つぐない
吐血猫
道化
笑顔が染み付いて剥がれないの。
無理に剥がそうとすれば
痛くて痛くて、苦しくて、心臓がはり裂けそうになるのだ。
両親が共働きで家に留守番をする事が多かった幼いボクは
両親の事が本当に心の底から大好きだった。
そんな両親が休みの日はたくさんおはなしをした。
「昨日すごく可愛い猫がいてボクが近寄るとにゃーって寄ってくるの」
「この絵ボクが描いたんだー!先生にも凄いねって褒められたんだよ」
「隣町に美味しいドーナツ屋さんができたんだって、一緒に食べに行きたいな!」
「ちょっと黙ってて。」
あ…、お母さんもお父さんも仕事で疲れてるんだ、いい子にしなくちゃ。
「ごめんなさい、疲れてるのに…。」
俯くボクの頭を優しくなでてくれるこの手がボクは大好きだから…
「いつも、ありがとう!」
そうして僕は幼さの残るボクを心の奥の暗いお部屋に隠した。
数日経った休日の出来事。
家族が増えた。
「いつも寂しい思いさせてごめんね、今日からはこの子がいるからね。」
小さくて温かい子猫だった。
「ううん!お母さん、お父さん、ありがとう!!僕嬉しい!今日からよろしくね」
子猫を抱きかかえると僕は嬉しそうに笑った。
子猫の名前はみぃみぃ鳴いているから「みぃ」と名付けた。
またある日、仕事から帰ってきたお母さんが僕に声をかけた。
「いつもみぃのお世話頑張ってるから、お母さんからプレゼントよ。」
渡されたのはたくさんの色が入った色鉛筆。
「わーい、こんなにたくさんの色があったら何でも描けちゃいそう!!お母さんありがとう!」
もらった色鉛筆でお母さんとお父さん、みぃを抱えた僕を描いた。
仕事に出かける前のお父さんが僕に声をかけた。
「隣町のドーナツ食べたがっていただろう、テーブルの上に置いておくからおやつにでも食べなさい、今日もお留守番頼むな。」
閉まる扉の音、静まり返る部屋の空気。
「みぃ~…」
みぃが心配したような鳴き声で見上げている
「あはは、心配してくれたの?僕は大丈夫だよ?」
そういうとみぃの頭をなでて微笑んだ。
みぃという家族が出来ても、たくさんの色が入った色鉛筆をもらっても。
美味しいドーナツを食べていても。
ボクの心の中はまるで機械のようにからっぽだった。
ただ、僕が嬉しそうにするとみんな喜んでくれるのだ。
あれは、僕がボクを隠してしまった日から幾年経った日の事だった。
僕は高校生になり、いい成績を納める事に専念していた。
両親も期待してくれていたから、裏切るわけにはいかなかった。
僕は毎日、家で勉強ばかりしていた。
そんな時、一本の電話が入った。
お母さんが疲労で倒れ、病院にいるという事だった。
すぐに病院に駆けつけた。
駆けつけた僕に医師は
「疲労で倒れたようなので、今日は点滴を打たせていただいて、少し休まれればすぐに良くなりますよ。ですが念の為仕事はしばらく休まれた方がいいと思います。」と言った。
僕はお母さんの元に行くと「無理しすぎだよ、僕の事も頼ってよ」と微笑んだ。
その日は点滴を打ち少し休んで家に帰る事になった。
お母さんは翌日もその翌日も仕事へ行くと言った。
しばらく仕事を休むように言われていたし、僕も必死になって止めたが
お母さんはそれをきかなかった。
そうして、お母さんは無理が祟り帰らぬ人となった。
すぐに葬儀が開かれたが僕は泣けなかった、それどころか笑っていたのだった。
心は悲しくて悲しくて仕方が無いのに、涙が出ない。
笑ったらまたあの日のように頭を撫でてくれる気がしてならなかったのだ。
周りの親族達は母親の死を目前に笑顔を見せる僕の事を気味悪がった。
お父さんが悪く言われない為にも泣かなきゃいけないと思った。
だけどいくら泣こうとしても、僕は泣けなくなっていた。
『笑顔が染み付いて剥がれない。』
違う、違う、コレはぼくじゃなくて…
ホントウノぼくは…?
[---ボクハダレナノ---]
【---貴方ハモウ戻レナイ---】
誰かの声が聞こえた気がしたと思えば、目の前が真っ暗になる。
『無理に剥がそうとすれば…』
気付いたボクの手にはナイフが握られていた。
『痛くて痛くて、苦しくて、心臓がはり裂けそうになるのだ。』
ボクは恐れることなく胸にナイフを突き刺した。
遠のく意識の中、お父さんが駆けつけてくるのが見えた。
「ボク…もっと一緒に…居タかったな…次生まれ変わるなら、ずっと一緒に…幸せに…」
なんだか不思議な夢を見ていた気がする。
とても孤独で悲しいユメ。
「あさごはんだよー」
リビングからの優しい声。
部屋を出てリビングへ向かうと
いつも優しくていつだって側にいてくれるお母さんと
お仕事も頑張るけれど何よりも家族の時間を優先してくれるお父さん。
「みぃ~♪」ご機嫌なみぃ。
あれ?
さっき見た夢でもみぃって…
「なんて…あはは、偶然だよね。お母さん、おなかすいた~」
ははは、と笑うと変な子だなぁと笑われた。
【そこには偽りのない、幸せな家族の形があった】
つぐない 吐血猫 @toketuneko
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