プリムベル
水澤 風音
プリムベル
1
むかし、北のさむい国に、プリムベルという姫がいました。
その名はかつて冒険家だった王が、異国でみた香りたかく美しい花よりつけられたものです。
父王のねがいどおり姫は美しく、かしこく成長していきました。
しかしその一方で、姫の性格はとても勝気であり、活発な好奇心と行動力でいつも父や妹や大臣たちをこまらせていたのでした。
そんなことですから、ある日となりのドーマ国から使いがやってきて、ドーマ王がプリムベルを妃にむかえたいともうしでたとき、父王は大変よろこびました。
お嫁にいけば姫もしおらしくなるだろうと考えたからです。
それにとなりの国は大変裕福であり、しばらくして宮殿をたずねてきたドーマ王もたいそうりっぱな身なりをしていましたから、姫はきっとしあわせになるだろうと思ったのです。
結婚のうわさがひろまって、国中がよろこびにわくなか、しかし当のプリムベルだけはひとりうかない顔をしていました。かしこい姫は、ドーマ王の顔に邪悪な影がひそんでいるのを感じていたのです。
なやんだ姫はおつきの先生に相談します。すると先生は姫に一輪の白バラの花をさしだし、
「次にドーマ王がたずねてきたとき、このバラをわたしてみてください」と言いました。
はたしてプリムベルがそのとおりにすると、魔法のバラはドーマ王の手のなかでみるみる黒くしおれていきました。それで王の正体がわかったのです。
「あのものは悪魔の手先です。わたくしを妃にし、いずれこの国をのっとるつもりなのです。どうか、この婚礼はいますぐ中止にするとおっしゃってください」
姫は必死になってうったえましたが、わかってもらえません。父はドーマ王のふしぎな魔力により、彼の言葉をすっかり信じるようになっていたのです。姫と共に危険をうったえた先生も牢へ入れられてしまいました。
姫は大いに悲しみ、部屋へ閉じこもり、今は亡き母へ自らの不幸をなげきます。
すると突然トビラがひらき、妹がかけこんできました。
妹は大変やさしく、また姉思いの娘でしたので、プリムベルの話を信じて言いました。
「どうかお逃げになってください。わたくしがしばらくお姉さまの代わりをつとめますから」
プリムベルは感激して涙をながし、妹をだきしめました。
そして妹に、少しの間だけ身代わりになってもらい、まんまと城を抜け出すことに成功したのでした。
2
城を抜け出した姫は東へむかいました。
もしものことがあった場合は、
「国はずれの東の森に、年老いた魔女がすんでいます。彼女をたずねていけば、きっと力になってくれるでしょう」と先生に言われていたのです。
城下の町をぬけ、丘をいくつかこえると、もう日はおちて、木々にかこまれた暗い道が姫をむかえます。うっそうとしげる葉が魔物の手のひらのようにゆれ、どこからかおそろしい獣の鳴き声もきこえてきます。
しかし恐れず、姫は道を進んでいったのです。
やがて石づくりの小屋にたどりつくと、そこに青い頭巾を被った老婆が、杖をついてたっていました。
「何もいう必要はないさ。さあこっちへおいで」
老婆はしわだらけの顔をもごもごと動かしながら、まるですべてお見とおしといった目で、姫を家のなかへとまねき入れたのでした。
そのころ、となりの国では、ドーマ王がプリムベルのいなくなったことを知り、顔を真赤にしてわめきちらしていました。姫が自分の正体にカンづいたことをさとったのです。
王は魔法の力で黒雲をよぶと、魔法使いにしかわからない雷の言葉をつかい、自分の国に住む三人の手下に命じました。
「かならずやプリムベルをさがしだし、その場で殺してしまうように」と。
3
姫が身をかくして数日たったある日のこと、小川へ水くみにきたプリムベルに、ひとりの背の低い男が近づいてきました。
「何をしているんだい?」と、男が声をかけます。
「ごらんのとおり、桶で水をくんでいるのよ」
「ほ・ほう! しかしそいつはだいぶマズイなあ、ちょっともうまくない……」
プリムベルはむっとして男にいいました。「あなたなら一体どうするっていうの?」
すると男はニッコリ笑って、「この魔法の手桶をのぞいてごらんなさい、こいつはいくら使っても中の水がなくならないってシロモノ!」
そういって手にもっている桶をさしだして見せます。
のぞきこむと、桶に入った水に、姫の顔がうつし出されました。
そのとたん、男がなにやらブツブツとなえだしたかと思うと、姫の姿はかげろうのようにたちまちかき消えてしまったのです。
「こいつはケッサク! 姫が桶にのみこまれちまった!」
男はケタケタと腹をかかえて笑います。
桶の水面には姫のおどろいた顔がうつっています。
そう、男はあのおそるべきドーマ国の魔法使いだったのです。
水の牢獄へとらえられた姫は、自分ではどうすることもできません。
「さあさ、うるわしき姫君さまは小川へとおながれあれ……」
