第84話 男として
アヴネラたちは俺たち同様薬を盛られて眠っていただけらしく、ほどなくして目を覚ました。
召喚獣に人間用の薬が効果あるという事実には驚かされたが、当のヴァイスはそんなことなど気にもしていない様子で現在は元気に尻尾を振っている。
ガクは、ヴァイスを珍しい見た目をした犬か何かだと思って捕まえたのだろうか……今となっては確かめようもないが。
アヴネラたちに怪我がないことを確認した俺たちは、ガクに奪われてしまった俺たちの武器や荷物を取り戻すために室内の捜索を始めた。
真っ先に目が向いたのは、壁際に大量に積まれている箱だ。
これらは、ガクが今までに世界各地から色々な手を使って手に入れてきた『宝物』らしい。一目で骨董品と分かるものから何だか凄そうな見た目の武器まで、実に色々なものがあった。
俺たちの荷物は、割とすぐに見つかった。大きめの木箱に武器も鞄も纏めて無造作に突っ込まれており、特に抜き取られているものはなかった。
おそらく、俺たちを『処理』した後にでもきちんと整理するつもりだったのだろう。下手に分別されていなくて助かったよ。
「……良かった。壊れてない、ボクの弓」
箱から取り出した弓を撫でながら、アヴネラがほっと息をついている。
リュウガの剣もちゃんと三本しっかり揃っており、彼は特に何も言わずに黙々と鞘を身に着けていた。
フォルテの杖もちゃんとあった。円卓の賢者が自ら創造魔法を駆使して作った特別な
フォルテがいつも腰に下げていたあの分厚い書物も、ホルダーと一緒に入っている。
しかし……彼女の服だけが、見当たらない。
別の箱の中か?
積み上げられている箱を下ろしては蓋を開け、下ろしては蓋を開けを繰り返し。
五分くらい探し続け、ようやく、お目当てのものを見つけることができた。
ローブ、下着、ちゃんと揃っている。女性の下着をあまりじろじろと見るべきではないのだろうが、破れている箇所がないかどうかをチェックして、箱に突っ込まれた時に付いたのだろう、付着している砂をはたき落としてフォルテの元へと持って行く。
「服、あったぞ」
「…………」
フォルテは俯いたまま服を受け取った。
「俺たちは先に外に出てるから、此処でゆっくりと着替えるといい。慌てなくていいからな。……そういうわけだから、皆、此処から出るぞ」
「おっさん、その辺の目ぼしい箱持ってって構わねぇよな? 売れば金になりそうだし、残してくのも勿体無ぇからよ」
そう言いながら既に持ち出す気満々で箱を幾つか担いでいるリュウガ。
俺は肩を竦めた。
「分かった分かった、好きにしろ。ほら、俺たちがいつまでも此処にいたらフォルテが着替えられないだろうが。行くぞ」
皆がぞろぞろと部屋から出て行く。
最後に俺が部屋から出ようとした、その時。
「……待って、ハル」
小さな声で、フォルテが俺を呼び止めた。
「行かないで……此処にいて」
「此処にいて、って」
俺は彼女の元に引き返し、彼女の目の前で、しゃがんだ。
「俺が此処にいたらあんたが着替えられないだろ。それとも何だ、俺の目の前で生着替えしてくれるとでも言うのか?」
わざと冗談めいた言葉でそう訊くと。
彼女は全身を掻き抱くように身を縮めて、言った。
「……私、苦しい……熱くて、頭が変になりそうなの……ハル」
膝立ちになり、俺の肩を掴んで耳元に唇を寄せる。
震える声が、小さく言葉を紡ぐ。
──その言葉を聞いた、その瞬間。
俺は、全身が強張っていくのを感じた。
「……な」
「……自分でも、変なことを言ってるって分かってる。普通じゃないって自覚はあるの。でも」
俺の肩を掴むフォルテの手に、力が篭もる。
乾きかけていた涙の跡の上を、新たな雫が 伝い落ちていった。
「こんなこと、ハルにしか言えない、言えないよ……! だから、お願い、ハル」
俺の胸に顔を埋めて、懇願した。
「……私を、助けて」
──その一言を俺に言うのに、彼女はどれほど苦悩しただろうか。
本心では、そんなことなど言いたくなかったはずだ。他に誰もいなかったからとはいえ、俺なんかに。
それなのに。嫌な顔ひとつせずに。こんなにも必死になって。
……そんな彼女を、見ていたら。
俺は、何を馬鹿なことを、と彼女を嗜めることは、できなかった。
「……本当は辛いんだろ。だから、泣くのは我慢しなくていい。見たくなかったら、目を閉じてていい」
俺は彼女を優しく抱き締めた。
両腕の中に納まった彼女の体は、いつもよりも小さく、そして温かく感じた。
「……俺がこんなおっさんじゃなくてもっと若かったら、少しはマシに思えたかもしれなかったのにな。すまん」
「……ハルは、ハルだもの」
ぐすっと鼻を鳴らしながら、フォルテが小さく首を振る。
「自分のことをそんな風に、言わないで」
「……そうか」
一体、いつの頃から、彼女は。
俺のことを、そんな風に好意的に見ていてくれたのだろう。
そして、俺も。
いつの頃から、彼女をそういう風に見ていたのだろう。
今、気付いた。俺は、初めて出会った頃よりも、ずっと──彼女のことを、好意的な目で見ている。
単純に、旅の仲間としてだけではない。一人の女として、意識し始めている。
愛しているか、と問われたら、はっきりと答えることはまだできないけれど。
彼女のことを『伊藤さんにそっくりだから』ではなくて、フォルテ・ユグリという一人の女として見つめ始めているのだ。
俺は両腕に力を込めた。
腕の中でぴくりと身を跳ねさせる彼女を可愛いと思いながら、顔を寄せて、囁いた。
「せめて、悪夢にならないように……精一杯、頑張るから。な」
「…………」
こくん、と頷く彼女。
俺は目を閉じて深呼吸をして、彼女の顎にそっと右手を触れた。
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