第9話初――投げ銭

 俺は焦っていた。スライムをプチプチ踏みつぶすだけで、楽にポイントは稼げる。そう考えた自分をぶん殴りたいと思いながら――。

 日暮れまでまだ、時間があると考えた俺は、あれから林をぐるぐる探索した。その結果、確かに、簡単にスライムは見つかった。足踏みダイエットよろしく。ルーチンワークを繰り返し、視界に収まるスライムで止めよう。そう考えた。まさにその時――バスケのボールサイズまで合体したスライムを踏みつけた瞬間。


「――うえッ?」


 俺は、ゴブリンの巣穴に落っこちた。


 すぐに巣穴から這い上がったが、自分の縄張りに入った獲物を簡単に逃すほど、ゴブリンたちもマヌケではない。

 俺が巣穴から這い上がると、それを追うように、周囲から湧き出した。何がって、ゴブリンの集団がだよ。腰に野菜包丁を引っかけてはいるが、多勢に無勢。

多くの巣穴から次々に這い出るゴブリンを視認した俺は、一目散で逃げ出した。


 目視しただけでもその数、三十体はくだらねぇ。


「なッ、なんだよ、ここはッ――」


 もはや、リスナーのために、カメラ映りを気にする余裕もない。首に掛けたストラップがぐらんぐらん揺れる。リスナーたちは、映像が激しく揺れて状況が飲み込めていない。レスは当然、俺へのヤジで溢れかえった。

 俺にしてもレスを見る余裕はなかった。くそッ。冗談じゃねぇぞ。

 これまでの俺の体力なら、荷物を背負った状態での全力疾走は不可能だった。一キロも走れば息が切れていただろう。だが、一キロを過ぎた辺りからジワジワとゴブリンとの差は開きだす。

 この世界に足を踏み入れた時は、十分に及ぶ足踏みで息が切れた。それが、たった半日スライムを殲滅せんめつしまくっただけで、体力が上がっていたようだ。

 その内に、後方に迫っていた雄たけびが、遙か遠くに聞こえるようになる。

 俺は一瞬だけ後ろを振り返った。

 ちらりと見えたゴブリンの先頭とは、既に五百メートル以上離れていた。


「おッ。おえッ?」


 言葉にならない声を吐き出すと、俺はスピードを緩めた。そして、背後を気にしながら歩き出す。あれ、息切れがねぇ。何でだ――。

 俺はノートパソコンを持ち直す。そしてカメラを遠くのゴブリンへ向ける。


「よっしゃぁぁぁぁぁ! 逃げ切ったぜ。イエス、イエス」


 おっ、ゴブリンの先頭が停止した。他のゴブリンたちも、諦めたようだな。その場で集まりだしたぞ。しっかし、逃げている時には気づかなかったが、集団の中には弓兵もいたのか。危なかったぜ。


「やばかったな。逃げ出すのが遅れたら今頃――串刺しだぜ」


 配信用のカメラであのゴブリンが見えるのか、俺には分からねぇ。だが、しばらくゴブリンの集団を映した俺は、カメラを自分に向けた。


 画面には、リスナーからの叱咤激励で溢れていた。


ゲスト:タケちゃん、お疲れ。ちっこくしか見えないけど、あの塊ってゴブリン?


ゲスト:タケちゃんさぁ、逃げるにしてももっとやりようがあんだろうに。


ゲスト:画面がぐらぐら揺れすぎて酔った。おぇぇぇぇ気持ち悪ぅ。


ゲスト:さすがにあの数のゴブリンじゃ無理っしょ。魔法も使えないんだし。


ゲスト:タケちゃん、ぷぎゃぁ、どんまいだよ。お姉さん次は期待してるから。


ゲスト:にしても、良く逃げ切れたな。やっぱタッパの差?


ゲスト:やっぱりさ、剣にしとけば良かったんだよ。


ゲスト:バカか。剣なんかで一体ずつ相手したら、すぐに囲まれちまうだろ。


ゲスト:それにしてもヒドイ映像だった。編集で揺れは削っておいてね。


タカト:実に面白い。今後の活躍に期待して、投げ銭とやらをさせてもらうよ。


「えッ?」


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


ゲスト:課金者きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


ゲスト:まさか! 限界まで投げるのか?


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


ゲスト:すげぇぇぇ。太っ腹じゃん!


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


ゲスト:魔法きたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。


タカト様より一万ポイントが振り込まれました。


ゲスト:タケちゃん、やったじゃん! 念願の魔法だよ。


タカト:これで、異世界でのし上がってみろ。


ゲスト:タカト、イイ人じゃん。マジさいこぉぉぉぉぉ。


タカト:誰だか知らないが、初対面への敬意がなっていないな。


 初めての投げ銭に心臓はバクバクする。リスナーたちが、大金を投げ銭したタカトさんを褒め称えている。俺にも祝福の言葉で溢れかえった。うっそ、マジかよ。


 「記念に写真撮らねぇと」俺は小声で呟くとスマホで写メを撮った。

 スマホの電波は圏外で、どこにも送れないというのに……。

 二、三枚写真を撮ってそれに気づいた。


ゲストからの、おまえ礼ぐらい言えよ! のレスを見て、慌てて声をかける。


「タカトさん、お金――あざぁぁぁっす!」


 お金持ちなんですか? と、聞こうとしたが、恩人にいうセリフじゃねぇな。と、思って、とっさに言い換えた。が、やぶ蛇だったようだ。


タカト:タケくん、君もなってないぞ。成人したいい大人なんだろ? 言葉は選びなさい。


 うん、知ってる。予想通り、タカトさんから説教を受ける羽目になった。

 ひとしきり謝罪をした後、WooTobe公式サイトでポイントを確認する。


 そこには――。


 【残高十二万一千六百五十ポイント】と、なっていた。

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