2章7話

 その小部屋には見たこともない装置がたくさん設置されていました。魔法的な光を放ち、絶え間なく変化する絵柄を映し出しているものもあります。廊下と同じ金属で構成された山吹色の壁をふと見れば、小さなトカゲが張り付いていました。


「あれって下の階層に出てきた奴らの子供じゃないのか」


 ドーラさん曰くこの種のトカゲは一日二匹ほど見かけ、食料の尽きた彼は必要に迫られそれらを食べて飢えを凌いでいたらしいのです。


「考えないようにしていましたが、そろそろその可能性から目を逸らすのを止めるべきでしょうか」

「悪かった、逸らし続けてくれ」


 彼が迷宮へと足を踏み入れていたのは、当初からその予定でこの街へ向かっていたからでした。しかし目的地を目前にして力尽き、行き倒れてしまったとのこと。


「その時、天使の如く降臨し僕を死の淵から救って下さったのがルリコさんです」

「まあ、天使だなんて恥ずかしいわ」

「ババア、顔がキモいぞ」


 迷宮に入った彼は財宝を探しながら上へ上へと進みました。


「あんた武器も持ってないのにソロでここまできたのか?」

「頑張りましたので」


 五階層へ辿り着いた時には商店からくすねてきた携帯食料も底をつき、かと言って迷宮から出るだけの体力も残っておらず――


「まて。くすねてきたって、あんたホントに何やってんだ」

「昔から逃げ足には過剰な自信があったもので」

「そういうこと聞いてんじゃねーよ」

「まあまあ、翔くんも怒らないで。ドーラさん、あとで必ずお金を払いに行って下さいね」

「我が女神、ルリコさんに誓って必ず」

「まあ、女神だなんてどうしましょう」

「ババア、調子に乗ってんなよ」


 途方に暮れていた彼の前に一匹の黒い子猫が姿を現したそうです。私が黒猫を探していたのを思い出したドーラさんは疲れた体に鞭打って無心で追いかけました。そうしてこの部屋へと辿り着いた、というのが私なりに圧縮したお話の内容です。


「その子猫はどうしたんだ」

「心の中で永遠に生きています」

「見失ったんだな」

「僕はどうすれば良いのでしょうか」

「知らねーよ」


 とにかくこんな場所で再会したのも何かの縁だと思い、一緒に行動しませんかと誘ったのですが彼はその提案に乗ってはくれませんでした。


「この小部屋には何かありそうな気がするので、もう少し調べたいのです」

「財宝目当てに入ったんだろうし、俺達と行けば全スルーになるからな」

「それもあるのですが、この部屋の装置は魔族もびっくりな魔法原理を応用しているものが多いので技術を解析したい気持ちが強いのです」

「魔族だって? やっぱいるのか魔族。てことは魔王もいそうだな」


 魔族って魔物とは違うのかしら。それにどうして翔くんはあんなにもウキウキしているのかしら。


「もちろんいますが、何故そこまで嬉しそうなのですか」

「だってよ、魔族を倒すのは冒険の醍醐味じゃないか」


 翔くんがそう答えるとドーラさんの顔が目に見えて険しくなりました。


「確かに魔族――正確には魔人族ですが――は、辺境に存在しています。地下深くに住居を構える性質があり、人間がそこへ侵入すればその高い身体能力と卓越した魔法行使能力で瞬く間に蹂躙されることでしょう」

「なるほどな、倒し甲斐があるぜ」

「どうしてそんな思考になるのですか。魔人族を倒して一体何になるのでしょうか」

「それはまあ……腕試し?」

「勝つか負けるかはともかく、誰にも知られることのないような辺境の地下深くでひっそり生活している慎ましやかな者達の元へ腕試しと称して攻め込むのは、ただの蛮行ではないのですか」


 いつもの飄々とした雰囲気から一変して、ドーラさんは熱く語ります。彼はその種族に思い入れでもあるのでしょうか。


「そう言われれば……そうだな……悪かったよ」

「いえ、柄にもなく熱弁してしまい申し訳ありませんでした」

「そうやってぶつかり合えるのは若さの特権ね」


 二人はポカンとした顔で私を見ます。


「こいつ相田さんより年上だぜ」

「恥ずかしながら二百五十歳です」


 見た目がお若いので忘れておりましたが、ドーラさんは私よりも老齢でした。


「じゃ、行くからな」

「お気をつけて」

「ドーラさんも無理だけはしないでね」


 彼の持っていた水袋に麦茶をたっぷり注ぎ込んでから部屋を出ました。それにしても黒猫がこの階層にいるのですね。探してみたい気持ちはありますが、今は一刻を争います。また次の機会を楽しみに待ちましょう。

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