第114話 敗者へと下される鉄槌

 巨大蜘蛛という統率者がいなくなった小蜘蛛たちは、闇雲に動き回るだけで連携を取った守護兵たちにとっては脅威ではなかった。

 一匹、また一匹と弓や魔法で着実に仕留められていき。

 僅かな生き残りたちは本能で命の危機を感じたのか、草の陰に身を隠すようにしてこの場から逃げていった。

 いつの間にか参戦していたトレントたちを初めとする森の精霊たちも、守護兵たちと国を守りきれたことを喜び合っている。

 森の何処かへと逃げ去った蜘蛛たちは……今後も守護兵たちが森の巡回をして発見次第駆除されていくことだろう。

 ともあれ、これでエルフたちが蜘蛛の襲撃に怯える日々は終わりを告げたのである。

 後は……

 俺は木の根元でうつ伏せに倒れているジークオウルへと目を向けた。

 原色の派手な衣裳が、血に濡れて更に派手になっている。アルテマを生身で食らって原型がほぼ残っているということには驚かされるが、ジークオウルに命中したのは複製した方のアルテマだから、ひょっとしたらオリジナルよりも威力が落ちていたのかもしれない。

 しかし、虫の息って感じだ……全身の様子を見ても完全にぐったりしているし、これはもう自力で動くことはできないだろうな。

 今のうちにこの場で止めを刺すべきか。それとも身動きが取れないように拘束して、女王へと引き渡すか……

 どうしようかと考えていると、木陰の傍の茂みががさりと揺れた。

 そいつはゆっくりとジークオウルの尻側へと歩み出ると、彼女のことを見下ろして、静かに口を開いた。

「……敗れたか」

「……バ……バルムンク……」

 何とか立ち上がろうと懸命に腰を持ち上げながら、ジークオウルが呻く。

「……お願い……あいつらを、皆殺しにしてェ……アンタだったら、できるでしょ……アタシを、助けなさいよォ……!」

「……確かに、我ならばその程度のことなど造作もない。我が能力を持ってすれば、このような雑兵如き一瞬でただの肉にすることが可能だ」

 バルムンクは僅かにこちらを見ると、右手を開いて体の前に翳す。

 その掌中に、奴の身の丈ほどの長さがある漆黒の武器が出現した。

 柄は短く、刀身は円錐を細く長く針のように引き伸ばした独特の形状をしている。先端は鋭いが、刃とは明らかに違う──剣、ではない。あれは槍か?

 いつも奴はギロチンみたいな巨大な剣を振り回していたが、それとは違う得物を出すとは……ひょっとして奴は幾つも違う武器を持っているのか、それとも俺のマナ・アルケミーみたいな武器を自在に作り出す能力があるとでもいうのか?

 バルムンクが武器を手にした様子を見上げていたジークオウルが、勝ち誇ったように笑い出す。

「……アハ、アハハハ、これでアンタたちはおしまいよォ……エルフ共! 最後に笑うのは、アタシだったみたいねェ!」

「…………!」

 身構える俺と弓を構えるアヴネラ。

 同じラルガの宮廷魔道士を名乗ってはいるが、明らかにバルムンクの方がジークオウルよりも格上だ。騎士としての身体能力を持つ上にアルテマすら容易く防ぐ魔法の力を備えている奴が本気で向かってきたら、おそらく無傷で立っていられる者はこの場にはいない。

 俺は、魔法の応酬のみならば奴を相手に持ち堪える自信はあるが、剣を受け止めることは不可能に近い。剣術を扱えないことは元より、対抗できるだけの腕力がないからだ。例え魔法で腕力を増強したとしても、元々強化魔法というものはすぐに効果が切れてしまうもののため、それではあっという間に組み伏せられてしまう。それでは同じ土俵に立てたとは言えない。

 ならば奴がこちらに接近できないように魔法を連打して距離を保てばいいじゃないかと思われるかもしれないが、奴とて馬鹿じゃないし、俺だって隙を一切見せずに立ち振る舞うことなどできない。魔法使いだってそれなりに体力を使うのだ、長期戦になれば否が応でも体の動きが鈍り、そこを攻められたら一巻の終わりなのである。

 せめて、この場にヴァイスかシキ、あるいはリュウガがいてくれたら、多少は違っていたのかもしれないが……

「…………」

 バルムンクが緩慢な動作で槍を振りかぶる。

 そして──その先端を、狙いを定めていた標的へと、繰り出した。

「……ァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 ジークオウルの哄笑が、一瞬にして絶叫へと変化する。


