第135話 水没区域

「ハル、お水ちょうだい」

「水でいいのか? お茶も作ってあるぞ。まあ温かくはないミルクティーだが」

「うーん……それじゃあ、お茶がいいわ」

「ミルクティーだな。ほら」

「ありがとう」

「うん、このBLTサンド美味いね! 胡椒が効いてて、卵が入ってるのも俺的には嬉しいね」

「本来はBLTサンドに卵は入ってないから純粋なBLTサンドとは言わないんだがな。まあ、美味ければ何でもいいのさ、食事ってのは」

「野菜がこんなに新鮮なんて、本当に作り置きなの? これ、ボクが城で食べてたサラダと変わらないよ。パンも小麦の香りが強くて、今までに食べたことのあるパンとは違う気がする」

「そりゃ、俺が持ってるボトムレスの袋は時間停止の魔法が掛かってるやつだからな。……因みに、そのパンはフォルコーンブロートっていうんだ。ライ麦パン……ええと、要は黒パンの仲間なんだが、普通の黒パンよりは栄養価が高いから体にいいんだぞ」

「へえ……グルーヴローブではパンは自分たちじゃ作れないから基本的にドワーフたちが持ち込んでくるものを買って賄う食べ物だったからね。滅多に食べられるものじゃないから、パンにも種類があるなんて知らなかったよ」

「……やっぱり、火が使えない掟だけは変えた方がいいと思うぞ、俺は。国民だって料理は毎日美味いものが食べたいって思ってると思うんだけどな」

「うん……国に帰ったら、母上に相談してみるよ。すぐには無理でも、ボクが王位に就いたら真面目に掟を変えていくことを考えてみようと思う」

「そうだな。頑張れよ」

 俺たちは現在、通路の一角で小休憩を取っている。

 妖異との戦闘中にフォルテが盛大に腹の虫を鳴らしたのが発端なのだが、今後も探索が続くことを考慮して此処らで軽く腹ごしらえしとこうという話になり、食事タイムとなったのだ。

 ダンジョンが水没するまでの制限時間を考えたらあまり長時間は休憩できないので、食事は手軽に食べられる軽食系がいいだろうということで作り置きのBLTサンドを提供した。作り置きといっても時間停止の魔法が掛かっているボトムレスの袋で保管していたものだから、状態は作りたてのものと同じだ。野菜が瑞々しくてベーコンもスパイスが効いてるちょっといいやつを使ってるから、皆からの評価は上々だった。

「ふむ……パンをこのような食べ方をするというのは初めてだ。このびーえる……サンドというものは、パンと野菜を同時に食べられるように考えられた冒険者のための携帯食なのだな」

「BLTサンドな。BLサンドじゃ全然別物になるから間違ってもその呼び方だけはしないでくれよ」

 BLTサンドを研究するようにゆっくりと味わっているゼファルトに、カップに注いだ水を渡してやる。

「……現時点で、ダンジョンのどの辺りまで来てるんだろうな。俺たち」

「……迷宮に突入して、既に三時間が過ぎている……中間地点には到達していると、思いたいが。内部構造に関する情報がないから、こればかりは分からないな」

 手元の懐中時計を覗きながら、ゼファルトは神妙な顔をした。

 残り三時間か……謎解きやら妖異との戦闘やらで忙しかったから、そんなに時間が経ってるなんて全然体感がなかったな。

「仕掛けが設置された部屋を探そう。わざわざ行く手を阻んでいるということは、そのルートが出口に繋がる正解の道である可能性が高いからな。妖異が密集している場所、罠が仕掛けられている場所……そういう危険な場所こそが、我々の行くべき道なのだ。ダンジョン探索の基本だ」

「あんた、随分ダンジョンに詳しいんだな。円卓の賢者って、言っちゃ悪いが魔法王国の引き篭もりだろ?」

「……私が円卓の賢者に選出されたのは二十歳の時だ。それ以前は、冒険者として活動していた。ダンジョンなどに関する基本などはその時に学んだのだ」

「……成程な」

 ──そうして二十分ほど食事休憩を取った俺たちは、ダンジョン攻略を再開した。

 進めば進むほど襲ってくる妖異の数は増えていき、通路に仕掛けられている罠も凶悪なものが増えていった。

 左右の壁にいきなり無数のトゲトゲが生えて俺たちのことをプレスしようと高速で迫って来た時はかなり面食らったよ。まあ、所詮はただの石だから遠慮なく魔法で吹っ飛ばしてやったけどな。


