第10話:分断による平和

 戦闘の様子が無人偵察機を通じておれたちに中継される。


 モンスター・シイタケオを攻撃しているのは柔道部の面々だ。

 まだ動けないシイタケオに対して短機関銃で攻撃する。

 使用するのはMP5。戦後、対テロ作戦において劇的な成果を収めたことで一躍有名になった。西側を代表する短機関銃のひとつ。正確な射撃がウリだ。

 中継を見ながら再鉄さいてつは指摘する。

「たぶん柔道部は警察ど付き合いが深けえんでMP5を入手しだんだべな、ってわだしは思う」


 柔道部は横一列になって整然と射撃する。全員でいっしょに弾倉を交換するなどという間抜けなことはしない。秩序のある戦い方だった。

 ところが。


「効いてない?」

 おれは画像をまじまじと見る。

 モンスター・シイタケオの周囲には膜のようなバリアが張ってある。これが銃弾を防いでいた。


「結界だよ」

 みか姉は思案する様子で答える。

「モンスターのなかには結界を持つ個体もいるの。結界がある限り有効なダメージは与えられない」

「じゃあ、どうすれば?」


 再鉄が自信あり気に断言する。

ただががたってのがあんだなあ」

 ジャギン。

 取り出したのは2丁の短機関銃。自衛隊で使用する9mm機関拳銃というやつだ。左右の手にそれぞれかまえてみせる。2丁拳銃?

 どう戦うつもりなんだろう?


 疑問は残ったが、それより気になるのが。

「みか姉、おれはどうしたらいいの?」

「うん。再鉄君が結界を破壊するから、タイミングを合わせてトドメを指すのが古宇の役割だよ」

「トドメ? おれが?」

「そう」


 当然とばかりの返事だった。

「古宇、仏さまにお供えに行くよ」



 おれたちは二手にわかれることになった。

 再鉄率いるチームがシイタケオの攻撃へ。

 おれとみか姉は近くの寺に向かう。



 さて再鉄さいてつである。


 生徒会メンバーを率いた彼は、先頭に立って行軍。ほどなくしてシイタケオの発生地点へ到着した。

 すでに日は沈んだ。あたりは暗い。


「こいづは……」

 再鉄は怪訝な顔をする。


 プーン。いい香りが漂う。

 柔道部の面々は、なんというか、その、『お米のジュース』ですっかりでき上っていた。宴会モードである。

 座の中心にはモンスター・シイタケオ。こちらは「シイ、シイ、シイ、シイサンポ」と妙な節をつけて踊っている。ゆっくりと根をはがす。いまにも歩き出しそうだ。


 周囲にはシイタケオが吐き出した胞子で満ちている。闇のなか、胞子はまるでホタルのように宙を舞う。


(柔道部の連中れんじゅう、胞子にやらっだんだな)

 再鉄たちはなんともない。古宇こうの料理が効いているのだ。


 柔道部が再鉄たちに気付いた。

 ああん? いきなり敵意むき出しだ。

「おめえら、シイタケオさんに悪さするつもりだなあ?」

 手には短機関銃MP5。安全装置を外す。


 しかし再鉄のほうが速い。


 ガガガッ。

 再鉄の持つ9mm機関拳銃が火を噴いた。左右合わせて50発の銃弾が一気に吐き出される。

 一瞬にして柔道部の連中は打ち倒された。


 再鉄は両腕を左右に大きく開いた姿勢で静止。9mm機関拳銃の銃身が熱せられて焦げた臭いを放つ。


「安心しぇ。峰打ちだべ」

 どうやって? などとツッコミを入れる人間はいない。


 さて、と再鉄はシイタケオをにらむ。

「次はおめの番だべ」


 そのときだった。


「ヒャッツー」

 奇怪な叫びがあたりに木霊した。

 ヒャッツー、ヒャッツー、と叫んで現れたのはスキー部員たちだった。

 全員かなりの速度だ。クロスカントリー用のスキー板でなく、ローラースケートを足に装着している。家々の屋根を滑りながら移動をくり返す。

 速い。速い。


 またたに再鉄たちは包囲された。

 スキー部の敵対的行動、当然彼らは山形派である。



 スキー部員が手にしているのは汎用機関銃MG42である。第二次世界大戦の折、ドイツによって開発された。降伏したドイツから没収したMG42をイギリスが山形派に供与したのだった。格安で。

 金をとるところが英国紳士である。


(そんなとこだべな)

 再鉄さいてつはそう推測した。

 目だけ動かして周囲を観察する。

 スキー部による包囲は厚い。なによりMG42は強力な武器だ。対してこちらは、と再鉄は内心ため息をつく。連れてきた生徒会のメンバーは明らかに戦意を失っている。使い物にならない。


 そうこうしているうちにスキー部のひとりが再鉄の前に進み出た。

 なにか口上こうじょうがあるらしい。


(ピンチだなあ)

