ヒーローたち
ハッピーマンたちは二人掛かりで大きな筒状の物体を持っていた。
ハッピーマンたちと目が合う。
少年の言葉。
「……大丈夫。絶対に助けるから」
続けて少女。
側近さんに向かって、
「その子たちにひどいことをするなら、あなたたち絶対に許さない!」
怒りに満ちた表情。
どきっとした。
その姿は、フィクションであることを知っている俺からしても、かなり感情を揺さぶられるような熱に帯びた言葉だった。
ふいに、後ろめたさを感じた。
——主人公は自分がフィクションの世界の人間だと認識していないんです。
心優の言葉が脳裏をよぎる。
彼らは知らないのだ。俺たちがこうしてフィクションの世界で物語を作っているということを。
つまり、彼らは本気で怒っているのだ。
なぜ怒っているのか。
理由は一つしかない。
側近さんが、
そもそもどうして彼らは戦っているのか。
俺たちを助けるためだ。
俺はこれまで、目の前で繰り広げられている出来事をどこか他人事のように見ていなかったか。
所詮、虚構の出来事だと思っていなかったか。
ヒーローなのだから、悪の組織と闘うのは当然だと思っていなかったか。
いくら特別な力があるとはいえ、悪の組織と戦おうとするなんて、よほどの覚悟がないとできるわけがないのに。
俺だって、初めて悪役をみたときは腰が抜けるくらい怖いと思ったのに。
あそこで戦っているのは、まだ
——俺がハッピーマンたちに負けるかよ。こっちが本気出せばあいつらなんてワンパンよ、ワンパン。
きっと、圧倒的な力の差があるのだろう。
こうやって攻防があるように見えるのも、
そしてそれは、
それは、きっとその通りなのだろう。
けれど、彼らはそんなこと知らない。
道徳がどうとか、共感がどうとか、そんなことは関係ない。
きっと夢にも思っていない。
ただひたすらに、困っている人を助けたいという気持ちだけ。
それだけのために、あんな化け物みたいな敵に挑んでいるのだ。
いま、こうして悪に立ち向かう彼らの勇敢さだけは、まごう事なき純粋なものだ。
「これ以上、その子たちを傷つけることは私たちが許さない!」
少女が筒を上に向けた。
筒の先が白く光り始める。
「さ、させるな! フラン! いけ!」
焦る側近さん。
フランが襲い掛かろうとする。が、それよりも早く、筒から白い玉が飛び出した。
花火だった。
輝く白球はひゅうううと音を立てて空を舞い、やがて大きな音とともに花咲いた。
白い光に包まれる。
その光の強さに俺が思わず顔を背けると、側近さんの拘束が解けた。
その場にへたりこむ。
「……もう大丈夫だよ」
すぐそこから声がした。優しい声だった。
目を開く。
ハッピーマン(少年)が目の前にいた。
「……不安にさせてごめんね」
少年はリコと俺の横に寄り添うようにしてしゃがんで、手足を縛っているロープをほどいた。
いつのまにか、側近さんとフランはドームの隅へと追いやられていた。
少女が俺たちをかばうようにして側近さんたちとの間に入った。
筒を構える。
「さあ! これでおしまいよ!」
「や、やめろ! ハッピーマン――」
「ちゃんと反省しなさい!」
発火。
色とりどりの花火が、側近さんたちに当たった。
そのまま二人は城の天井を突き破り、空の彼方へと飛んでいった。
「アンハッピー!」
はるか上空から、そんな側近さんの声が聞こえたような気がした。
どんどん。
まるでヒーローの勝利を祝うかのように、彩りの花火が咲いている。
背後に花火を携え、少女が振り返った。
頬をススまみれにして、
浴衣はボロボロに破れて、
だけど顔には優しい笑みを浮かべて。
「もう大丈夫だよ!」
少女が手を差し伸べる。
「困ったときは、ハッピーマンがいつでもそばにいるからねっ!」
後光が差し込んでいた。
