フロリゲンを捕まえて。

もちもん

フロリゲンは妖精

3月の下旬の暖かな日曜日。

僕はパパに肩車されながら土手の桜並木を歩く。

「パパー。桜ゼンセンってなにー?」

まだ咲きそうもない枝ばかりの桜の木を見上げて言う。

「なんだタイチ。難しいこと聞くなぁ」

「テレビで言ってた!もう日本のミナミの方は咲いてるって。」

「桜前線は、各県のソメイヨシノっていう桜の種類の開花日を予測して、それを地図上の線で結んだことを言うんだよ。」

「…難しい。なんでゼンセンていうの?」

「空の上暖かい空気と冷たい空気によってできる空気の層をゼンセンて言うんだけど、似ているんだよね。」

「にてる??」

「天気の予想ができるってことかな。」

僕にはよくわからない。

でも桜ゼンセンていうのは桜が咲く予想。

南から北に上っていくってテレビでやっていた。


僕のパパは植物博士。

植物の研究のお仕事をしていて、なんでも知っている。

お仕事は、植物ホルモンを調べているみたい。

植物ホルモンっていうのはーーーー…。

難しいからパパに答えてもらおう。

「パパ、植物ホルモンって何?」

「植物ホルモンていうのは、植物たちが体の中で作り出す物質で、成長に影響を与えるんだよ。

根っこを伸ばしたり、葉っぱを大きくしたりする。」

「僕の中にはないの?」

「タイチの中にもホルモンはあるよ。ママにもパパにも。でも人間とはちょっと違う。」

「オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、アブジシン酸、ブラシノステロイド…。」

「パパわかんないよ!」

「タイチが大きくなってパパみたいになったらわかるよ。」

「んー。僕はパイロットになりたい。」

「そっかぁ。パパ残念だなぁ。」


パパの夢を僕は知っている。

『フロリゲン』を見つけること。

『フロリゲン』は、まだ解明されていない植物ホルモンの一つで花を咲かせるホルモンなんだって。(開花促進ホルモン)

5歳の僕には難しすぎてよくわからない。

名前があるのに実体がないなんておかしな話だよ。飼ってもいないペットに、名前をつけるみたいでしょ?


でもこんなことを聞く僕は、正直あまりパパのお仕事には興味がない。

ママは、研究に没頭して本を読みつづけるパパを呆れた顔して笑う。

僕も飛行機や自動車の方がかっこいいと思う。


でも前に、ママとお弁当を届けにパパの研究所へ行ったことがあるけど、白衣を着たパパはかっこよかった!


「フロリゲン見つかりそう?」

「んー見つからないなー。」

「ふーん。」


僕は『フロリゲン』てヤツが桜を咲かしているのなら『フロリゲン』は実は妖精で、桜ゼンセンに乗って魔法を振りかけて飛んでいるんじゃないかって思うんだよね。


だってふきのとうは花だけど、雪が溶けたら咲く。

葉っぱもないし、根っこも土の下。

春なんか感じないよ?だけどちゃんと花をつける。

きっと『フロリゲン』が魔法をかけて咲かせているんだ!!


「パパ、静岡はまだ桜咲かないの?」

「んーあと1週間くらいかなー。」

パパは桜の枝を見あげて言う。

まだ蕾にもならない枝だらけの桜の木。

「桜咲いたらじいじとばあばとお花見?」

「そうだなー。タイチの入学祝いもやろうか。」


晴れた日曜日の昼下がりは暖かい。

河原では鴨が3羽クワクワ話をしている。


僕は決めた。

パパよりも早く『フロリゲン』を見つけてやるんだ!!


