赤はなぜ赤い
木枯水褪
狐
うちは無駄に古く続いている家であるから構えも広く、祖父母と伯父夫婦、叔父夫婦、そして早くに父を亡くして出戻った母と、その子供である俺、四世帯で住んでいた。
その中で、母に狐が憑いていると言い出したのは祖母が最初だ。俺の母は普遍的な良い母であったから、当然、祖母以外誰もそれを信じなかった。年寄りの戯言だと、痴呆が来たのだと、みんな笑っていた。そのうちに、だんだんと言動に痴呆の症状が色濃く見え出し、祖母は介護施設に入れられた。
次に言ったのは伯母だった。正しくは狐が憑いているではなく、家に狐がいると騒ぎ出した。聞くと、獣ではなく狐の面をつけた女が、ぼうっと立っているのを見るという。そう経たないうちに、遊びに来ていたその妹も言い出したので、そろそろ家族も怖がりはじめた。なにかよくないものが家にいるのではないかと、特に信心深かった伯父が、ついに坊主を呼んだ。
最初、坊主は家に入りたがらなかった。手に負えない、手に負えないとつぶやき、中に招き入れた伯父をさらに不安がらせていたのをよく覚えている。
俺はその頃、家にいるのが嫌で、地元の大学で新しくできた友達と朝から晩までつるんでは、家にいる時間をなるべく少なくしていた。狐などいないとわかっていたのだ。
坊主が手間賃を返してきたという話で家庭内がさらに騒がしくなった頃、祖母が死んだ。誤嚥性の肺炎をこじらせたらしい。もう八十も手前だったので、しめやかだがそこまで沈み込むことなく、淡々と葬儀は済んだ。
自然死であったのに、叔母が母に向けた視線には疑念が満ちていた。
義母さんを殺したのは義姉さんなんじゃないの。
お前、なんてこと言い出すんだ。俺の姉だぞ。
でも義母さん、施設入る前に言ってたじゃない、義姉さんに、狐が憑いてるって。
馬鹿いうな、痴呆が来てたんだ。
でもお坊さんも、
もうやめろ、縁起でもない。
たまたま立ち聞きした叔父夫婦の会話は、あまりに真っ当なものだった。母は普遍的な良い母だ。だが、父を亡くした五年後、つまり今から四年前に死んでいる。いるのは狐ではない。母に狐が憑いているわけでもない。ただ母ではない何かがいて、それが母の姿で何かをしているだけだ。
仏間にある仏壇のうち、俺の両親の仏壇は、今でも綺麗だ。ただ母の遺影だけ、煤けて埃をかぶっている。他人だった父には毎日線香をあげ、丁寧に管理をしているのに、その隣にある母の遺影について、誰も何かを言及することはなかった。
その後、そうしばらく経たないうち、叔母が死んだ。叔父は当然いたく悲しんでいたし、祖父母も、伯父夫婦も、母も深く悲しんでいた。その一年後に伯父が死んだ。当然、伯母はひどく悲しんだ。祖父母も叔父夫婦も、母も悲しんでいた。
うちは無駄に古く続いている家であるから構えも広く、祖父母と伯父夫婦、叔父夫婦、そして早くに父を亡くして出戻った母と、その子供である俺、四世帯で住んでいる。祖父母の仏壇も、叔母の仏壇も、伯父の仏壇も、母の遺影も、すべて煤けて埃をかぶっている。誰も父の遺影以外を気にしない。
狐騒動が落ち着いた後は、誰も狐のことを言わなくなった。祖母と母は今でも仲がいいし、叔母と母も仲がいい。伯父は未だに信心深いが、もう坊主を呼ぶことはないだろう。
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