謎解き
「俺の物語の……脇役?」
——それって、
夏木さんの視線は、相変わらず窓の外を向いている。
タクシー乗り場の方を見ている。
けれど、俺はその視線を追わなかった。ここで俺が振り返り、その脇役のことを一眼見てしまえば、まるで彼女のことを疑っているみたいで、ここまで積み上げてきた彼女との信頼が全て失われてしまうと思ったからだ。
「断言するが、そんなわけない」
「あるのよ。みんな頑張って物語を作っているのよ。あなたが知らないだけでね」
「違う」
「違わないわ」
「だって、俺はその脇役の立場でストーリーを作る様子をみてきたんだ。確かに、ラッキースケベみたいな、作られたハプニングもあったが、本当に起きたハプニングもあったんだ。そして、そのハプニングを主人公に気づかれないように、工夫したりつじつまを合わせたりして、対処したんだ。それを見てきたんだよ俺は」
ふうん、と夏木さんが呟いた。
「あなたが言っている、その本当に起きたハプニングってのがどんなものか分からないのだけれど。例えばどんなハプニングなの?」
――例えば?
「ラブコメ作品の学園にエキストラとして出させてもらったとき、本来登場することがない人間が主人公の前に出てしまったんだ。想定外だったんだよ。だけど、ヒロインたちが力を合わせてごまかしたんだ。そして、その想定外のおかけで、結果として作品が盛り上がったんだよ」
「そう。それで、その想定外を起こしたのは誰なの?」
「起こしたのは?」
――侵入者です。強引にこの学校に入り込んできたみたいです。
おいくしのヒロインの一人、ルルの焦った口調。
宮森学園で、心優たちが
その侵入者は――
――ゆうにゃーん。ゆうにゃん、どこー?
リコだ。
「それが何だって言うんだ? 作品を盛り上げるためにわざと起こしたって言うのか?」
「ええ。そう言ってるでしょ」
「ほ、他にもある。子供向けのヒーローものの作品で、悪の組織が人を誘拐するところに遭遇したんだけれど 、俺たちは彼らが物語を作っているなんて知らなかったから、妨害したんだよ。その代わりとして、俺たちがその作品に出るはめになったんだ」
「悪の組織って私のタクシーを盗んだ奴らよね。私、あのときあなたたちにタクシー返してってお願いしたのに、どうして返してくれなかったの?」
「俺たちも誘拐されたんだよ。不可抗力だ」
「どうして誘拐されることになったの? そのきっかけとなったのは誰?」
「きっかけって、」
あのとき、
俺は夏木さんにタクシーを返すため、宮森学園の駐車場に行ったのだ。そしてタクシーのドアを開けるため、取っ手を掴もうと手を伸ばしたら、後ろから悲鳴が聞こえたのだ。
振り返るとフランがいて、捕まっていたのは――
――あ! ゆうにゃん、だめっ! ——んんっ!
リコだ。
「いや、言いがかりだよ」
「あなた、これまでラブコメやヒーローもので脇役が物語を作っているところを見てきたんでしょ? その主人公たちに自分を置き換えて見てみなさいよ。あなたの脇役も同じことをしてるだけよ」
「ちがう。偶然だよ」
「偶然じゃないわよ。全部必然なのよ。こうして私と話をしているのも、全部必然」
「そんなわけない。疑って考えれば、いくらでもそう思うことはできる」
「じゃあどうしてあなたはここにいるの? 駅の名前なんて言ってなかったわよね。どうしてこの駅に来ようと思ったのよ」
――駅前で犯人と合流するって言ってたよな。どこの駅だろう。
――さあ。とりあえず最寄りの駅に行ってみる?
「たまたまだよ。運がよかったんだ」
「ふふ。運って」
夏木さんが笑う。
「
タクシーの列が、また一つ進む。
「あのね、フィクションで『運がいい』は通用しないのよ。よくかんがえてみて? もしもね、サスペンス系のドラマでね、主人公達が追い詰められているとするわよね。物語終盤でね、もう絶体絶命、崖っぷちの状況。もうダメ、どうやったってこの窮地を抜け出すことなんてできない、――そんな場面で、たまたま黒幕が心臓麻痺で死んじゃったら、あなた、どう思う? 助かってよかったって、そう思える? 全く物語に関係のない、ただの交通事故に巻き込まれて死んだとしたら? 運が良かったねって、片づけられる? そんな物語、読んでいて納得できるかしら」
「それは……」
つばを飲んだ。喉がカラカラだった。
「それは確かに、違和感はあるかもしれない。けれど、奇跡が起きる物語だってあるだろ。主人公がとてと幸運だったり、逆にとても不幸だったり」
「それはね、そういう話なのよ。ね。不幸な主人公っていうのはね、物語が始まった時点で、この主人公は不幸ですよって説明されているのよ。だから見ている側も納得できるのよ。『ああ、この主人公はいつも不幸だから仕方ないよな』って。つまりそれは、起きるべくして起きた不幸だし、最初から想定されてる奇跡なのよ。端から決まってるの」
——端から決まっている。
「でも、俺は知らない。この話がどんな話になるかなんて、何も聞いてない」
「そりゃ、あなたも主人公だもの」
何回言わせるのよ、と言うような夏木さんのうんざりとした口調。
「あなたは何も知らないのよ。知らされてないのよ。だってあなたは主人公だもの。主人公がこの先のストーリー展開を知ってたら、読者は興醒めしてしまうでしょ」
寒い。
指先に血液が巡っていない。
頭では否定している。
そんなわけない、と思っている。
けれど、もし夏木さんの言っていることが本当だったとしたら。
これまでハプニングだと思ってやってきたことが、全部リコが計画してやっていたとしたら。
一緒に驚いたり、大変な目に遭ったり、勇気を出したりしたと思っていた出来事が、全て計画的に起こされていたとしたら。
俺の顔を見て、夏木さんがふふと笑った。
「どう? 今の気持ちは。あなた、フィクションは面白いって言ってたわよね。でも結局それも全部、端から決まっていたレールの上を歩かされていたってことなんだけど、それに気付いた今の気持ちはどうなの」
答えられない。
何も言えない。
「分かってくれた? ここがいかにつらまらい世界かってことを。こんな世界、さっさと退場してしまう方が良いと思わない?」
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