 ──バルムンクの槍は、ジークオウルの尻の中心を深々と貫いていた。


「……や、何、何を、するのよォ……!? 何のつもりよ、バルムンク……!」

「……お前は三度、この男に敗れた。二度あることは三度ある、という言葉があるが、四度目もあるとお前は本気で信じているのか? まあ、信じるのはお前の勝手だが……我が主が同様の考えをお持ちだと思っているのならば、それは甘い認識だ。少なくとも我には『四度目はない』。……こう告げれば、流石のお前も理解はするだろう。我が一体何を言いたいのかが」

 高く突き出されたジークオウルの尻を踏みつけて、槍を持つ手に力を込めるバルムンク。

 ずっ、と槍の先端が、ジークオウルの尻の中へと潜り込んでいく。一体尻の何処に先端が突っ込まれているのかは俺の位置からでは分からないが、少なくともあんな太いものを突っ込まれた体の方は無事では済まないだろう。ジークオウルは尻から血に染まっていきながら、泣き叫び始めた。

「痛いっ、いだいいだいいだいいだいっ! やめて、やめてよ、いだいってばぁぁぁ!」

「お前は確か太くて長いのが好み……だったな。どうだ、我の槍の感触は。望み通りの太くて長いモノだぞ。奥まで欲しいか? そうか……ならば望みを叶えてやろうか」

「あげェェェェ!?」

 ぞぶっ、と一気に押し込まれた槍がジークオウルの全身を縦に貫く!

 内側から押し出された衝撃で仮面が外れて、地面に落ちる。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった少女の顔は、丸く口を開き、そこから赤く染まった槍の先端を生やしている。

 バルムンクはジークオウルを串刺しにしたまま、その槍を頭上に掲げた。

 まるで串刺しにされた蛙のように大股開きの格好になったジークオウルは、全身をびくんびくんと痙攣させながら、股から大量の血と小便を漏らしている。

 ぼたぼたと滴り落ちる水滴を肩に被りながら、バルムンクは空いている方の手をそっと兜の下へと入れて、髪の毛を一本引き抜いた。

 黄金に輝く短いそれを体の横に持ってくると、淡々と、呟く。

「魔法剣技──」

「やめで、やめでよォ……」

 槍に貫通されて閉じられない唇を懸命に動かしながら助けを乞うジークオウル。

 バルムンクは唇を笑みの形に刻むと、技を発動させた。

「──ファイアソード」

 ぼうっ、と槍が紅蓮の炎に包まれる。

 串刺しにされたジークオウルは体の中から炎に焼かれ、断末魔の叫びを上げた。

「あづっ……あづいあづいあづいあづいぃぃぃぃ! 嫌だぁぁぁぁ、死にたくないぃぃぃ! あがぁぁぁぁぁぁ!!」

 炎は松明のように眩く燃え盛りながら、ジークオウルの全身を焼き尽くしていく。

 服が燃え落ちて裸体となった成熟しきっていない体が、みるみるうちに焼け焦げて、形を崩しながら炭と化していく。

 俺たちは、その様子を、ただ黙ってその場で見つめていることしかできなかった。

 ──動けなかったのだ。バルムンクの全身から滲み出るオーラに気圧されて。

 何と形容すればいいのだろうか……あれは。狂気? 分からないが、近付いたらそれだけで取って食われてしまいそうな、そんな本能的な恐怖を感じたのである。

 俺の前で今までに見せていた物静かで知性的な振る舞いは、建前上のものでしかなかった。おそらくこれが、奴の本性。

 仲間すら笑って殺す。それが、魔道騎士バルムンクという男なのである。

 すっかり燃え尽きて骨だけとなったジークオウルを、バルムンクは無造作に槍を振るって捨てた。

 ばらばらになりながら辺りに散乱する骨。それを剣呑と眺めながら、バルムンクはゆっくりと槍を下ろす。

「……時は満ちた。次は我が相手となろう」

「……負けっ……るわけにはいかない! ボクたちはこの森を守りきってみせる! 魔帝なんかに、森を壊させてたまるものか……!」

 バルムンクを睨み付けるアヴネラに、奴はゆるりとかぶりを振った。

 手にした槍をその辺に放り投げて消滅させると、ある方向へと視線を向ける。

 その先にあるものは、夜の森の景色。特に何かがあるようには見えないが……

「このような森など、我が直接手を下すまでもなくいずれ滅びる。お前たちエルフのことも、眼中にはない。我が興味があるのは……召喚勇者ハル、お前のみだ」

 そう言って奴は地面を蹴り、傍の木の上へと飛び乗った。

 それから木から木へと飛び移り、俺たちの前から完全に姿を消す。

 最後に奴が言い残していった言葉だけが、いつまでも余韻をそこに残していた。


「我はラルガにてお前を待つ。魚人領を越え、我が主の膝元まで来るがいい。そこで雌雄を決そうではないか。……お前が深き迷宮を越え、我の目の前へと姿を現す日を、楽しみにしているぞ」

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