第8話颯コーポレーション

 ――新宿にある超高層ビル。


「お兄様、仕事中に何をニヤけた顔で見ているんです? そんな事では社員さんたちに示しがつきませんよ」


 このビルに入っている全ての企業がIT系という、まさに日本のトレンドの最先端。その最上階に社を構えるのが、ここ、颯コーポレーションである。

 社長室では、髪をオールバックにセットし、豪華な革張りの椅子に腰掛けながらモニターを見つめる男がいた。社長のはやて 剛人たかとだ。

 普段から銀細工のサングラスをかけ、鋭い眼光で、部下たちからは首切り社長と恐れられていた。その影響力は、社外にも及ぶ程である。


「あぁ、麗華れいかか。あまりにもあり得ない動画を見つけたものでね」


 剛人はデスクの脇に立つ、社長秘書でもあり、実の妹の麗華れいかにそう答えた。

 社長の剛人たかとが鬼ならば、秘書の麗華は天使と形容される。まだ若干二十歳でありながら、英語、フランス語、母国語を話すトリリンガルである。

 腰まで伸びた髪は艶やかで、枝毛は見つける方が難しい。美白の肌に飾られた、優しげな大きく青い瞳は誰彼をも魅了する。そして、スレンダーな体形はモデル並みという、まさに完璧な女性である。


「お兄様の目にとまるとは、よほどですね。また企業買収絡みですか?」


 麗華は憂い顔を浮かべながら、剛人に返事を返す。


「ははっ、今回は企業買収とは関係ないよ。それより、コレを見てくれるかい」


 妹が他社の買収に良い感情を抱いていないのは、剛人が良く知っている。だが、経営者として、両親の残した会社を存続させるためには、手段を選べなかった。

そんな内情を理解しているからこそ、麗華も兄の秘書をしている。

 苦笑いを浮かべる剛人に勧められ、兄のデスクを麗華は回り込んだ。兄の隣でモニターを覗き込む。モニターに映っているのは、タケがゴブリンを絞め技で倒した場面だ。その隣のモニターには、スライムを殲滅せんめつしている様子が映っていた。


「はぁ。今度はこれを制作した会社の買収ですか?」


 企業買収ではないと言いながら、リアルな映像を作り出す会社に白羽の矢を立てたのか。と、思った麗華が口に出す。だが、そんな麗華の思惑とは全く違った言葉が返ってきた。


「何を言っているんだい。これは企業案件じゃないよ。個人が配信している動画だ。しかも、こっちは、編集もされていない映像だよ」


 兄が喜々として話すのはいつ以来だろうと思いながら、麗華は再び映像を見る。


「――っつ」


 一つ目のモニターでは、ゴブリンが泡をふき絶命した所だった。生物の死の瞬間を目撃した麗華は思わず顔をそらす。視線が向かった先は、隣のモニター。そこではスライム三体が合体し、全身から真っ赤なオーラを迸らせているシーンだった。


「どうだい、これが特撮だと思うかい? さっき概要欄を見たんだけどね、この青年は本気で異世界だと言ってるよ。WooTobeに飛ばされたとね」


「まさかっ、お兄様はこれが作り物ではないと――本気ですか?」


 これまでも映画制作会社を買収した事はある。麗華もそれに関与していた。その中には、特撮を請け負う企業もあった。だが、麗華の目には、偽物と本物の区別は付かない。でも――現実世界に生きる者として、異世界の存在には否定的だった。そんな心の内が言葉に表れていた。

 数年前に亡くした両親には、天国で幸せに暮らしてほしいと願いながらも――。


「麗華が信じられないのも無理はないよ。僕だって、コレを見るまでは半信半疑だったからね」


 そう言うと剛人は一つの窓を開いた。最小化してあった窓だ。そこにはLIVE配信の映像が流れている。よれよれのジーンズを履き、シワの付いた赤いシャツに、黒の安物のフリースを着た男が映っている。男は見知らぬ林の中を、必死にゴブリン三体から逃げていた。


「では、これは――」


「あぁ。紛れもない事実だ。奇妙な縁だと思わないかい。Woogleの子会社であるWooTobeの動画配信サービスで、こんな珍しいものが見られるとは」


 映像では、ゴブリンの棍棒が何度もタケを打ち付けていた。

 そのたびに痛ましい表情を見せていた麗華は、兄の言葉に驚く。そして、兄の意図に気づいた麗華の顔色が驚愕に変わる。

 WooTobeの母体であるWoogleは、二人にとって因縁のある企業だ。


 忘れもしない、三年前――。


 年の瀬も迫ったクリスマスの前日。イブの日に、二人の両親は謎の自殺をした。

 父親は颯コーポレーションを一代で築いた。経営も順風満帆だった。自殺する要因は何もなかった。それにも関わらず、両親は自殺した。


 両親の死後、会社は外資から買収攻勢を仕掛けられた。それが、Woogleだ。タイミングが良すぎた事で、二人の疑念はその会社に向けられた。


 麗華は当時フランスに留学中で、事の詳細は知らなかった。だが、一年前に今の位置に就いてから、剛人に事件の考察を聞かされた。当初、剛人は麗華を巻き込む気はなかった。でも、大企業の社長の妹という肩書は重かった。麗華を悪用しようとすり寄ってくる者が多くいたためだ。やむなく、剛人は全てを話した。


 麗華は不敵な笑みを向ける兄に尋ねる。


「では、お兄様はこれを糸口にしようとお考えなのですね」


「あぁ。この男を異世界へ飛ばしたのがあの企業なら、両親を殺した犯人を――炙り出せるかもしれない」

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