男が桶を川でひっくりかえそうとすると、うしろから老婆がやってきて声をかけました。
「そいつをながしちまうくらいならあたしにおくれ、のどがかわいてしょうがない」
と、老婆は男から手桶をひったくってしまいました。
あわてた男は、
「そいつはいけない。つい今しがたかわいいお姫さまを閉じこめたばかりでね」
「ほう! いまさらこんな年よりにそんな大ボラがつうじるもんかね?」
「うたがうならのぞいてみるがいいさ」
老婆は桶のなかをのぞいてみました。そこにはたしかにプリムベルの姿がうつっています。何かさけんでいますが、かわいそうなことにその声は外にはとどきません。
老婆は桶を男へ突っ返していいました。
「なるほど、たしかにおまえさんがウソつきだってことがわかった。何も見えやしないじゃないか」
「なんだって!」
男が桶をのぞきこむと、老婆はすぐ何やらブツブツとつぶやきはじめました。
男はそれが、さっき自分がとなえた呪文とはまったく逆の言葉であることに気づいたでしょうか。
みるまに男の姿はかき消え、代わってプリムベルの姿がそこにあらわれました。
「ごらんよ」
と、いわれて姫が桶をのぞきこむと、水面にはあわれな男の姿がうつっています。
老婆はさっさとその水を川へすててしまいました。そして、
「あぶなっかしい世のなかさ。そろそろおまえにも魔法を教えてあげないとね」
そういって、プリムベルをとびあがらせるくらいよろこばせたのでした。
4
日のたつにつれ、姫は老婆に習い魔法を少しずつおぼえていきました。
そしてある夕方、小屋へだれかたずねてきたものがあります。
姫が戸をあけると、なんとそこには妹が立っていました。
二人はだきあって再会をよろこびます。
「お父さまはお姉さまのことを大変心配しておいでです。婚礼の話もなくなりました。どうかお城へもどってきてください」
プリムベルがよろこんでうなずくと、老婆は姫を奥の部屋にやって帰りの支度をさせるといいました。
そうして身支度をすませた姫が出てくると、妹は先に立って歩きだしました。
森の道をすすんでいくと、あたりはだんだん暗く、見なれない景色に変わっていきます。
「この道であっていたかしら?」
「ええ、お姉さま、まちがいございませんわ」
妹はずんずんと奥へすすんでいきます。
やがて日は落ちて、森がとっぷり夜の闇につつまれたころ、
「出口はどこ? 暗くてなにも見えない。灯りをつけなくては」
プリムベルは妹に声をかけましたが、返事がありません。
そのとき妹は、こっそり姫の背後にまわり、手にもったおそろしい毒針をふりあげていたのです。
「あ!」
毒針で背中を突かれた姫は、ひと声あげてその場にたおれてしまいました。
「あはははは! 暗闇ご用心!」
笑う顔がゆがんで皮がはがれ落ちると、その下からは妹とは似ても似つかない、残忍な女の顔があらわれました。
この者こそ、あのおそるべきドーマの二人目の魔法使いだったのです。
女は妹に化け、ひきょうにもうしろから姫をおそったのでした。
勝ちほこった女は、しかし足もとの姫の姿を見ておどろきます。
そこにはなんと、あわれな姫の姿ではなく、姫の服を着た大きな人形がたおれているではありませんか!
老婆は妹に化けた女の正体をすぐに見やぶり、魔法で命を吹きこんだ人形を、姫の身がわりにしてつれていかせたのです。
女がハッと息をのんであとずさると、背後から何者かがとびかかってきました。
それは実のところただのフクロウだったのですが、おどろいて暗闇のなかであばれた女は、うっかり自分の体に毒針を刺して死んでしまいました。
5
それからまたしばらく日がたち、姫も大分魔法を身につけてきました。
そこへ背のたかい、体のがっしりとした男がたずねてきます。
男は、自分がドーマ国の魔法使いであることと、姫の命をうばいにきたことを高らかに告げるのでした。
老婆は、男が大変な術者であると見ぬきます。そこで、
「今度はおまえがひとりで相手をするんだ」と姫にいったのです。
「わたしにできるかしら?」
「できなきゃそれまでさ」
プリムベルは老婆にきたえられ、自信を身につけてきていましたので、応じることにしました。
男が呪文をとなえると、その体は山と見まがうほどにふくらみ、たちまち天を突くほどの巨人へと姿を変えます。
姫もあわてて同じ呪文をとなえようとしましたが、
「同じことをしたってしょうがないわ」
と思いなおし、かえって体を小さくし、空飛ぶツバメに変身しました。
姫は小さくすばしこい体でもって巨人のまわりを飛びかいます。
男はそれを大きな手で叩きつぶそうとしますが、なかなかうまくいきません。
やがてかんしゃくを起した男は、足もとにきたツバメをねらいさだめ、踏みつぶそうとします。
しかしするりとかわされてしまい、いきおいあまってその場にシリモチをつくと、あたりには地われのようなひびきがこだましました。
