第33話 おっさん、妙なものを見つける
生き物は、生きるために周囲の環境に合わせて自らを進化させる能力があると言われていた。
それは地球だろうが異世界だろうが同じようで、谷底の道を進む俺たちを、地上では見られないような奇妙なものが出迎えた。
色素が抜け落ちた、菌糸のような植物。壁にへばりついて根を伸ばし、茸のように開いた先端の丸い部分から、ふわふわと綿毛のような光る粉を飛ばしている。
綺麗だったから近くで見ようと近付いたら、その胞子に寄生されたらあっという間に苗床にされてしまうから近付いちゃ駄目だとユーリルから叱られてしまった。
昆虫もいた。百足のような、足がいっぱい生えている体の長い生き物だ。光で照らされることに慣れていないのか、自分のいる場所が明るくなると闇を求めるようにその場から逃げ出していった。
こんな何もない場所で、一体何を餌にして生きているのだろうか……自然というものは本当に不思議の塊のような存在だ。
「
逃げていく虫を気持ち悪そうに見つめながら、フォルテが呟いている。
そう独りごちながら、歩を進め──急に光の中に現れたそれに、俺は眉間に皺を寄せた。
地面の上に、転がっていたもの。
それは、大量の鳥の死骸だった。
大きさは、一メートルくらいだろう。淡い茶色で、随分と痛そうな鉤爪を備えた大きい足を持つ猛禽類っぽい鳥だった。
何で切断されたのか、どの死骸も首から上が綺麗になくなっている。
この峡谷に棲んでいる鳥なのだろうか。しかし明らかに肉食と分かる見た目の鳥が、こんなに群れを成してこんな何もない谷底にいる理由が分からなかった。
それに、この首の切断面。
これは、間違いなく何かの手によって付けられた傷だ。
切り口から血が滴っている様子からして、この鳥たちがこうなったのはそれほど昔の出来事ではないようである。
此処に、この鳥たちを襲った何かがいるのだ。
何だ、猛獣でもいるのか?
俺は辺りを見回した。
「わんっ」
それまで俺の傍で大人しくしていたヴァイスが、急に走り出した。
光が照らしている範囲の外に飛び出していってしまい、見えなくなる。
ヴァイスは召喚獣だから、何かに襲われても自分で身を守ることくらいはできるだろうが、見た目が小さな子犬だからつい心配してしまう。
俺は慌てて呼びかけた。
「おい、急に駆け出すな。何かあったら危ないだろ──」
「わうっ、わんわんっ」
ヴァイスはしきりに吠えている。
今までこんなに騒いだことなど一度もなかったのに。
ひょっとして、何かを見つけたのだろうか。
俺は警戒しながらヴァイスの声がする方へと向かった。
ヴァイスは、すぐに見つかった。地面の上に転がっているそれの前で、尻尾をぴんと立てながら何度も吠えている。
「……これは……」
「……旅人、でしょうか?」
ユーリルが小首を傾げながら呟く。
ヴァイスが発見したのは──うつ伏せに倒れている、若い男の旅人だった。
黒のシャツに、黒のズボン。履いているのは爪先や踵に金属が仕込まれている旅人向けのブーツ。この世界ではよく見かける一般的な旅人の服装である。左右の腰に一本ずつ剣が下げられていることからして、この男が二刀使いであることは分かった。
髪は、黄色味が強い金髪だ。しかし根元が黒いので、おそらくこの男の元の髪は黒髪なのだろう。普通の石鹸ですら金持ちの人間しか買えないような嗜好品であるこの世界に髪を染めるなどという技術があったということには驚きである。
崖から転落した死者……にしては、体の状態が綺麗すぎる気がする。
腐ったり干からびたりしている様子もないし、ぱっと確認した感じ外傷らしきものもない。
死に直結するような要因が何処にも見当たらない。綺麗すぎる体だ。
男のことを調べ終えた俺は、ふうむと唸った。
その時だった。
ぐぎゅるるるるるる。
「…………」
盛大に鳴り響いた腹の虫の音に、俺は呆れ顔で振り向いた。
俺と目が合ったフォルテがぶんぶんと手を振りながら反論する。
「今の、私じゃないからねっ」
彼女の隣で、ユーリルも首を左右に振っている。
何だ……てっきりどっちかだって思ったんだけどな。違うのか。
ヴァイスは腹を鳴らすなんてはしたないことはしないし。
……ひょっとして……
俺は倒れている男へと視線を戻した。
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