本編① 食後の授業は眠くなる

 ここは愛知県東三河市二区にある県立東三河第六高等学校、三年二組の教室である。

 ギンヤ・ハズマは前方のスクリーンに映し出されたクラスメイトの研究発表とデータを聞きながら、大きくあくびをしていた。いま行われている授業は、この一年間で生徒たちが個人で研究してきた内容の中間発表であった。

 二一三〇年、日本では全国民に対し、MRSが義務化された。

 これに伴い、子供たちは中学に上がるタイミングでMRSが取り付けられるようになっていた。

 諸外国では、多額の費用が必要なことから、高所得者にしか得ることの叶わない技術であったが、日本では多額の社会保障費によりその費用が賄われたのである。

 このため、従来の教育制度はその役割を失ってきていた。

 英単語も、数学の公式も、歴史の年号も、全てがMRSによってRデバイスに記録されるため、暗記を軸としたテスト形式は、まったく不要となったのである。

 この状況に対し、政府は文科省を通じ、教育制度の改定を指示したのだった。そして旧態依然のテストによる評価体制の崩壊する。

 MRS義務化により、個人がRデバイスに確保している情報量は飛躍的に増加した。

 そのため、日本の中高生は、分野によっては諸外国の研究者と同等か、それ以上の知識を保有するにいたったのである。

 二一三二年、新しい教育制度のもと、中学・高校ではあらゆる知識・情報の共有化が行われていた、それと併行して、情報の利用・分析方法に重きをおいた学習要領に変更されていた。また、日本の国民は、大学までが完全無料の義務教育とされ、より応用力と開発力に特化した人材を育成するようになっていた。高校では、早期から個人での研究テーマを決め、より専門分野に特化した研究を行えるようになった。

 今行われている研究発表は、大学へ進学する前の個人研究の報告という、高校生にとっては最後となる定例行事である。

 しかし、一人ひとりで研究分野が全く異なるため、自分の専門と近似な分野以外の発表に関しては、なかなか情報処理が追いつかないのが現実であった。

 今、発表されている研究テーマは、【第三次世界大戦と安全保障】とう内容らしいのだが、根っからの工学畑のギンヤにとっては、あまり興味をそそられる内容ではなかった。

 昼休み明けで、ただでさえ眠気を誘う時間であるにもかかわらず、興味のない内容の研究発表を聞くことは、よく効く睡眠薬を投与されるのと同義であった。

 スクリーンの横で発表を確認している教師の目を盗み、瞼を半分ほど閉じながらうとうととしていると、胸に入れたRデバイスが通話の受信を知らせる微振動を起こした。

 隣のクラスの友人、カズヤ・オオノキからだ。

 ギンヤはこっそりと、胸ポケットにあるRデバイスのプライベート回線でシナプス通信をオンにすると、居眠りを邪魔され、少し不機嫌に言った。

『おい、授業中だぞ。』

『帰りに、ノワールよってかねぇか。』

『いいけど、用、それだけか?』

『なんか、新しく入ったバイトの娘が、めちゃくちゃかわいいらしいぞ。』

『で、付き合えと?懲りないやつだな、お前。』

『おぅ、終礼終わったらすぐ迎えに行くから、準備しとけよ。』

 カズヤは一方的に決定を伝えてくると、ギンヤの返答も聞かずに、すぐ通信を切ってしまった。

 カズヤとは中学からの付き合いで、同じ部活、同じ高校と、すでに六年に及ぶ腐れ縁だった。 そして、カズヤが人の話を聞かないのはいつものことだ。

 ギンヤは少しため息をつくと、通信をオフにした。

 前にいる教師はそれに気づいたのか、こちらを少し睨みつけると、手元の資料に何かをメモしていた。

 ギンヤは内心(やばかったかな。)と思いながらも、興味のない発表を聞くことにした。

「・・・という結果、水際で食い止められるはずだったミサイルは、旧首都の上空で撃墜されるという事態に陥りました。これに対し連合では、意見が二分化し、報復を是とする米国、英国、日本と、報復を非とする中国、ロシアが・・・」

 ギンヤは発表内容が第三次大戦の概要に入ったあたりまでは頑張って聞いていたが、(こんなのデータベースみれば載ってるだろ。)という思いからか、また激しい睡魔に見舞われていた。

 ギンヤがうとうととしていると、いつの間にか発表者違う生徒に変わっていた。

 少しすると授業終了の時間を知らせるチャイムが鳴り、今日の授業の終わりを告げたのだった。

 ギンヤは授業用の端末を閉じ、少し伸びをして帰り支度を始めた。終業では、明日から始まる、進学先での合同合宿のスケジュールと、大学の概要データが配布された。

 ギンヤは自分のデバイスにスケジュールと必要なデータを写し、肩にカバンをかける。帰ろうと立ち上がるとほぼ同時に、カズヤが教室に駆け込んできた。

「いくぞっ。」

「どこへ?」

「さっき言っただろ、ノワールだ、ノワールっ。」

「あぁ、ノワールね。かわいい子がいるんだっけか?」

「そうだよっ。最近評判になってるみたいで、結構混むんだから、急ぐぞ!」

 そういうとカズヤはギンヤのカバンのひもを引っ張りながら走りだした。

 ギンヤもやれやれ、といった表情でカズヤについていったが、内心ではそんなに嫌ではなかった。

 ギンヤも年頃の男子である。

 評判になるほどの美女がいるとなれば、いってみたいのが本音である。

 しかし二人の関係上、自分は抑え役だと自覚している。

 そのため、おもてだって乗り気な素振りは見せるわけにはいかなかった。

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