 再鉄はポケットの上からスマホを操作。古宇こうに電話をかけた。



 おれのスマホが急に鳴り出した。再鉄からだ。出る。

 スマホから声が聞こえてくる。再鉄じゃない。たしかスキー部の部長だったか。


「われわれ山形派の目的は世界平和です」

 上ずった声で理想が語られる。


「世界平和ぁ? そっただごと、無理だべ、無理」

 再鉄がそう答えるのも無理はない。おれだってそう思う。人間は欲深く、利害は複雑だ。これを一挙に解決する手段なんてない。

 それがある、とスキー部は言う。

「結界を利用するのです。世界を果てしなく分断するのです」

 そもそも。スキー部の声はどんどん甲高くなってゆく。


「なぜ現実にはブロック機能がないのです? おかしいです。不条理です。われわれは被害者です」

 たわごとだった。

 おれはかたわらのみか姉に目を転じた。


「再鉄たちがピンチみたい」


 おれとみか姉は小学校からほど近い寺を訪れていた。

 すでに日は沈み、境内は闇におおわれている。みか姉はまたも準備良く懐中電灯を用意してくれていた。おれは懐中電灯を頼りに仏さまを探す。


 お供え物をしてただちに応えてくれる仏さまを見つけなければならない。

 スマホからスキー部の声がまだ聞こえている。この演説が続く間は再鉄たちが生きている、ってことだ。


(急がなきゃ)

 焦るが、懐中電灯だけでは心もとない。

 そんなときだった。


 ひょこっ、とウサギが出てきた。例の顔の濃いウサギだ。

「いた!」

 おれはウサギについてゆく。

 境内から続く細い道。左右に並ぶのは無数の仏像だ。どれだ、どれだ、とおれは料理を手に走る。


 ウサギがふと止まった。

 ニヤリ、と笑う。暗殺でもしてそうな笑い方。


 女性的な、優しい顔をした仏さまがおれを待っていた。


「お願いします。なんとかしてください」

 おれはさっき作ったサラダをお供えする。

 仏さまのお顔にすぐさま変化があった。


 ぐ、

 ぱぁ。


 仏さまは大きく口を開いてサラダを丸呑みする。

 次いで口から出てきたのは――迫撃砲。


 ドン! 砲弾が放たれた。

 放物線を描いて再鉄たちの上空へ。



 再鉄さいてつは遠くで砲声を聞いた。とっさに伏せる。口を開けて耳を閉ざす。生徒会メンバーも再鉄にならった。


 ドオーン! 砲弾が上空で爆発した。空気が震える。いや、殴ってきた。

 砲弾は音だけだった。殺傷力はない。

 それでも衝撃は相当なものだ。


 衝撃をもろに食らったスキー部員たちは朦朧状態だ。転倒する者が続出した。もはや戦闘不能。


「さて」

 再鉄はすばやく銃を再装填した。

 モンスター・シイタケオをにらむ。

「勝負だべ」


「シイ、シイ、シイ、シイサンポ」

 シイタケオがいよいよ動き出した。



 ここで戦場について。

 再鉄さいてつが把握している情報を述べる。


 先に触れたようにここには木材が集積されている。デラ高に改築の話が持ち上がったときの遺物だ。そこにモンスター・シイタケオが菌糸を根付かせた。

 シイタケオの成長具合は近所にある小学校の屋上に上がればよく見える。もちろん双眼鏡などで拡大してのことであるが。

 周辺はオープンフィールド。長距離狙撃の妨げとなる要素はない。すでに生徒会メンバーから選抜された狙撃手が配置済み。


 次にシイタケオについて。


 シイタケオの能力で主となるのは目をあざむくことだ。これで柔道部は魅了された。

 再鉄たちは酸味の効いた料理を食べて対策してある。


 物理的にはどうだろうか。

 シイタケオの腕や足は太い。加えて巨体である。接近戦において驚異的な破壊力を持つだろうが、武器らしき物はない。となると素手か?


 ひとつ気になるのはシイタケオが放った胞子である。闇のなかで燐光を放ちながら漂う。

 ときおりパチパチと音を立てる。実害があるのかないのか。


 以上、ざっと説明した。



 撃つ、撃つ、撃つ。

 生徒会メンバーは突撃銃を撃つ。


 カンカンカン! 銃弾はシイタケオの結界表面で弾かれた。青みがかった結界に波のような波紋が起きただけに終わる。当然ノーダメージ。

 再鉄さいてつが指示を飛ばす。

「正面は結界が厚い! 側面だ、側面に回っぞ!」


 突撃銃に再装填しつつ再鉄の指示に従おうとする生徒会メンバー。

 とそのとき。


「シイ、シイ、シイイイ!」

 シイタケオがひときわ大きな声で叫んだ。集積された木材のひとつをつかみ、フルスイング。多数の木材を吹っ飛ばした。バラバラバラ。木材が再鉄たちに襲いかかる。


「うわ、うわあ!」

 生徒会メンバーは大混乱。

 ひとり、木材を避け切った再鉄だけが行動可能だ。


「こりゃ、逃げるわけにはいかねえべな」

 再鉄の背後では木材に挟まれた生徒会メンバーがうめく。守れるのは再鉄だけだ。再鉄はよく承知していた。


 不意に胞子がパチパチと激しく火花を散らし始めた。

 電撃。

 動けない生徒会メンバーを電気で攻撃する。


「チッ」

 舌打ちして、再鉄は胞子を撃ち落としていった。

 そうやっていると。


「シイ、シイ、シイイイ!」

 シイタケオが突進してきた。

 そこへ銃弾が飛来した。撃ったのは、小学校の屋上に配置された狙撃手だ。

 レミントンM700。ワンショット・ワンキルをうたう高精度な狙撃銃。

 シイタケオの頭部にでも当たれば大ダメージだったが――。


 ガイン!

