビヒトさんの部屋もあるらしい。

 奥に地下への階段があるけど、地下へはキッチンからも直接行けるということで、ほぼ使用人のテリトリーになっているようだ。

 この辺りもしばらくは近づかない方がいいんだろう。


「あと、キッチンの奥に裏口があるんだが、防犯用の魔道具があって、登録がないとちょっと危ないから、特に外から近づくのはやめておけ」


 おっと。物騒な。館の裏手は立入禁止、と。

 私は真面目な顔で頷いた。


「同じ理由で庭の外周付近はダメだ。正門は大丈夫だが、敷地の外に出るのは認めない」


 ホントに軟禁だなぁ。

 顔に出たのか、ちょっと複雑そうな表情でカエルは続けた。


「監視付きで落ち着かないだろうが、数日の辛抱だと思う。お嬢も俺も、もうそんなに疑ってないからな」

「そうなんだ」


 ちょっとほっとする。


「年齢詐称疑惑が増してるくらいだ」

「えっ? なんで?!」


 何でソコ? 納得いかない!

 彼は呆れ顔で黙って肩を竦めるばかりだった。


 まだ肌寒いからと厚手のショールを手渡され、玄関を出ると、いかにもな英国庭園風の庭が広がっていた。

 正門までの間にもう一件お屋敷が建てられそうだ。

 花が無いのでそうとは断定できないが、蔓バラと思われるアーチのトンネルの向こうにあるのは噴水だろうか。馬車の通るであろう道は大きく迂回している。


 低い四角の垣根に囲まれて、何種類もの花や植物が植えられているのが分かる。花のシーズンはこれからなのか、まだ蕾だったり花を付けるのかさえ分からないようなものも多い。

 カエルは自分も丈の短いフード付きのマントを無造作に着こんで、目を引く蔓バラのアーチの方ではなく、東側の背の高い垣根や木のある方へと歩き始めた。


「そっち、裏口に続く通路だから入らない方が無難だぞ」


 館の横へと続く道。石畳のようになっており、サイドには何か植えてあるが、離れ側は切り立った、といって過言じゃない土岩の壁だ。

 こうして見ると、離れって凄い所に建ってるんだなぁ。


 ぽかん、と上を見上げていると、さっさと歩いていくカエルに置いて行かれそうになった。慌てて追いかける。

 外周かと思われた背の高い生垣に囲まれた東側の一角は、シーツやタオルなどの洗濯物が風に揺れていた。

 なるほど、目隠しだったのか。食堂から見えないようになってるんだね。


「洗濯物の向こう側が外周になるから、ここにも入り込まない方がいいだろう」


 少し戻って道なりに進む。左手に小さな四阿あずまやがあり、そこを少し過ぎると正面に小人の置物が看板を抱えて立っていた。


「この……先、立入禁止?」


 私が読み上げるとカエルが頷く。


「御用聞きなんかの対応をこの先ですることもあって、外にも出られるようになってる。書いてある通りそっちは立入禁止だ」


 くるりと右に曲がって、また道なりに進み出す。

 しばらく行くと轍の残る土の道に出て、正門へ辿り着いた。

 白い石造りの門柱の上には、ライオンのような動物の像が立ち上がり、丸いボールに襲いかかっているような様子で乗っている。

 あれも灯石かな。

 門扉は金属製で、蔦模様があしらわれていた。上部は槍を並べた様になっているので、乗り越えるのは難しいだろう。


「馬車で来るような来客は年に数度しかないが、油断してると轢かれるからな」

「轢かれません」


 子供か! 馬車なんて近づく前に音で分かると思う。


「轢かれた人でもいるの?」

「聞いたことないな」


 むきー!


「この辺りではあまり聞かないが、馬が暴走したりうっかり落とした果物を追って馬車の前に飛び出したりで轢かれた話は聞くからな。無いわけではあるまい?」


 目が笑ってますけど?


