ラッキースケベの作り方

「え? うえええっ!? なんで!?」


 リコが胸元を隠し、3歩後退りした。


「性格をちゃんと見つめるには、時間がかかります。なので、まずは身長や体重といった外見をきちんと把握しましょう。今リコさんが着ているメイド服、とってもよく似合ってますけど、スタイルがよくわからなくて。ちょっと脱いで、体型を見させてもらえませんか?」


 心優の口調は事務的なものである。が、リコは焦り散らしながら、


「いや、だめだめ! 私脱ぐのはちょっと、だめなの! ぶっぶー!」

「? なにを焦っているんですか」

「あ、焦ってないもん。ぜんぜん焦ってないもん! ぜんぜん!」

「そうですか。では、はやく」

 

 心優がリコに近寄った。リコはまるで静電気に当たったかのように飛び跳ねて、


「いやいや、やっぱりダメ! リコにゃんは中身で勝負するんですー! 見た目はどうでもいいんですー! ——あっ!」


 心優の手を逃れようとして、リコが足を滑らせた。俺に倒れ込んできたところを、なんとか支える。


「おお、大丈夫か。リコ」

「ゆ、ゆうにゃん。なんか心優ちゃん怖いよ!」

「ええっ!? 怖くなんかないですよ」


 心優が心外だと言わんばかりに目を見開いた。


「リコさんの一番魅力的な姿を読者に見せないといけないんです。ちゃんと自分の体の状態を確認して、強みを知って、見せ方を考えておかなきゃいけないんですから。ほら、はやく」

「い、いやでも……」


 リコが俺の方をチラリとみた。顔が赤い。


「ゆうにゃんが、見てるから……」


 消えて無くなるくらい小さな声だった。


 リコの言葉を聞いて、心優が何かを言おうと息を吸った。しかし、一度俺の方をみて、ふうっとため息のように吐き出した。


「わかりました。それじゃあ後でゆっくりと考えていておいて下さい。自分の強みは何なのか。外見も内見もすべて含めてですよ」

「わ、私は、――リコにゃんの体は魅力なんてないもん!」

「どうしてそう思うんですか?」

「だ、だって」


 若干の間。


「私、……心優ちゃんみたいにおっぱいおっきくないし」

「それはリコさんの個性です」


 心優が諭すような口調で言った。


「人の数だけ好みがあるんです。世界には、思っている以上にいろんな趣味嗜好があるんです。小さい胸が好きな人も当然います。その人たちに向けて、全力でアピールしてください」

「で、でもぉ」


 リコの目が潤んでいる。


「……嫌なんだもん。わたし、小さいって言われるの」

「まあ、わかりますけど」


 心優が言った。


「私も怖いです。あざといと言われたり、下品だと言われたりしたら、やっぱり傷つきます」

「……そうなの?」

「それは、そうですよ。私だって一人の人間ですから。悩んだり落ち込んだりもします。でも、ここはフィクションです。私が閉じこもっていたら、もう誰にも見てもらえないじゃないですか」

「見てもらえない?」

「はい。まずは見てもらわなきゃ。私のことを見てくれる人がいるんです。私の活動を楽しみにしてくれる人がいる限り、その期待に答えたいじゃないですか」


 ね、と心優が笑った。


「リコさんも、私と同じ、フィクションの世界の人間なんですから。読者が、——現実世界の人がリコさんを見て、小さな胸って魅力的だなって思える行動をしてください。胸が小さいというコンプレックスを持っている人の希望にリコさんがなってください。ここは、世界の全員から好かれなきゃ生きちゃいけないゲームじゃないんですよ」


 リコが、ハッとした表情を浮かべた。


「――わかった」


 リコの言葉を聞いて、心優が微笑んだ。


「ラブコメをしたいのなら、死に物狂いでハプニング起こさなきゃ」

「死にものぐるいで?」

「はい。例えば、さっきもそうです。せっかくつまづいて裕介さんに倒れ込んだというのに、すぐにサッと立ち上がって離れてしまったじゃないですか。せっかくラブコメのチャンスなのにもったいない。ここにカスミさんがいたら、多分、朝まで説教されちゃいます」


 ——カスミさん?


「カスミさんって、だれだ?」


 突然別の人の名前が出てきて、俺は彼女たちの会話に入った。


「私が出てる作品の恋敵役の人です。私と雪ちゃんの間を邪魔する担当をしています」

「三角関係的なやつか」

「そうですね。すごく高飛車でわがままなキャラクターの人です。だけど、本当はとっても真面目なんですよ。私もむかしよく怒られました。着替えてるところを雪ちゃんに見られて、すごく恥ずかしくて逃げちゃったことがあって。そしたら、後でカスミさんに呼び出されて『なんでそこで足を滑らせて主人公に覆い被さらないんだ』って。『ラブコメやってる自覚無いならやめちまえ』って怒鳴られて、髪の毛捕まれて引き摺り回されちゃいました」

「それは、——なかなか衝撃的な体験だな」


 俺がそう言うと、ふふ、と心優が笑った。さらりと髪を耳にかけて、


「私も、あれはやりすぎだなあって思います。でも、カスミさんに感謝もしているんです。あれで吹っ切れたっていうか。あのとき言ってもらえなかったら、いまだに中途半端なキャラクターのままだったと思うから」