 そんな感じで幾つもの障害を越えて進んでいく俺たちだったが。

 下り坂に変化した通路──その先が完全に水没している場所に遭遇して、俺たちは遂に足を止めてしまった。

「あー、完全に沈んでるねぇ」

 水の手前でしゃがんで先の通路の様子を覗き込みながら、シキが溜め息をつく。

 ナナルリは封印を解く力が不完全だからダンジョン内から完全に水を抜くことはできないと言っていたから、いずれはそういう場所に出ることもあるだろうとある程度の覚悟はしていたが……実際に現物を目にすると、これからの苦労が目に見えるようで疲労感を感じるな。

 よく外国の映画とかで沈没しかけている船の中から脱出するシチュエーションなんてものを目にするが、船が建物に変わっただけで、大まかな状況はあれと似ているような気がする。

 映画だと、水没区域には獰猛な人食い鮫とかがいるのがお約束なのだが……元々此処は丸ごと水没していたダンジョンで水棲系の妖異が多いからな、こういう場所にも普通に妖異共が潜んでいそうだ。

「別の道探す?」

「此処が正規ルートかどうかは分からない……だが、迂回した先が行き止まりだという可能性もある。確率としては半々だろうな。此処が正解の道であることに賭けて進むか、それとも少なからず移動中のリスクだけはなるべく回避する方を選ぶか。ハル殿……君ならば、どちらを選択する? 君の決定に、我々は従おう」

 全員の視線が、俺に集中した。

 どちらを選択しても、それが正解である保障はない。

 水没していない通路とて、罠や妖異が存在しているという意味では危険度は水没した通路と大差はない。

 妖異の中には、明らかに水中では活動できそうにない身体構造をしている奴も結構いた。そういう妖異は水中にはほぼいないだろうから、妖異の遭遇率自体は水中通路の方が低いだろう。封印が解かれる前にそいつらが此処でどうやって生きていたのかというのは謎だが、少なくともそういう連中はこの先にはいないと思いたい。

 時間的猶予はあまりない。三時間なんてあっという間だ。

 どうせどちらを選択しても苦労することが確定しているのなら、少しでも時間を節約できる方を選びたい。

 だから。

「……このまま先に進もう。正解のルートが分からないんだから、今更何処の道を選ぼうが変わらないと思う」

「了解した。では、風の結界を張る。全員私の傍に集まってほしい」

 ゼファルトに風の障壁を張ってもらい、俺たちは水没した通路へと入っていく。

 水中というだけあって、視界が若干暗さを帯びたような気がする。だが明かりを用意するほどのものではない。

 進んでいくと、すぐに、罠が仕掛けられている場所に出た。

 床に巧妙に隠されたスイッチを踏むと、左右の壁に仕掛けられた槍が飛び出してきてそこにいる人間を串刺しにするという、罠としては比較的原始的な仕組みのものだ。

 だが、通路が完全に水没してしまっているせいか、罠は完全に沈黙してしまっていた。壁からは仕掛け槍の先端が中途半端に覗いている有様で、どんなに床を踏んでも、壁に近寄っても、反応が一切ない。そのお陰で、何の苦労もなくその場所を通過することができた。

 水中だと、罠は機能停止するのか……仕組み的に水中でも動かせそうな気もするのだが、ダンジョンの理というものは未だに謎が多いな。

 もちろん、妖異もいた。

 水没していない通路で遭遇した、イソギンチャクを背負った二枚貝みたいな奴。そいつが水上で見せてた無様な格好からは一転して素早い動きで通路を泳ぎ回っていたものだから、最初は岩が動き回る罠なのかと思って面食らってしまった。

 二枚貝って泳げるんだな。あんなでかいイソギンチャクを殻にくっつけた状態で。

 貝に邪魔されて視野が狭いのか、幸いこちらの存在には気付いていない様子だったので、気付かれる前にその通路からは退散した。雷魔法を放って一掃してしまっても良かったのだろうが、水中では雷魔法は威力が上がる上に効果範囲も拡散して予想外のところにまで影響を及ぼすことがあるから、自分たちまで感電する可能性を考えたらおいそれと使えないのだ。

 極力妖異を避けながら、水中を進んでいくこと一時間ほど。

 大分時間を費やす羽目にはなったが、何とか水没地帯を脱出して、俺たちは水上エリアへと出ることができた。

 待ち受けていたのは、開かれた扉と、その先に広がる新たな部屋。

 次の『謎解き』か……これで三個目だ。

 後何枚扉を越えれば、俺たちは地上へと出られるのだろう。

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