次の日。

「タイチ?そんなセミ捕りのたもなんか出してどーするの?」

ママが僕に声をかけた。

「フロリゲンを捕まえるんだ!」

1週間後に咲くんならきっとここをフロリゲンは飛んでいる筈。

僕は虫カゴと、タモを持って土手を降り河原へ走った。

春の暖かい風が草を揺らして走る3月下旬。

「えい!えい!」

夢中でタモを振る僕。

でも『フロリゲン』は捕まらない。

「えい!えい!」

僕はタモを振る。


次の日。

僕はまた虫カゴとタモを持って河原へ走った。タモを振る僕。

「えい!えい!」


「たっちゃんなにしてるのー?」

お隣の家のミキちゃんがお母さんと一緒に土手から声をかけた。

「フロリゲンを捕まえてるのー!」

「フロリゲンってなーに?」

「花を咲かす妖精!」

「すごーい!たっちゃん!」

ミキちゃんに言われて僕はなんだか誇らしくなった。

「捕まえたらミキちゃんにも見せてあげるからー!」

「うん!見せてね!!」

「またねたっちゃん。」

ミキちゃんのお母さんとミキちゃんは手を振って行ってしまった。


5時の鐘が鳴る。

『フロリゲン』は今日も捕まらなかった。


次の日は雨なので諦めた。

ニュースでは桜の開花はそろそろらしい。

「タイチ、毎日何やってんだ?」

パパが夕飯を食べながら僕にきく。

「『フロリゲン』を捕まえようって思って!」

誇らしげに言う僕をママが隣で笑う。

「フロリゲンは植物の中にあるんだぞ?」

「だってまだ見つからないんでしょ?きっと『フロリゲン』は妖精で、風に乗って花を咲かせる魔法を降らせてるんだ!」

「あなたが毎回おかしなことを言うもんですから、タイチも影響されたんですね。」

ママもパパもちょっと呆れて笑う。

「きっとフロリゲンは妖精だよ!僕がゼッタイ捕まえてみせるから!」

僕は躍起になって言う。


次の日も雨だ。

僕は家の中から外を見ながら、幼稚園で習ったテルテル坊主を作っている。

「できた!これで明日は晴れる。」

僕は椅子に登って、カーテンレールに引っ掛けてみる。

でも届かなかったから、小学校への入学祝いにじいじとばあばが買ってくれた勉強机に登って引っ掛けた。


次の日。

晴れた!!

テルテル坊主は効果があったようだ。

僕は午前中にフロリゲンの絵をかいた。

「タイチこのお姉さん誰?」

ママが言う。

「フロリゲンだよ!妖精。」

「身体中お花をまとって綺麗ね。」

ママはふふっと笑って褒めてくれた。


お昼を食べたあとまた、河原でタモを振る。

「タイチー。買い物行くけどいくー?」

ママが呼ぶ。

「いかなーい。」

僕は諦めない。

そうしている間に、フロリゲンが飛んでいってしまうかもしれない!


でも今日もフロリゲンは捕まらなかった。


次の日。

朝のニュースで静岡県の伊豆の方では蕾が膨れていると言っていた。

県内では一番早く咲く暖かい地域。

「タイチ、今日も行くの?」

「うん!」

お昼ご飯を食べた後、タモを持って河原へ走った。

「えい!えい!!」

「えいえい!」

タモを振る僕。

「えい!」

「えいえい!」

何度か振って疲れた。

ちょっと休もうと草はらに座る。

「ふぅ。捕まらないなぁフロリゲン。」

河原で泳ぐ鴨を見ながらため息をついた。


さぁぁぁぁぁぁ。

風が吹く。


座りながらタモを振ってみた。

「!?」

なにかが。

なにかがひっかかった。

焦る僕。

とっさにタモを地面に伏せる。


タモの網目からはなにが捕まったか見えない。

でもソレは網の先端で、上下左右に動いている。

「え。まさか!」

僕は駆け寄ってそっと網を掴んだ。

じんわり暖かいソレ。


「離して!離して!」

小さく声がする。


網をそっとめくってみる。

僕はソレを両手で包み込んで、そっと覗く。


「離して、お願いよ!」


僕は息をのんだ。

それはピンク色の透き通った、綺麗なガラスのような妖精。

指の隙間からさす光に当たってキラキラ光るトンボのような4枚の羽根。

キラキラの長い髪。

まつげまでキラキラしている。

絵に描いたように、身体中色々な花を体にまとっている。スミレやサクラ、タンポポ。

ユリの花びらでできたようなスカート。


「フロリゲン?」

「そうよ!離して!お願いよ。」

「本当にフロリゲン?」

「早くいかないと、お仕事があるの!」

僕の指を小さな手が掴んで、身を乗り出すように言う。

「もしかして桜を咲かすの?」

「そうよ、あの風に乗り遅れたら咲かせられないの!だからお願いよ離して!!」


背中に生えた、4枚のトンボのような羽をビービー鳴らしている。

「パパに見せたいんだ!パパはずっと君を探してて。」

「私は行かないといけないの。私がいなければ春の花も、桜だって咲かないわ。」

「え。ほんと?」

「そうよ。私は花を咲かせるお仕事なんだから。私がいないとニンゲンはお花見ができないわ!」


でもパパにもママにも、ミキちゃんにも見せたい。

でもそれ以上に毎年じいじとばあばを呼んでのお花見ができないのは悲しい。

「そっか。じゃあ残念だけど…。」


そう言って僕は暖かい風の中に手を広げてフロリゲンをはなした。


「お仕事頑張って!」


僕は風の吹いて行く方に向かって手を振った。



さぁぁぁぁぁぁ。

風で草がこすれあう。


「タイチ?」


僕は草はらで眼を覚ます。

目の前にパパがいる。

「あ、パパ!今ね、フロリゲンがいたんだよ!」


起き上がって興奮気味に話す僕。

「そっかぁタイチの方が早く見つけたかぁ。

負けちゃったなパパ。」


そう言ってパパは僕を抱き上げて肩車しながら、タモも拾い上げて歩き出す。


「パパ、なんで今日早いの?」

河原から桜並木のある土手へ上がって行くパパに聞く。


「今日はママとパパの結婚記念日なんだ。」


のぼった先の桜並木に手を添えて微笑むパパ。


二人で見上げた枝先のには

今にも咲きそうなぷっくりと膨れた桜の蕾が見えた。













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フロリゲンを捕まえて。 もちもん @achimonchan

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