第50話 武装練成術
ところで……アルカディアが俺に話しかけてきたのはビールをたかるのが目的だってのは分かるんだけど、ソルレオンが一緒にいる理由って何なんだ?
『ちょっと、たかるって人聞き悪いわね。私はいつもちゃんと礼儀を持ってお願いしてるじゃないのっ』
『馬鹿はほっといて……よくぞ訊いてくれた。実は、お前がアルカディアに渡してる異世界の酒のことなんだけどな』
ずばりと言われて、俺は言葉に詰まる。
……まさか、異世界のものを献上するのは神の掟とかで禁じられてることだったとか?
俺がアルカディアにビールを献上しているのは、そうしないとアルカディアが騒ぐから仕方なしにやっているところが大きいが、確かに言われてみたら考えなしにほいほいと異世界のものを渡すのは良くないことだったよな……
俺がそう独りごちると、ああ違うぞとソルレオンは俺の考えを否定した。
『そうじゃなくてな。その異世界の酒を、是非オレにも献上してほしいんだよ。アルカディアにやってる分とは別口でな』
……はい?
つまり……早い話が、おねだりってことか?
『もちろん、ただで献上しろとは言わない。アルカディアは酒を貰う代わりにお前に能力を授けたらしいが、オレもそうしようと思ってる。神から幾つも能力を授かるなんて、普通じゃまずありえないことだからな。名誉だと思っていいぞ』
そりゃ、神と直接話すこと自体がまずありえないことなんだから、能力を貰うなんてまさに奇跡みたいなものだってことくらいは分かるけど。
でも……大丈夫なのか? 一人の人間に幾つも神から与えられた能力が付くなんて、何かやばそうに思えるんだが。
『下界の人間にはお前自身が大っぴらに言わない限り知られることはないから安心していい。神界の神は鑑定眼って能力を持ってるから、何らかの拍子で覗かれたら中には騒ぐ奴がいるかもしれないが……まあ、大した問題じゃないから大丈夫だろ』
何か全然大丈夫そうに聞こえないと思えるのは俺だけなんだろうか。
この男神、意外と楽天的だ。
『さて、問題はお前に何の能力を授けてやるかだが……ん?』
ソルレオンは何かを見つけて茂みの中を覗き込んだ子供のような声を発した。
『へぇ……お前、魔力持ちなのか。アルカディアも随分と思い切った能力を授けたもんだな』
魔力って、魔法使いにとっちゃ当たり前に備わってる力なんじゃないのか?
『そんなわけあるか』
俺の疑問をこれまた否定するソルレオン。
『ツウェンドゥスの人間には、魔力は備わってない。だから魔法を使う時に体の一部を使って対価を用意してるだろ? 本来なら魔法を使うために必要不可欠な魔力の代わりに生命力を消費して、無理矢理魔法の力を引き出している、それが人間の魔法使いなのさ。魔法ってのは、本来なら人間の手には余る力なんだよ』
珍しくも何ともない力だと思ってたが……そういうものだったのか、魔力って。
だから俺は、対価を使わないで魔法を連発することができるのか。
アルカディアに投げやりに押し付けられたような形で手に入れた能力だが、それがこの世界の人間にとっては喉から手が出るほど欲しい夢の能力なのだということを今更ながらに知った俺だった。
『せっかくの魔力持ちなら、それを活かせる能力の方がいいよな。うん、そうだな…… ……』
ソルレオンは言葉を切って考え込み始めた。
後ろでアルカディアが早くしろと騒いでいるが、スルーだ。
しばしの沈黙の後、よしっという彼の声と共にぱちんと掌を叩いたような音が聞こえた。
『決めた。色々悩んだが、こいつが一番使い道があるだろう。お前には、マナ・アルケミーを授けてやる』
マナ・アルケミー……マナっていうのが何かは分からないが、アルケミーって確か錬金術って意味の言葉だったはずだ。
この世界には創造魔法っていう錬金術に似た魔法が存在しているのに、それとは別に錬金術があるのか?
