フィクションの役割
俺は、その文字をじっと見つめた。
役割、
役割、
フィクションの、役割。
……どういうことだ。
なんだか、胸騒ぎがする。ぞわぞわと、心の中で何かがざわめきたっている。嫌な予感がする。俺はなにか、大きな何かを見逃している気がする。
——私にはラブコメのヒロインとして役割を与えられているんです。『主人公と絶対に結ばれろ』と。
——悪いことをして人々を困らせる存在が必要ではないか。我々がその役割なのだ。
――情報を小出しで探偵さんに提示して、伏線を張って、ミスリードとかもして、解いてもらうのよ。それが私たち短編ゲストの役割なのよ。
――物語っていうのは、テーマがあるの。だから、私たち脇役はそのテーマを伝えるためにストーリーを作っているんだよっ。そういう役割なの。
役割。
これまで出てきた人間、それぞれが自分の役割を把握していて、そのことについて語っていた。
もしかして。
もしかしてこれは、そういう話ではないのか。
それぞれの立場の登場人物が、自分の役割について語る。そういう物語なのではないのか。
じゃあ、俺は。
俺の役割は、なんだ。
——あんたたち主人公は、そのコマに踊らされてる操り人形なのよ。
いいや、違う。
俺は操り人形なんかじゃない。
操り人形にならないようにしたのだ。
少なくとも、最後の最後だけは、決められたレールから外れているはずだ。
「……」
本当にそうか。
「いや、いやいや」
思わず声が出た。
「外れているに決まっている。今の状況が、——自分の部屋に閉じこもる、だなんてエンディングが、最初から決められてるわけがない」
これで良かったのだ。
俺が、自分の意思で、部屋に閉じこもるという選択をしたのだ。
俺の意志で、リコの手のひらで踊らされずに、操り人形という立場からこうして抜け出したのだ。
抜け出している、はずだ。
なんだ。
なんだこの、気持ちの悪さは。
――私たちがこの物語に生まれ落ちた時点で、登場人物は決まってるの。
——いつ何が起きて、それをどう解決するのか、関係性がどうなるのか、それも決められているのよ。
——そして情報を小出しで探偵さんに提示して、伏線を張って、ミスリードとかもして、解いてもらうのよ。
伏線。
いや、俺が閉じこもるだなんて伏線、あるはずがない。
そもそも、この部屋にだって、戻ってくるつもりはなかった。
この部屋に戻ってきたのは、俺が、俺の意思で、リコの言うエンディングを阻止するために、行動しない、という選択肢を選んだからなのだ。
物語が始まってから今の今までに、そんな伏線、どこにもなかったはずだ。
どこにも——
——きっと、これからゆうにゃんがいろんな場所に行って、いろんな人と出会って、いろんな経験をした末に、この部屋に戻ってくるんだと思うよ!
「……あ」
そうだ。
リコは言っていたではないか。
物語が始まってすぐに。
この部屋で、初めてリコと出会ったとき、すでに。
――一つだけ言っておく! この物語はね、ゆうにゃんが自分のつまらなさに気づいて愕然とする話なんだよ。
言っていたではないか。
――ゆうにゃんはこの部屋に閉じこもっちゃうんだよ! 残念でした!
そう、言っていたではないか。
今まさに、そのとおりに、なっているではないか。
「リコ、——リコ!」
俺は机の残骸をかき分けた。
引き出しを開けたい。リコを問い詰めたい。けれど、机はバラバラに壊れていて、引き出しはただの木の破片に成り下がっている。
「教えてくれよ、リコ。これは決まってたのかよ。こうして閉じこもったこと自体も、全部、お前の手の内だったってことかよ! 全部決められていたのかよ!」
——ゆうにゃん、ありがとう。あともう少し。エンディングまで頑張ってね。
「全部……、全部お前の仕業なのかよ」
最初から、こうなる結末だったのか。
「結局、俺は――」
息を止める。
息が止まる。
体が震えた。気づいてしまった。
この物語はきっと、『フィクションの役割』という名前なのだ。そのタイトルのもと、登場人物たちは皆、自分の役割について話をしてきたのだ。
けれど、唯一自分の役割を認めていない人間がいる。俺だ。
俺だけ、自分の役割について語っていない。
俺も、登場人物の一人として、自分の役割について語らなければいけない。
そういうストーリーなのだ。
じゃあ、俺の役割はなにか。
それは、この現状をみたら明らかだ。
最後に俺が、操り人形だったということに気づいて、その主人公の役割を認めて、この物語はエンディングを迎えるのだ。
それが最初から決められていたレールなのだ。
じわりと、視界が滲んだ。
やっと、理解した。
このセリフを言うために、俺はフィクションの世界に産み落とされたのだ。
「結局俺は、最初から操られていたんだ。これが、主人公の役割なんだ」
(了)
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