感情の引き出し方
最初に動いたのはフランだった。
俺たちの横に置いてあった重石を持ち上げ、ハンドボールのシュートのようにハッピーマンたちめがけて投げつける。
ハッピーマン(少年)が一歩前に出た。
手にしていた「
——おお、
思わず声が出そうになる。
うちわはぐぐぐと大きくなり、少年の体がすっぽり隠れるほどのサイズになった。
がんっ!
まるで岩同士がぶつかったかのような鈍い音。うちわにはじかれ、重石が粉々に砕け散る。
続け様にハッピーマン(少女)が赤いはっぴを翻し、少年の影から身を乗り出して、
「食らいなさいっ!」
少女が手にしていたバチを振った。
と同時に、ドン、と太鼓を叩いたような音が響き、オレンジ色のキラキラ光る砲弾が飛び出した。
オレンジ色の砲弾は側近さん目掛けて飛んでいく。
「くっ」
側近さんが杖を振った。砲弾は弾かれ、小さなひかりの粒子となり散った。
衝撃でずれたハット帽をかぶり直す。
「何をしている、フラン。やってしまえ」
フランはドームを震わす大きな雄叫びを上げ、その巨体を獣のように体を倒し、ハッピーマンたちに向けて走り出した。
ハッピーマンたちが身構える。
その様子を見て、フランは走りながら、足元に散らばる石の破片を腕で払った。散弾のように小石が飛ぶ。
再度、少年がうちわで防ごうとする。が、弾き損ねたいくつかの小石が後ろに隠れる少女に当たった。
「いたっ」
少女の片方のバチがはじき落とされる。
——あ、
少女の顔に僅かに焦りの色がみえる。一直線に襲いかかってくるフランに対して、ふらつく体制を立て直し、なんとか片方のバチで対応しようと構え直そうとする、
が、僅かにフランの方が早い。間に合わない。
フランが拳を握る。突進する勢いそのまま、少女に拳を振り下ろそうとして、
「……させるか」
少年がうちわを投げた。
ブーメランのようにくるくると周り、フランの拳に命中する。
「――っ!」
フランはまるで壁にぶつかったかのように跳ね返り、後ろに一回転した。
少年は、円を描いて自身のもとまで返ってきたうちわをつかみ、つづけざまにブンと振った。突風がフランを襲い、その巨体がよろける。フランの苛立たしそうな
「グアァ—————————————!!」
憤怒に滲む鼻息を漏らし、のっそりと顔をもたげ、標的を少年にうつす。
低く喉を鳴らし、獲物に手をかける猛獣のごとく牙をむき、青のはっぴに向かって一歩踏み出したそうとして――
ドンッ!!
太鼓の音が響いた。
少女の砲弾だった。
「——グゥッ」
フランの腹にキマる。
フランの巨体が吹き飛び、ドームの中を弧を描いて側近さんの横に落ちた。身体が地面にめり込み、岩が飛び散り、砲弾を受けた腹から白い煙が立ち込めている。
伸びるフランに、側近さんが舌打ちを一つ。
「この役立たずが。さっさと起きろ!」
好感度
「……その子たちを解放するんだ」
「でないと、もっと大変な目にあうわよ!」
ハッピーマンたちが並び、側近さんに言った。
側近さんは額の汗を拭った。苦々しげな表情を浮かべ、
「うるさい!