「でも、ハプニングって、そう簡単に起きないと思うんだが」

「起きないです。だから私の方から起こすんです」


 心優はそう言って、おもむろに俺の方に体を向けた。


「裕介さんはそこにいてください。いきますね」

「え?」


 何を言っているのか理解する前に、心優がこちらに向かってダッシュしてきた。


「ええっ!?」


 ドン、とぶつかる。胸にタックルを受けたような衝撃。後ろによろける。

 と、その瞬間。

 腕を捕まれて、足を払われた。ふわりと体が浮く。


 ――う、わっ、


 ぐるり、と視界が回転して、俺はうつぶせに倒された。


「いたた、——え?」


 そして、俺の下敷きになるように、心優が仰向けに倒れている。


「……あれ?」


 端から見たら、きっとように見えるのだろう。

 しかも、心優のブラウスのボタンが外れており、胸元がはだけている。ブラジャーの上から俺は心優の胸を掴んでいた。——なんだこれは。


「ね?」


 俺に押し倒されている(ように見える)心優が、にこっと笑った。


「ラッキースケベの完成です」


 顔が近くて、どこに視線をやったらいいのか戸惑う。右手の感触に意識がふっとびそうだ。


 ——というか、この体勢って、


「もしかして、心優と初めてぶつかったときも、心優がこうなるように仕組んでいたのか?」


 えへへ、と彼女が気まずそうに笑った。


「なんだか、リコさんと2人で楽しそうに歩いていたので、面白そうだなって思っちゃって。その、飛び入り参加しちゃいました」

「そうだったのか……」


 ——私、ハプニングが好きなんです。


 心優の言葉がよみがえる。誘拐に巻き込まれたり、俺に衝突してきたり。なんというお騒がせな少女なのだろう。


「つまり、おっちょこちょいだって言ってたのも、全部計算だったってことだな?」

「いえ、全部じゃないですよ。ミスはよくします。でも、こういうハプニングが起きるように特訓しているのも事実です。だって、冷静に考えてください。普通に生活してて、誰かとぶつかった拍子にこんな体勢になることあります?」

「——まあ、普通はないな」

「そうなんです。自然に起きないなら、わざと起こすしかないんです。ヒロイン側の協力がないと、成り立ちませんから。こういう体勢になるように、みんないっぱい練習してるんです」

「なるほどね。なるほど、……なるほど」


 ——聞きたくなかった。


 これからこういったえっちなハプニングが起きるたびに、仕込まれているのではないかと疑ってしまうではないか。 


「だから私は、雪ちゃんとラブコメするために、こうやって色々と準備をしているんです。ちゃんと雪ちゃんから好きになってもらえるように。いろいろなハプニングが起きるように。そうやって努力してたら、いつかきっと誰かが見てくれるって信じて」

「でも、……それって虚しくないか?」


 俺は立ち上がりながら言った。


「だって、全部演技なんだろ? 本当は恥ずかしくないのに、恥ずかしいふりをしたり。それで、主人公から好きになられても、むなしくないのか? 全部作り物なんだろ?」

「なにをいっているんですか。もともとここは虚構フィクションじゃないですか。私たちはこの世界で物語を作っているんですよ」

「そうだけど……」

「虚しくなんてありません。だって、この世界は虚構ですけど、私自身は本物ですから。私たちは、間違いなくここにいるんです。実際にここで、いろいろ悩んで、迷って、自分を信じて行動している、フィクションの世界に生まれた、一人の人間なんです」


 心優が俺の手を握った。心優の手は、さらりとした細い手だったが、とても暖かった。


「この虚構の世界で、私たちが現実世界でできないことをやって、現実世界の人に擬似体験してもらえるんです。私の頑張りで、読者を楽しませることができるんです。こんなに夢のあることありますか? わくわくしませんか? 私に求められていることがあるんです。それに、全力で応えることができるんです。そしてそれに応えられたって実感した時には、すごく、すっごく嬉しいんです。そういうやりがいがあるんです」

「――やりがい」


 心優が、柔和な笑顔を浮かべた。


「そう、やりがいです。私は楽しいんです。せっかくフィクションの世界に生まれたんですから。現実世界とはスケールが違うんです。この何でもありの世界で、全力で自分の役割を果たす。その期待に応えられた時の喜びを知ったら、もう受け身のままではいられません」


 見た者全てを恋に落とすような、ヒロインの笑顔だった。


「私は、フィクションの世界に生まれて、本当に良かったって思ってます。裕介さんも、そう思ってくれたら、嬉しいです」


 ——私は、フィクションの世界に生まれて、本当に良かった。


「そうか」


 俺は言った。


「俺も、フィクションの世界に生まれて良かったって、思えるだろうか」

「思いますよ、きっと。はい、これ」

「え、——これって」


 学生服だった。襟首には宮森学園の勲章がついている。


「どうして?」

「これから宮森学園に行くんですよ。私たちヒロインの活躍を見てもらうために」

「俺も着るのか?」

「もちろんです。『おいくし』のエキストラとして、校内に入ってもらうんですから」

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