 命中したのはやはり結界の正面。銃弾は弾かれた。


「シイイイ!」

 シイタケオが木材を再鉄に振り下ろす。

 それを再鉄は左右の9mm機関拳銃を交差させて受ける。


 ドン! すさまじい重量がかかる。


 ニヤリ。再鉄は笑った。

 9mm機関拳銃は木材を受け切って見せた。


 自衛隊が新たな装備品として9mm機関拳銃を発表したとき、世間の評価は必ずしも高いとは言えなかった。

 いわく。

「なぜ、工法にスチールプレスを選んだのか。プラスチックを多用して軽量化を図るのが最近のトレンドだろう」

「なぜ、銃床が付いていないのか。これでは正確な射撃ができないだろう」

 などなど。


 ここで再鉄は9mm機関拳銃の本当の使い方を示す。

 たとえば、スチールでできている点。接近戦で使用することを考えれば、頑丈であることは必須だ。

 射撃の補助として使うと見なされていたバーチカルグリップも、本来は敵の斬撃等を受けるためにある。


 世間はなにも知らないだけだった。


 ふたたびレミントンM700が狙撃。今度はシイタケオの持つ木材を狙った。これは結界に阻まれず、木材は途中から折れる。シイタケオは武器を失った。

 ここからは再鉄のターンだ。


 再鉄は左右の9mm機関拳銃を同時に撃つ。

 ガガガッ! 合計50発の銃弾が一点に集中。

 そう、これが9mm機関拳銃の使い方。銃床をつけていなかったのは2丁拳銃で戦うためであった。


 50発の銃弾が結界に穴を開ける。


 その穴から手榴弾しゅりゅうだんが投げ込まれた。動けないと見られていた生徒会メンバーが不自由な体を使って投てきしたのだ。

 ドオン!

 手榴弾が結界内部で爆発。

 シイタケオに大ダメージを与え、さらに結界も破壊する。


「いまだべ!」

 再鉄はスマホに向けて叫んだ。


 呼応するように遠方で砲声が上がった。

 放たれた砲弾はすぐさま到着した。

 MARPAM。味方への被害を抑えるため、爆発時に破片等が効果範囲外に逸脱することを2%まで抑えた砲弾だ。


 この砲弾がシイタケオが立っているポイントだけをえぐり取る。

 あとにはなにも残らなかった。


「終わったなあ、けっこうヤバかったべ」

 再鉄がひとりごちる。


 空気が弛緩する、そのとき。


 柔道部やスキー部の生徒たちが持っていたスマホが一斉に音楽を鳴らし始めた。

 音楽、いや読経どきょうだ。

 数十人の僧侶が一堂に会したような迫力で読経が流れ始める。


「こいづは……」

 再鉄は目をひそめる。


 異様な読経である。

 不快なのだ。

 読経とは本来、歌うように読まれる。読んでいて、聞いていて、心地よいこと。それが民衆の心を打つ。そのはずであった。


 であるのに、いま流れている読経の不快さはなんだろう。

 再鉄は見当がついた。

ぎゃっから読んでる?」

 スマホから流れ出る読経は経文を逆から読んでいるのだった。


 その効果なのだろうか。

 シイタケオが立っていた爆心地から黒い影が現れた。

 その影は遠くへと去ってゆく。


 再鉄はひとり、影の行方を目で追った。

 ふだんのおちゃらけた面影は一切ない。

 己の宿敵を見る顔だった。



 無人偵察機が影を追う。


 影がたどり着いたのは耕作放棄地のひとつだ。枯れ果てた果樹が立ち並ぶ寂しい場所。

 そこで御兎谷東也おとがいとうやが待っていた。


 周囲に儀式めいた装飾を施した上で火を起こしてある。

 影は火のなかへと消えてゆく。

 見届けたうえで東也は声を張り上げた。手で複雑な印を結ぶ。

急々如律令はしれはしれ


 すると火に変化が。

 にわかに勢いが増したかと思いきや、火のなかから鳥が現れる。

 神話においてフェニックスと称される存在。モンスター・ヤキトリオであった。


 東也は満足げにうなずく。

 さあ、今度こそ。東也はヤキトリオに呼びかける。

一之瀬雫那いちのせしずなに限界を超えるほど力を使わせる。死に至るまで」


 古宇こう、と東也はこの場にいない少年に向けて語る。

「おまえとて自分の父親が大事だろう? おまえの親父殿は」


 一之瀬のために死のうとしているのだ。

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