少なくとも俺にはそう見えた。
――かっこいい。
目の前にいるのは、ヒーローだった。
——私は、フィクションの世界に生まれてよかったって思っています。
いまなら、心優の言葉がすんなりと入ってくる。
フィクションはとても面白いのだ。
現実世界でできないことを、俺たちは体験することができるのだ。
この世界は可能性に満ちている。なんだってできる。とても魅力的な世界なのだと思った。
「ありがとう」
素直に言葉が出てきた。目の前のヒーローたちに、感謝の気持ちを伝えなければいけないと思った。
「とても怖かった。本当に救われたよ」
「どういたしまして!」
少女がグッと親指を立てた。
「じゃあ、これから一緒に帰りましょう! あなたのおうちはどこ?」
「え?」
おうち。
その言葉で、不意に我に返る。
おうちに帰るのはいい。だが、このままハッピーマンたちと一緒に帰るわけにはいかない。
このアジトには、盗んだタクシーが置き去りにされているのだ。
「俺たちは自分たちで帰るよ」
「え? どうやって? 歩いて帰るの?」
「いや……歩いてじゃないけど」
「じゃあ、どうやって帰るの?」
盗んだタクシーで帰る。
それが答えである。
が、間違ってもそんな回答はできない。ここで、俺たちがタクシーの存在を伝えたら、ハッピーマンたちは目を丸くするだろう。
わざわざ悪の組織まで、盗んだ車でやってくる誘拐被害者なんて、これまでの出来事を全てひっくり返すくらいおかしい。
「? きみ、大丈夫? もしかして、私たちに迷惑をかけちゃうって思ってるのかな?」
黙り込んだ俺を、少女が覗き込んでいる。
「もう、気を遣わないで! 助けてもらえる状況なら、その厚意に甘えなきゃ! その代わり、君も困っている人がいたら、ちゃんと助けてあげねっ」
悪意の一切ない笑顔が却って辛い。
「いや、――その、」
どうしよう。
どのように説明すればいいかさっぱりわからない。今からまたアジトに戻ってタクシーを取りに行くとは言えないし、理由もなくここに居残るというのもおかしな話だ。俺はどんな言い訳ができるだろうか——
キイッと、俺達の後ろからブレーキ音が聞こえた。
「その人たちは私が送るわ」
聞き覚えのある声だった。
振り返る。
そこに停まっていたのは、傷だらけのタクシーだった。とてつもなく無茶な運転をしたのだろう。ボンネットはススにまみれ、エンジンからは異音が轟いている。
さらに、タクシーのなかは、車上荒らしにでも遭ったかように、すっからかんである。
——どうして、
あのタクシーがあった。
「そこの二人。早く乗りなさい」
運転席には、女性タクシードライバーが座っている。窓から顔を出して、
「ほら、家まで送ってあげるから」
ハッピーマンたちが、こっちを振り返った。
「お迎え、呼んでたの?」
呼んでいない。が、
「ああ。さっき電話したんだ」
「そうなんだ! でも、ちゃんと家まで帰られるか不安だなぁ。お迎えはご両親じゃないと……」
「あの人、お母さんなんだ」
自分の白々しさに恐怖すら覚える。
けれど、ハッピーマンたちは一切疑うことなく、そっか、と安堵の笑みを浮かべた。
「じゃあ気を付けて帰るんだよ! おうちに帰るまで、お母さんから離れちゃダメだからね!」と、少女。
「……知らない人についていかないように」と少年。
「ありがとうございます」と、お辞儀をして、俺とリコはタクシーに乗り込んだ。
ドアが閉まる。
窓の外でハッピーマンたちが手を振った。
「何かあったら、私たちがついてるから! しんどいときは周りを頼るんだよ! 一人で抱え込まないように! じゃあね」
さわやかに言い残して、ハッピーマンたちは去って行った。
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