自室
レースのカーテンが、隙間風に揺られている。
四畳半の自室。
床に敷いた布団の上に寝転がり、俺は天井を見上げている。
窓の外は明るくなっていて、レースカーテンの隙間から青い空がのぞいている。住宅街にもそれなりに人が行き交う気配が感じられて、そろそろ社会が営みを始めるころなのだろう。
けれど、俺は何もしない。
下手に机の引き出しでも開けようものなら、なにか物語が動き始めてしまうかもしれない。なるべく巻き込まれないよう、じっとしていることにしている。
ぶら下がる、蛍光灯。
「……」
部屋の中は、置き時計の秒針の音だけ。
天井をぼんやりと眺めていると、これまでのことが走馬灯のように頭を駆け巡る。
街中でド派手なカーチェイスをしたこと。
宮森学園でラブコメに参加させてもらったこと。
ヒーローもののバトルを目の当たりにしたこと。
推理もののタクシーに乗ったこと。
そして、それは全て、リコがそうなるように仕組んでいたこと。
「……」
——言ったでしょ? 私はゆうにゃんの脇役なんだって。脇役として、ゆうにゃんを導いていたんだよっ!
リコとは、それなりにいい関係を築けていると思っていた。
けれど、リコはそうじゃなかった。
リコはずっと、ストーリーのために演技をしていただけなのだ。
物語の最初、リコが勉強机の引き出しから登場した時もそう。ビルが爆発して瓦礫に押しつぶされそうになったところを助けてくれた時もそう。宮森学園に乱入してきた時も、悪役のアジトに誘拐された時も、ハッピーマンたちのバトルに巻き込まれた時も、夏木さんを助けるために最寄駅に向かった時も全部そう。
全部、ストーリーを進めるためだけの、演技だったのだ。
——リコ。
俺は、悲しかった。
二人でやってきたこの物語の終着点が、こんな結末だなんて信じたくなかった。
今頃、リコは何をしているのだろう。
ストーリー第一でやってきたリコのことだ。今も家の前で、俺が家から出てくるのを待っているのかもしれない。
今も着々と、もともと想定していたエンディングを迎えるために、計画を練っているところなのかもしれない。
もしも、
もしも今から、俺が外に出て、なにか行動したとしたら。
そうしたら、リコはまた俺の前に現れるだろうか。そして、リコがいう端から決まっていたエンディングに、連れ戻されるのだろうか。
……そっちの方が、良いのではないか。
部屋に一人残るのではなく、リコに操られて、レールに沿って動いた方が、面白い結末になるのではないか。
「……」
いや、だめだ。
絶対に、操られたりなんかしない。
俺は目を瞑った。このまま、俺は何もしない。
――そういう物語になるように、私たち脇役が、一生懸命努力しているのよ。ね。そしてもし、それがうまくいかなかった場合、その作品は、駄作になってしまうのよ。
俺たちは、脇役の操り人形のままではいられない。
たとえ駄作になったとしても、最後の最後くらいは、自分の意思を貫かなければならない。今もどこかで真剣に行動している主人公たちの名誉のためにも、俺は絶対に屈したりはしない。
強い風が吹いて、窓ガラスがガタガタとなった。
ふと窓を開けようと思って、体を起こそうとした。
が、すぐに辞めた。布団を頭からかぶる。
もしかしたら、窓の外にリコがいるかもしれない。リコじゃなかったとしても、物語が動くような出来事が発生してしまったりする可能性もある。そうなってはいけないのだ。俺は何も行動してはいけないのだ。
寝ることにした。
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