リサーチャー 第二〇八研究室
東雲あずま
プロローグ
トヨシマは、ただ混乱し、焦っていた。
今まで、半年以上もかけて、何度も何度もテストをおこなってきた。あらゆるケースで生じるエラーを、それこそ、目をつぶってもいいような所まで修正してきたていた。こんなことが起こるはずがないのだ、理論上は。
目の前で起きている事態に、トヨシマはただ焦り、なすすべなく、ひたすらに考えていた。
「・・・大丈夫だよね?トヨピー。」
どうしたものか困惑しているサキの声は、トヨシマの焦りを助長した。
「大丈夫なわけないだろっ!このままじゃみんな・・・、」
苛立ちまじりの怒鳴り声に、サキは身を固くしたが、トヨシマは構うことができなかった。アクセス中のデータがプロテクトされ、外部からの修正方法が見つからない。そしてそれ以上に、これから起こりうる最悪の事態が、トヨシマの心を強くわしづかみにしていた。
「このままじゃみんな、ブレインダウンだ・・・。」
ブレインダウン。それは事実上の死を表している。
「そんな、それじゃあみんな・・・、」
サキは涙を浮かべながら、トヨシマを見つめる。
とにかく、何か手段を講じなくてはいけない。みんながアクセスしてから約三時間が過ぎている。十時間以上の連続アクセスは脳への負担が急激に上昇するため、残された時間は七時間しかない。
アクセスができない以上、アクセス中のみんなに状況を伝える術はない。
頼りになるヤマダさんは連絡がつかない。とにかく、開発責任者として、自分が頑張るしかないのだと、トヨシマは焦りと混乱を強引に頭の外に追いやると、プログラムバックアップ用の予備端末を開いた。
「どうにか、サルベージの手段を探す。みんな、手伝ってくれ。」
トヨシマの強く、はっきりとした言葉に、サキをはじめ、混乱し、震えていた学生たちも次々と予備端末を開き作業を始めた。
「僕たちでみんなを救い出すぞ。」
トヨシマの声に、みんな、ただひたすらに端末を叩いて答えた。
少しして、サキが声を上げる。
「トヨピー、旧方式のメールなら何とか送れるみたい。」
「でかした、とりあえず中の奴らに状況を報告する。」
急ぎ、現状の報告をしようと、文章を入力するトヨシマの手が震える。
(教えた方がいいのだろうか。不安をあおるだけではないのだろうか。)
トヨシマが葛藤していると、隣に座っていたサキは作業をやめ、震えるトヨシマの手の上に、自分の手を重ねる。
「トヨピー、伝えてあげよ。絶対助けるって。」
サキの言葉を聞くと、トヨシマの手の震えはおさまった。
「ありがとう、すまない。」
トヨシマはそういうと、メールを入力し、送信した。
その後、地下研究室の中は、ただひたすらに四人の研究者がキーを打つ音がこだましていた。
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