第14話 パン屋さんになった!

今日は4月1日、新年度のスタートだ。うちの会社にも新入社員が入ったみたいだ。お客様相談室にも研修を終えた半年後に1名が配属される予定と聞いた。


今日は早めに退社できた。いつものように五反田から未希にメールを入れる。すぐに[了解]の返事が入る。これが入るとほっとする。今日の夕ご飯が楽しみだ。


「ただいま」と未希の部屋をノックする。すぐに「お帰り」と未希がドアを開けてくれる。未希が抱きついてくるので抱き締める。いい感じだ。


テーブルの上にいろいろな種類のパンが並んでいる。


「どうしたの? パンが並んでいるけど」


「今日からパン屋さんになりました!」


「ええー、エイプリルフールか?」


「本当にパン屋さんになったんです。社員食堂のパン屋さんに」


「そうか、驚いた」


「私が焼きました。食べてみてください。今日の夕食は申し訳ありませんが、これだけです。諦めて食べてもらえませんか?」


「もちろん、未希の作ったパンは初めてだから食べてみたい」


試しにチーズが入っているチーズパンを食べてみる。未希はコーヒーを入れてくれる。


「おいしい。ホテルで朝食に出てくる焼き立てパンと同じ味がする」


「よかった。ホテルで習いましたが、こんなところで役に立つとは思いませんでした」


未希が事情を話してくれた。3月に入ってから、運営会社からパンを作ってみないかと言われたそうだ。社員食堂でパンを売ってほしいとの要望があったとのこと。


以前、パンを焼いて売っていたが、担当者が結婚して辞めてしまったので、しばらくパンの販売を休止していたそうだ。


未希がホテルに勤めていた時に習っていて焼けるというので、白羽の矢が立ったという。パンを焼くオーブンなどの設備があり特段の問題もないので引き受けたという。1週間ほどの準備期間を経て今日開店したとのことだった。


今日が初日だったが、販売した分はすべて売り切れて、パン屋さんは上々でほっとしたと言う。


「すべて売り切れたのなら、このパンは?」と聞くと、各1個ずつ、後の検討のためにとっておいたという。


食堂で働いている人は売れ残りなどを2割引きで買えるとのことだった。納得した。もともと社員向けなので格安の価格を設定してあるので、売れ残ったら買ってきて夕食にするという。たまにならいいかな?


パン屋さんの話をしている間、未希は嬉しそうだった。


「パン屋さんが気に入っている?」


「ひょっとするとパン屋さんに向いているかもしれないと思っています」


「パン屋さんを開店することができるように勉強しておくといい。設備投資は俺がする」


「そうなったらお願いします。パン屋さんになれたのも山内さんが調理師を勧めてくれたお陰です」


「いろいろやってみないと向いた仕事なんか見つからないから、よかったね」


毎日、夕食がパンでは辛いが、週1くらいならいいだろう。未希のパンはうまい。


1週間ほどたって、また夕食がパンだった。未希がいろいろ工夫して作っているパンが好評で、売り上げは以前の時よりも3割ほど多くなったという。


今日は調理パンが並んでいる。食堂の昼食の献立を挟んだもので、これも好評で完売したと言う。未希にはこういう才能があったみたいだ。何事もやってみないと分からないものだ。


未希が楽しそうに働いていると俺も安心だ。未希は心のゆとりができて穏やかだし、俺も嬉しい。未希は自分に合ったいい職場を選んだ。

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