告発
翌日は叔父の告別式のため伊刈は一日仕事を休んだ。出棺後、火葬場の待合室ではぽつんと一人親族から離れて立っていた。元来あまり親戚付き合いが好きな方ではなく話したい話題もなかった。携帯が鳴動したので周囲を気にしながら出てみると女の声だった。
「お久しぶりです。覚えていらっしゃるかしら」
「いいえ失礼ですがどなた様でしょうか」声にはなんとなく聞き覚えがあったのだが一瞬誰なのか思いつかなかった。
「覚えてないのもムリはないわねえ。ユキエという名前はどうかしら」
「ああ」伊刈は拳で頬を打った。電話の主は、エターナルクリーンの亡大伴社長の秘書をしていたユキエだった。その後、大伴の後釜に座ったものの間もなく連絡がつかなくなっていた。
「とても大事なお話があるの」
「どんな件でしょうか」
「最終処分場の太陽環境のことよ。昨日問題が起こったそうね。というより伊刈さんが見つけたのかしら」
「どうしてそれをご存知ですか」
「お会いしてお話したいわ。今日のご予定はどう?」
「今、親族のお葬式なんです」
「まあそれはごめんなさい」
「かまいませんよ。かえって暇ですから」
「お葬式はいつお済みかしら」
「納骨したら終わりですから三時には済みます」
「今日中にお会いできないかしらね」
「今日は出勤しません」
「どこか別の場所で会えないかしら」
「密会ですか。変わりませんね。適当なところを指定してください。歌舞伎町はだめですよ」
「冗談がきついのね。今どのへんなのかしら」
「練馬ですけど」
「それなら池袋のプレデンシャルホテルのラウンジでどうかしら」
「わかりました。黒服のままですがいいですか」
「そんなこと気にしないわ」
ホテルに登場したユキエは以前にもまして美貌に磨きをかけていた。しかしそれ以上に驚いたのは彼女が差し出した名刺だった。
「昇山の代表は私なのよ」
「それじゃ横嶋さんは」
「勝手に社長を名乗っているだけよ」
「太陽環境とはどういう関係なんですか」
「昇山が買ったのよ」
「会社ごと買い取ったわけではないんですよね」
「大変な借金なのよ。だから会社は買収せずに搬入権だけを買収したの。ところが御園社長が勝手にとんでもないことを始めたの。内緒で底に穴を開けて産廃を埋めてるのよ。このままじゃせっかくの処分場をだめにされてしまうと思っていた矢先、伊刈さんが来られて現場を見つけられたと聞いたからさすがだと思ったわ」
「それを告発に来られたんですね」
「相変わらず飲み込みが早いわね」
「無許可の改変が総容量の一割以上なら無許可変更ですから許可取消しになります。そうなると昇山の搬入権も元も子もなくなりますよ」
「不法投棄してるんだから許可が取消されても仕方がないわ。深穴はオープン前からやってたからかなりの量になってるわよ」ユキエは太陽環境が深穴を掘っている証拠写真を差し出した。
「全面深堀りですね。これは不法投棄よりひどいなあ。それにしてもずいぶん鮮明に写ってますね誰が撮った写真ですか」伊刈は写真がやらせなのかと勘ぐった。
「従業員よ。みんなもともと昇山が雇ったんだもの」こうなるともう内部告発というより内紛だった。
「本課には行かれましたか。最終処分場の指導は本課の所掌ですよ」
「もちろんよ。でもどうも動きが悪いの。それで何かあるのかなと思って」
「何かあるとは?」
「業者と行政よくある話でしょう」
「癒着はないと思いますよ」
「こうなったらもうそういうレベルの話じゃないわね。それにしても伊刈さん、大活躍されているそうね。不法投棄がなくなるのは私たちのようにまじめな産廃業者をやろうとしている者には大歓迎よ。この写真は置いていくわ」ユキエは立ち上がった。
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