「……そう」
「じゃあ、これでおしまいよ!」
まるで和太鼓を叩くように、少女がバチを振る。
連続してホールに響く太鼓の音。
複数の砲弾が、渦を巻くようにして側近さんに飛んでいく。
「——こうなれば、」
側近さんが俺の首元をつかんだ。
「え?」
ひっぱられる。
「ぐぅっ!?」
むち打ちのような衝撃。抵抗しようにも手足を拘束されているからそれもかなわない。
側近さんが俺を盾にした。
「……しまった、」
少年が咄嗟にうちわを投げる。うちわは砲弾に当たり、俺のほんの鼻先で爆発した。
熱風が頬をかすめ、冗談抜きで顔が焼けるかと思う。
黒煙が立ちこめる。
そのすきに、目を覚ましたフランがハッピーマン(少年)にタックルした。
「わあっ」
ゴロゴロと転がる少年。
フランは地面に落ちたうちわを踏みつぶす。続け様に小石を少女に向けて投げた。少女はバチで払おうとしたが、ほとんどを体に受けてしまった。
苦渋に歪むハッピーマンたちの顔。
「人質を盾にするなんて、なんて卑劣なの」
その言葉を聞いて、側近さんが叫んだ。
「卑劣で結構! 卑怯者で結構! なんとでも言うがいい。なぜなら我々は、悪の組織なのだから!」
なーはっはっはっは、と側近さんが高笑いした。
「さあさあ楽しませてくれよ、おまえたちの困った顔をもっと見せてくれよ!」
側近さんの口調に狂気が宿り始める。
あれ、と思う。
こんなキャラクターだったっけ。
確かに彼らは悪役ではある。
が、ちょっとやり過ぎというか、過剰な気がしないでもない。
「やれ! やってしまえフラン! お仕置きだの何だの偉そうなこと言えないくらいボコボコにしてしまえ! なーはっはっはっは!」
何事も吹っ切れたら怖いものなしである。
それから、側近さんとフランは、ハッピーマンたちに対して攻撃を繰り返した。防御を担当する少年のうちわが破壊されたせいで、ハッピーマンたちはみるみる追い込まれていった。
ボロボロになったハッピーマンたちを見て、側近さんがさらに高笑いをする。
「どうした、ハッピーマン。この程度か。街の幸せを守るだの偉そうに言いながら、この程度なのか。
ぐぐ、と俺の首を絞める腕に力がこもる。
「や、――やめなさい」
絞り出すように、ハッピーマンが言う。
「残念だったな、ハッピーマン。お前たちのせいで、
迫真の演技である。
側近さんは片腕で俺の首を絞め、もう一方で持つ杖で俺の頬をぐりぐりと押した。痛かった。
「……やめろ。その子たちには手を出すな」
「いいや。やめないよ」
側近さんの力がさらに強くなる。ますます痛みが大きくなる。
——側近さん。ちょっと痛いです。
そう伝えるつもりで、ぽんぽんと側近さんの腰部分を叩いた。このままだと本当に怪我してしまいそうだ。
が、力は一向に緩む気配はない。
——側近さん?
俺は不安になって、側近さんの顔を横目で見た。
側近さんの顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
まるで本当に、ヒーローの前で人質を手にかけてしまおうとする、悪役の表情だ。
「ふへへへ、にひひひ」
ぐぐぐ、とさらに力がこもる。
痛い。
痛い、痛い。
ギリギリと杖の先が皮膚に刺さる。普通に痛い。手加減も容赦もない。
――これ、
怖くなった。
これは演技とかではない。
本当に、このままやられてしまうかもしれない。側近さんにおしまいにされてしまうかもしれない。
——た、
「助けて!」
自ずと声が出てきた。
「助けてくれ! ハッピーマン!」
恐怖の感情のまま叫んだ俺の声が、ドームに響き渡る。
その瞬間——
ハッピーマンたちが光に包まれた。
ヒーローの変身シーンだった。
ハッピーマンたちの身体が、虹色の光に包まれる。
白い足袋は下駄になり、
はっぴは鮮やかな浴衣に変わり、
少女の後ろ髪にはかんざしが刺さり、
少年のおでこにキツネのお面。
——すごい。
思わず見入ってしまう。
ふと、首を締めている側近さんの腕の力が緩まっていることに気付いた。
側近さんは、虹色に光るハッピーマンたちをぼんやり眺めていた。まるでひと仕事終えたかのような疲労と哀愁が漂う表情。
そして俺が見ていることに気付いて、ほんの少しだけ、眉毛を上げた。
――いい悲鳴だったよ。
まるでそう言うかのように。
「……側近さん」
もしかして、俺が本当に怖いと感じるように――
「百倍
赤と青の
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