「近づかなきゃいいんだよね!」

「そういうことだ」


 馬車道を過ぎて西側の庭はまた少し雰囲気が違った。全体的に見通しが良く、動物や鳥を模した植木があちらこちらにある。

 少し入ったところでさっきより大きめの四阿があった。


「ちょっと、休憩」


 四阿を指さして、カエルは傍にあった公園の手洗い場のような所に近づくと、そのまま片手で水を受けて口にする。

 四阿の椅子に座って見ているうちに、その水が小さな川を作り、これまた小さな池に注いでいることに気が付いた。

 池の周りには小さく刈り込まれたウサギや鴨のような小動物の植木もある。

 センスいいなぁ。

 写真に撮りたい。でも、カメラどころか、スマホも持ってない。


「絵でも描くのか?」


 両手の親指と人差し指で四角い窓を作って眺めていると、口元を袖で拭いながらカエルが戻ってきた。

 椅子ではなく、行儀悪くテーブルに腰掛ける。


「写真を撮りたいなーって」

「……シャシン?」


 ないのか。


「スケッチでもいいんだけどね。そんなに上手くは無いからこのまま残せればいいなぁって」

「描くなら道具は貸すぞ。絵具とかパステル、色の付いた鉛筆もある」


 珍しいだろ? とちょっとどや顔で言われたが、色鉛筆が珍しいっていう感覚が分からない。


「そういう商売だから、目新しいものが手に入りやすいんだ。俺の暇潰しにってお嬢が揃えるから、結構余ってる」

「じゃあ、今度貸して?」


 頷いてカエルは立ち上がる。


「日陰は冷えるな。行くか」

「疲れたんじゃないの?」

「こんなに話しながら歩くことがないから、喉が渇いただけだ」


 体調の話になると渋い顔だ。よほど煩く言われるんだろう。


「なら、いいけど」


 私も立ち上がってカエルに続く。

 確かに日向の方が気持ちがいい。太陽の位置から考えるに、昼を過ぎたくらいだろう。

 辿り着いた西門は全体的に小振りで、門柱の上には鳥が丸い石を咥えている像が乗っていた。こちらは馬車が入れる広さではない。いわゆる観光客用という感じなのだとか。


「教会に凝った造りの水時計があって、巡礼者だけじゃなく観光客も結構来るんだ。港町からは馬車でなら日帰りできる距離だしな」


 今度は水時計とな!

 それは是非とも見なくては!


「そっちの馬車置き場と、店の入り口付近……は夜だけだが、魔道具が設置してある。1人では近寄るな」


 立木で見えないが、カエルは北側を指し、それから店の入り口に目を向けた。


「こっちからも館の裏に回れるが、行かないな?」


 こくこくと頷く。

 正面に戻るのに、庭の中を散策して行った。ぐるりと外周を歩いてきたのでまた違った印象になる。

 ちょこちょこと休憩用のベンチや座れそうな石のオブジェがあるのは、カエルの為だったりするんだろうか。

 花の無いバラのアーチを潜り噴水でひとはしゃぎして帰ると、すっかり小腹が空いてしまった。

 私がショールを返そうとすると、押し留められた。


「使っていい。クローゼットに仕舞っとけ。ついでに何か貰ってくるから、部屋で待ってろ。朝遅くて、昼抜いたから小腹空いただろ?」


 うん。と素直に頷いて、私は部屋に戻る。

 部屋の中は窓から差し込む光でポカポカとしていて、ベッドに腰掛けるとどっと眠気が襲ってきた。

 ぱたりと布団に倒れ込み、ちょっとだけ、と目を閉じたら、そのまま意識が何処かに飛んで行ってしまった。


 ◇ ◆ ◇


 夢の中で弟に何か怒られていた。

 ぼんやり目を開けると、すっかり夕焼け色に染まった部屋の中で、誰かが本を読んでいる。逆光になっていて、顔はよく見えない。


「わた……る? 何で、ここで、本読んでるの?」


 弟は読んでいた本からちらりと視線を上げた。


「起きたか」

「んー? ……何の本? そんな本、うちにあったっけ? 借りてきたの?」


 目を擦りながら起き上がり、ぽてぽてと近づいて本を覗き込んだ。

 少なくとも、アルファベットではない文字が並んでいてぎょっとする。


「え。わたる、それ、何処の文字? そんなの読めるの?!」


 思わず弟の顔に視線を移そうとして、短髪が目に入る。


「あれ。髪切った?」


 触れようと手を伸ばすと、ひょい、と避けられた。

 なんで避けるかな。

 切ったばかりの髪をぐしゃぐしゃと掻き回すのは姉の特権じゃないか(諸説有り)。

 手を伸ばす。避けられる。

 手を伸ばす。避けられる。

 手を伸ばす。立ち上がって避けられる。


「え。あれ? 背、伸びた?」


 手を伸ば――顔面を本で塞がれた……


「いつまで寝惚けてる」


 弟よりは低い声。そろそろと顔から本を剥がすと、日本人ではない顔がそこにあった。


「……カエ……ル?」


 ごしごしと強く目を擦って見直しても、カエルだった。

 恥ずかしいことこの上ない……


「ちゃんと起きたか? 晩飯まで鐘ひとつくらいだが、何か食っとくか?」


 お腹は空いていたが、胸はいっぱいだった。

 ふるふると首を振ると、差し出された手に本を返す。


「ここに、画材入れておいたから好きに使え。俺はちょっとこれ置いてくる」


 机にひとつだけ付いている抽斗ひきだしを開け、持っていた本もそこに入れると、カエルはポットを持ち上げた。


「あ、お茶、お茶1杯だけ下さい」

「冷めてるぞ。温かいの持ってくるから」

「さ、冷めてていいです。そのままで!」


 呆れ顔でそれでもカップに注いでくれる。

 冷めたお茶は渋みが増していたけど、気持ちを落ち着けるのにはちょうど良かった。


 ――まぁ、結局、夕食は味がよくわかんなかったんだけどね。




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