怒った男は、今度は大きなワシに姿を変え、姫を追いかけます。
すると姫は素早く元の姿にもどると、魔法を使いそこらじゅうに生えているツル草をあつめ、大きな網を編んで大ワシへと投げつけました。
「や、や、しまった!」
網にとらえられた男は、たちまち元の姿へともどります。
再び呪文をとなえようにも、網にこめられた魔法の力のせいでうまくいきません。
男はついに降参しました。
「あなたがひとつ約束してくれるなら、見逃してあげてもいいわ」
姫は男に、自分はもうこの世にいないとドーマ王へ報告することを約束させます。そして金色にかがやく自分の髪を少し切ってわたしたのでした。
男はきっと約束をまもると誓い、国へもどるとそのとおり報告しました。
王は姫の髪の毛を確認すると、もう姫はこの世にいないとすっかり信じこみ、
「でかしたぞ!」
と満足そうにつぶやいたのでした。
6
それからしばらくしないうちに、プリムベルは妹がドーマ王と結婚することを知りました。
「お城へもどって妹をたすけなくては」
しかし老婆は「まだ早い」といってそれをゆるしてくれません。
いてもたってもいられなくなった姫は、とうとうある晩、老婆の留守にこっそり森をぬけだす決心をしたのでした。
身支度のためにクローゼットをあけると、そこには五本の白樺の枝と、水を入れた
手紙には「枝と小瓶を必ずもっていくように」とあり、そして姫のことを案じるあたたかいはげましの言葉が、老婆の字で書かれていたのでした。
姫は涙をながし、きっと無事な姿を老婆に見せることを誓ったのでした。
ひと晩かけて森をぬけ、町をすぎ、城へもどったころには太陽が真上にのぼっていました。ちょうどドーマ王と妹の婚礼がはじまろうとしているところです。
あらわれた姫の姿を見て、出席した一同はおどろきます。
「ばかな! プリムベルは死んだはず! 姫の姿をかりた悪魔め!」
ドーマ王はただちに本性をむき出しにし、呪文をとなえはじめました。
魔法の力でよばれた黒雲からは灰色の雨がふり出し、これを身に受けた人々は次々と姿を石像に変えられていきます。
そのなかでただひとり、魔法の力を持った姫だけが無事でした。
ドーマ王は下品な舌打ちをして、
「人々をもどせるのはこの私だけだ! さあどうするね?」とおどしましたが、
「あなたをたおせばその力も消せるわ!」
姫はおそれずに立ち向かう勇気を見せたのでした。
ドーマ王は雲から雷をよびだすと、これを落とそうとしてきます。
するとプリムベルのふところから白樺の枝がとびだし、地面に突き刺さったかと思うと、あっという間に生長して姫の身代わりに雷をうけたのでした。
今度はプリムベルが魔法で突風を起こし、ドーマ王を吹き飛ばそうとします。しかし、王はそれを見抜いていたように、足を樹木の根に変えてしっかりとこらえます。
これを見てプリムベルはおかしいと思いました。
「すべてお見とおしだぞ」
ドーマ王の両目は悪魔よりさずかったものでした。それにより、プリムベルのわざのすべてを前もって知ることができてしまうのです。
そのためどんなに魔法をとなえても、王はまったく見事にかわしてしまうのです。
姫が大火を起こせば洪水をよび、地面をくずせばつばさを生やしてかわし、ふり注ぐ氷の刃はドーマ王の体にふれる前にすべて溶かされてしまいます。
プリムベルはすっかりまいってしまい、戦いの疲れと恐れによって、いまにもその場にひざをつきそうになりました。
しかしそのとき、はげしい戦いによって折れた白樺の枝が、風に乗って飛びドーマ王の足へ突き刺さりました。
つい姫にばかり気を取られていた王にとって、これはまったく予想外の出来事だったのです。
するどい痛みに顔をゆがませたドーマ王の胸へ、すぐさまプリムベルの作った魔法の矢が打ち込まれます。
「ギャアッ」
恐ろしいさけび声をあげ、ドーマ王はその場にたおれました。
と、頭上の黒雲が大きな音を立てて渦をまきはじめます。
やがてそれは黒い悪魔の風となり、呪われたドーマ王の体を、地獄の底へとさらっていってしまったのでした。
プリムベルが老婆にもらった小瓶のふたをひらくと、なかから光の砂が舞って散り、これにふれた石像はみな呪いを解かれ元の姿へもどっていきました。
すっかり事情を知った人々は、感激して口々に姫をほめたたえます。そしてプリムベルの父王も正気をとりもどし、牢につないでいた先生を解放すると、深く反省したのでした。
こうしてプリムベルはまたお城で平和にくらすようになったのです。
それからしばらくして、遠い国のやさしい王子に見初められたプリムベルは、今度こそ万人の見守るなかで祝福の口づけをうけたのでした。
プリムベル 水澤 風音 @sphericalsea
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