閑話 愛を求める者、愛を拒む者
草の陰に隠れるようにして、白くて細かい石の欠片のようなものが落ちている。
大量に散らばるそれのひとつを無造作に摘まみ上げ、目の前に持っていきながら、バルムンクは真一文字に結んでいた口を開いた。
「……何か用か」
「白々しいですね。とぼければ全てが許されるとでも考えているのですか? それとも、自覚がない? そうだとしたら随分とおめでたいですね。魔道騎士が聞いて呆れますよ」
木陰から姿を現した鬼面の男は、バルムンクのすぐ背後までやって来ると、ヒステリックに騒ぎ始めた。
「貴方は自分が一体何をしたのか分かっていないのですか!? 貴方はあの御方の……私たちの大切な家族を、殺したのですよ! 泣き叫ぶ彼女を、無理矢理火で焼いて! 挙句の果てに骨をゴミのように捨てて! そのような行いが許されると思っているのですか!? そんなはずがないでしょう!」
「……家族……か」
ユーリルの叫びを聞き流して、ふ、と冷笑するバルムンク。
「家族とは、何だ? 我が主に忠誠を誓う者を指す俗称か? 我が主を父として、我らはその子であると? ……滑稽だな。我が主と我らとの間に、そのような愛のある絆など存在しているわけがなかろう」
「あの御方は私に仰って下さった! 私たちは大切な家族であると! あの時私に向けて下さった笑顔は、作り物などではなかった……貴方は、あの御方のお言葉を信じられないと、そう言うのですか!?」
「我が主は我が主、我らはその下僕。命令に従い、それを果たすために存在するだけの道具にすぎん。道具如きが愛など欲して何となる。下らんな……実に下らん。愛など振るう刃の切れ味を鈍らせるだけの錆だ。そのような無駄なものを欲するとは、お前は実に愚かだな」
「……あの御方を、侮辱する気ですかっ!」
怒号を吐き出すユーリル。真横に伸べられた掌中に、巨大な魔血のハンマーが出現する。
人と同じほどの大きさがある真紅の塊が、バルムンクの頭を真横から殴りつけた!
がいん!
鈍い音がして、宙を黒い塊が飛んだ。
隼を模した、兜──バルムンクが被っていたものだ。
バルムンクは外気に晒された素顔をあさっての方向に向けたまま、その場に佇んでいる。
かすかに吹く風に揺れる、黄金色の髪。
憤怒に染まっていたユーリルの表情が、それを目にして一瞬で変化した。
「……な……!?」
困惑して唇を意味なく開閉させるユーリルを横目でちらと見て、バルムンクは何事もなかったかのように歩き出す。
遠くに落ちた、自分の兜を拾う。それを小脇に抱えて、ユーリルの前へと戻ってきた。
「……我は侮辱などしていない。我にとって愛など無用の長物だと、ただそう言っているだけだ。我はそうあるように義務付けられた存在だからな、今更そのようなものを与えられたところで、扱いに困る……それだけだ」
「……まさか、今までのあれは、全部、貴方の……」
「お前にはどう見えたのだ? ……まあ、どのように取られようと我は構わん。我は使命さえ果たせれば、後のことなどどうでも良いのだ。所詮、我は道具だからな」
本当にどうでも良さそうに呟くバルムンク。
ユーリルはしばらくの間絶句していたが、やがて、何かのスイッチが入ったかのように、肩を震わせ始めた。
「……っくく、くくくくっ、ふふふふふふふっ……」
握り締めていたハンマーを手中から消して、天を仰いで。
狂ったように、彼は大笑いした。
「……ははは、あははははははっ! そうですか、そういうことだったんですか! だから、貴方は! あははははは、そうですか、そうですよね! 確かに貴方ならそう言いますよね! 愛など不要だって! 邪魔だって! ええ、ええ、ようやく私にも理解できましたよ! 確かに貴方は『道具』ですね! 貴方の言葉は正しいですよ!」
鬼が笑っている。
未来のことを言うと鬼が笑う、という言葉があったことをバルムンクはふと思い出していた。
鬼は、予想の付かないことを笑うのだという。それだけ、ユーリルにとっては予想外のことだったのだろう──今此処に存在しているものの形は。
「……貴方は彼に言ったそうですね。次に相手をするのは自分だと。彼があの御方の前に来るのを待つと……もう、貴方の方から彼に会いに行くことはしないのですか?」
「……もう、そうする理由も意味もなくなったからな」
ユーリルの問いかけに答えて、バルムンクは抱えていた兜を被った。
「後はどちらが斃れるか、それを決めるのみだ。余計な前菜はもういらん。これ以上無駄なもので腹を膨らませてしまっては、主菜が不味くなる」
「彼が途中で誰かに横取りされてしまったり、全く関係のないものに殺されてしまったり……その心配もしないと?」
「あの男は下らん罠如きに引っ掛かって死ぬような馬鹿ではない。……そしてお前もジークリンデも、空気が読めないほどの愚か者ではないからな」
「それはまた随分と高く評価されたものですね。ハルさんも、私たちも」
ふっ、と笑って肩を竦め、ユーリルはバルムンクから一歩離れた。
「……いいでしょう。彼のことは貴方に譲りましょう。私も貴方たちの決着が着くまで、一切の手出しは致しません。貴方の後ろで勝敗の行く末を見学させてもらいます。……ですが、貴方が敗れたその時は、ハルさんのことは私が貰います。それで構いませんね?」
「その時は……好きにするがいい。死人に口はないからな」
「せいぜい、道具らしく壊れて使い物にならなくなるまであの御方のために働くことですね。魔道騎士……バルムンクとして」
ユーリルは右の掌を上にして胸の前で構える。
掌からするすると伸びていく血の帯が、宙に魔法陣を描いていく。
転移の魔法陣を完成させた彼は、それを発動させてバルムンクの前から姿を消した。
バルムンクはそれをしばらく無言で見つめていたが、やがて何事もなかったかのように能力で生み出した小さなナイフで自分の腕を切り、流した血で同じ魔法陣を描いて、ユーリルと同様にその場から姿を消したのだった。
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