『マナ・アルケミーってのは、魔力で武装を編むことができる能力だ。オレたち神の間では武装練成術と呼ばれている。数ある神の能力の中じゃまあ地味っちゃ地味な能力なんだが、色々応用が利く便利な能力なんだぞ』
曰く。自分の魔力を頭で思い描いたイメージ通りの形にすることができる能力なのだそうだ。
剣でも槍でも、もちろん武器のみに留まらず鎧でも盾でも自在の形にすることができるという。複雑な仕組みを持ったからくりのようなものは作ることはできないが、原始的な道具であればイメージ力次第でどんなものでも作れるらしい。
強度は、この世界で最高の強度を持つと言われているアダマン金属に匹敵するほどで、普通に扱う分にはまず壊れることがないという。
この能力は魔法とは異なるので、アンチ・マジックと併用することができるらしい。しかしこれも魔法と同じように魔力に形状を与えて作り出しているものに変わりはないので、アンチ・マジックの生み出した領域に触れたら実体を失ってしまうから使う時はそのことを念頭に置いておけと注意された。
魔法じゃないのに、どうしてアンチ・マジックで実体を失うんだろう?
俺が小首を傾げていると、ソルレオンから意外そうな言葉が返ってきた。
『何だ……お前、アンチ・マジックがどういうものかを知らないで使ってたのか? ひょっとして、アルカディアに説明してもらってないのかよ』
アルカディアには、魔法を無効化する領域を生み出す能力としか聞いてないんだよな。
そう答えると、ソルレオンの呆れ声がした。
『おいおい、随分とざっくりすぎる説明だな。アルカディア、お前面倒だからってちゃんと教えなかっただろ』
『何よ、間違ったことは言ってないわよ。そもそもそういう用途で使う能力なんだから、細かい理屈なんて分からなくたっていいじゃない』
あんたは威張るな。酒飲み女神。
『まあ、そうなんだけどな……いいか、アンチ・マジックってのは、正確に言うと魔力に付与されたあらゆる形状化命令を無効化して元の形のない魔力に戻す能力なんだ。その現象が結果として魔法を無力化しているように見えているんだよ。アルカディアは面倒臭がって魔法を無効化するなんて言い方をしたんだろうが、要はそういうものなんだ。だからマナ・アルケミーで生み出した武装の実体を解除することができるってわけだ』
成程、そういうものなのか。
ソルレオンがちゃんと説明してくれる神で助かるよ。アルカディアとは大違いだ。
『そうだろ。オレは頼りになるんだよ。もっと遠慮なしに頼ってくれていいんだぞ。やっぱ女よりも同じ男の方が波長が合うし話しやすいってな』
『ちょっと、そうやっておっさん君にいい印象を与えて自分の株を上げてビールをたくさん要求する魂胆なんでしょ。そうはいかないわよ! おっさん君とは私の方が早く会ってるんだし能力を授けたのも私の方が先なんだから、私の方がより多くのビールを要求する権利があるのよ!』
何ちゃっかりと会話の流れに便乗してビールを要求しようとしてるんだよ。
どっちが先に会ったかとか、そんなのどうだっていいことじゃないか。
ビールは五日に一度、六本組の箱ひとつだけ。それ以上献上する気はないからな。
『ううう、おっさん君のいけず……六本は少ないのよ……もうちょっとサービスしてくれたっていいじゃない……』
『そんなポーズしたって可愛くないぞ、アルカディア。自分の歳考えろよ、オレと殆ど変わらないくせに』
『私は今でも十分若いわよっ! 何よ、自分がそんな若い姿をしてるからって自慢するんじゃないわよ! 嫌味なの!?』
『歳の話題に過剰反応する時点で自分が若くないって考えてる証拠だよ。いいからちょっと黙ってろ。作業ができないだろうが』
キーキー騒ぐアルカディアを一喝して、溜め息をつきながらソルレオンは言った。
『それじゃあ、異世界人。能力を授けるからな。……よし、ちゃんと付いたな。マナ・アルケミーは慣れがものを言う能力だからな、まずは簡単なものから作る練習をして能力を扱うことに慣れろ。慣れれば応用で色々なものが作れるようになるから、練習あるのみだ』
どうやら、無事に能力を授けられたようだ。
俺は試しに、頭の中でバットをイメージしてみた。野球で使うあれだ。
