新社会人の必需品

カゲトモ

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「わっごめんなさいっ」

「や、こちらこそってあれ? 星子ちゃん?」

 電車のホームで肩がぶつかった相手は、同じマンションに住む星子ちゃんだった。長い髪を一つにまとめて、綺麗なリクルートスーツを身に纏っている姿を見ると、今年から新社会人だったってことを思い出す。まだ短大生だと思っていたけど、そうかもう二年経ったのか。

「おはようございます、花菱さん」

「おはよう。これから、出勤?」

 と言いつつ時計を確認。もう時刻は昼前だ。まさかこんな時間に出勤なわけ、ないよな。

「いえ、仕事で」

 だよねー。

「そうなんだ。でもこんな時間にこんな所で仕事? 何の仕事してるの?」

「広告会社の営業です。これからお客様に会いに行く予定で」

「へぇ、そうなんだ。ちゃんと社会人やってんだね、偉い偉い」

 ちょっぴり弱気で慣れるまでは無愛想な子だったけど、頑張り屋で面倒見はいいんだよなぁ。スーツも良く似合うし。

「え、偉くなんかないです」

「そんなことないよ。まだ入社して半月とかでしょ? それなのにもう一人で仕事しているじゃん」

「そっそんなこと」

 ぎゅっと鞄の紐を握りしめながら星子ちゃんは首をブンブンと横に振る。

 あ、一人じゃなくてこれから先輩と待ち合わせ、とかか?

「私っ、こ、これから」

「これから?」

「一人でお客様の新規開拓をしていかなくてはいけないんですぅぅ」

「えぇっ!? 新規開拓ぅ!? 一人でっ!?」

「ひとりでぇぇぇ」

 その顔は今にもべそをかきそうで。凄く重いプレッシャーがその背中にのしかかっているのが見えるようだ。うーん、しかも話しを聞くとこうやって新規の客に営業を掛けるのは先輩と一度だけ行ったことがあるだけだとか・・・。なかなかに厳しいな。

「そうでしょ、厳しいでしょう? 何にも知らない生まれたての子羊を崖から落とすような感じでしょう? それにこんな右も左も分からないような新人が、お客様の前に出るのってとってても失礼なんじゃないかって思って。会社の顔に泥を塗る訳にも行かないし、下手なことも出来ないし、かと言って完璧に営業なんて出来ないし、まず知らないお店に声を掛けるところから始めるとか、うわわっ私、そう言うの得意じゃないからぁ」

「わ、おち、おちついて星子ちゃんっ」

「花菱さんっ私どうしたらいいんでしょう?」

「どうしたらって」

 星子ちゃんがプレッシャーに思うのも良く分かる。新人で仕事の事も全部知っている訳じゃなくて、自信が無くて相手に何を言われるか、どうやって言葉を返せばいいか分からなくて凄く怖いんだ。

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