何でバットなのかって? 何となく浮かんだのがそれだったんだよ。
膝の上に淡い光が生まれ、収束していく。それは瞬く間に、真っ白なバットの形になった。
グリップの部分がちょっと太くて握りづらいが……まあ、初めて作ったにしちゃ上出来なんじゃないかと思う。形の精度を上げるには、ソルレオンが言う通りに練習を重ねて慣れていくしかないな。
消えろ、と念じるとバットは元の淡い光となって宙に溶けるように消えた。
この能力は、結構使えそうだ。何より武器を買わなくて良くなったというのはかなり有難い。
『オレが授けた能力をお前がこれからどんな風に活用していくか、楽しみに見させてもらうからな』
それと、と念押しするように付け加えるソルレオン。
『これからは、オレにもちゃんと異世界の酒を献上してくれよな。あのビールって酒も美味かったが、オレはもっと色々な異世界の酒を飲んでみたい。もしもビール以外にもあるんだったら、種類は任せるから、色々送ってくれ。宜しくな』
そうだ、これからはこの男神にも献上しないといけないんだよな。
能力を授かった以上、嫌だとは言えない。
ビール以外の色々な酒……っていうと、ワインとかブランデーとかウイスキーとかちょっと高級な酒が浮かぶけど、今の財政状況だとそれを五日に一度の頻度で日本から召喚するのはちょっと厳しいし……
しばらくはアルカディアと同じようにビールを献上して、もう少し財布の中身に余裕ができたらそういう酒に手を出すことにしよう。
俺にとっては、日々の生活水準を保つ方が重要だしな。
『それじゃあ、早速今日から献上してくれよな』
明らかに期待しているソルレオンの声。
今日から、か……まあソルレオンにとっては今日が俺に能力を授けて一日目になるわけだし。そう言い出すのも、ある意味当たり前と言えば当たり前か。
こっちはまだ皿洗いも途中だし、他にもやることがある。早いところ酒を献上してお引取り願おう。
『ちょっと待っててくれるか。日本の物は俺が召喚してるわけじゃないから、召喚してもらえるように頼んでくるから』
『おう。待ってるぞ。早いところ頼むな』
『えええ、ソルレオンだけビールを貰えるなんてずるいわよっ! おっさん君、私にも! 私にもちょうだい!』
かなり食いついた様子でアルカディアが会話に割って入ってくる。
私にも……って、あんたは約束の日まで後三日あるでしょうが。我慢しなさいよ。
『献上日は一緒にした方が貴方も覚えやすくて楽なんじゃないかしら? 本当は三日後だけど、貴方のためを思ってソルレオンと同じ日にしてって言ってるのよ。これは思いやりなのよ? べ、別に前に貰ったビールを全部飲んじゃったからとか、そういうわけじゃないからねっ。勘違いしないでね!』
何が思いやりだよ。本当に分かりやすい欲望丸出しの女神だな。
まあ……いいけどさ。此処で拒否してごねられるのも面倒だし。三日くらいサービスしてやっても。
俺はがしがしと後頭部を掻いて、ゆっくりと立ち上がった。
『分かったよ、今回はサービスしてやるから……今回だけだからな』
『分かってるわよっ。さあ、早くっ、早くビールを! 命の水をちょうだい!』
『はいはい』
俺は湖で水浴びをしているはずのフォルテを探して歩き始めた。
全く、神の相手は面倒だ。ソルレオンはまだ冷静な方だったから、面倒極まりないのはアルカディアに限ってのことなのかもしれないが。
本当に、何であんな性格の奴が神なんてやってるんだろうな? この世界の七不思議にしていいと思う。
俺は水浴び中で裸だったフォルテに悲鳴を上げられながら、覗きじゃないと弁明して缶ビールを二箱召喚してもらい、それを神たちに献上してさっさと帰ってもらった。
五日おきに発生する出費だと考えると、決して無視はできない金額だ。ファルティノン王国に着いたら仕事を探して少しでも稼がないと、あっという間に文無しになってしまう。
手軽にやれる仕事があれば良いのだが……中身が減った財布の中を見つめながら、俺は小さく溜め息をついたのだった。
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