第3章:急々如律令《はしれはしれ》
第8話:モンスター・シイタケオ
おれはみか姉に連れられて生徒会室までやってきた。
入室する前にみか姉は確認するかのように尋ねる。
「
ためらいは、やっぱりある。
銃を突き付けられるのは怖い。
だけど。だけど。
「できることがあるのになにもしないのは嫌なんだ」
もう嫌なんだ。くり返す。
「そう」
みか姉は気づかわし気な目をおれに向けた。それも一瞬。すぐにいつもの朗らかな顔に。
「生徒会のメンバーはアタシと同じ京都派だから安心して」
そうして生徒会室のドアをノック。入るよー。
生徒会室では、女子生徒がひとりノートパソコンに向かっていた。トットット。軽い打鍵音が室内に響く。彼女は入室したおれたちを認めて顔を上げた。
「やあ、先生。それと君は」
「
「ああ、君がみかね先生のお気に入りか。話は聞いているよ。まあ、かけたまえ」
この女子生徒がデラ高の生徒会長、
さて、かけたまえと言われたわけだが。
おれは生徒会室をざっと眺める。
本棚には雑多なファイルがたくさん。書籍も豊富だ。
会長の定位置と思われる机は、古いがかなり高価そう。代々の生徒会長が受け継いできたのだろうか。材質は県内産の杉かもしれない。
一方、来客用らしきソファもある。こちらも古い。ところどころ、つくろった跡がある。
(ここに座るか)
おれはソファに腰を下ろした。けっこうクッションが効いている。座り心地は良い。清潔でもあるようだ。かすかに
みか姉もおれのとなりに腰を落ち着けた。
そこで会長がテレビをリモコンで操作。画面にモンスターが映し出される。
「シイタケです! シイタケが動き出そうとしています!」
レポーターが叫ぶ。
実際、巨大なシイタケが生えていた。
場所は、なにやら大量の木材が置かれた場所。
木材にはびっしりと菌糸が根付く。そうやって栄養を吸い上げて生まれたシイタケがいまにも歩き出そうとしている。周囲に大量の胞子をまく。
会長が口元で手を組んで解説する。
「あれはモンスター・シイタケオ。動き出す前に倒したいところだね」
「知っているの、怜樹さん?」
もちろんだよ。そう答える会長はどうも解説キャラっぽい。把握した。
(じゃあ能力とかも知ってるんじゃないかな)
そう思ったので質問することにした。
会長、質問です。おれは挙手する。
「シイタケオの能力ってなんですか?」
これから戦おうというのだ。相手の能力は知っておきたい。
が、会長からの回答は斜め上を行っていた。
「お散歩だ」
お散歩?
「ご近所を散歩しながら地域の人々と交流する。それを可能とする能力だよ」
知ってる! その番組、知ってる!
「具体的には、だ」
会長がパソコンを操作する。すると、テレビ画面が連動して変化。『目』というキーワードが大きく強調された。シイタケオの能力は目に関するものらしい。会長は言う。
「シイタケオの胞子を吸い込んだ人間にはシイタケオが親しい存在に見えるんだね。それでついつい濃厚で濃密な時間を過ごしてしまう。家にだって上げるだろう。そうして家々が苗床になってシイタケオが増えてゆく。いつだったか、町がひとつ滅んだこともある。恐ろしいモンスターだよ」
では次に君の仕事を説明しよう。会長はおれを見た。値踏みされている、と感じた。
「シイタケオの胞子から人々を守るため、シイタケオと戦う退魔師が二次被害にあわないようにするため、必要なのは料理だよ」
ここでも料理が必要だと言う。
会長の説明は
「君は五行説というのを知っているかい? 水・木・火・土・金というのがそれだ。このあいだのトビマグロが
たとえば、と会長は例を挙げる。
「人間の体のなかで木行が強くなりすぎるとどうなるか。異常が目に表れるというのもひとつ。そこで酸味を摂ると良い、というのが五行説における食事の考え方になるんだよ」
つまり酸っぱい物。おれはうなずく。
「で、現在の状況だが」
会長はテレビ画面に地図を表示する。
「シイタケオが出現したポイントは、以前わが校で改築の話があったときの資材置き場だ。河川敷だね」
町を流れる最上川の1点に×がつく。
近くには小学校。
「われわれはこの近くに本陣をかまえる。ちょうど川沿いにある小学校のグラウンドを借りられることになった。鮭川君、君には本陣で酸味を中心にした料理を作ってほしい」
「わかりました」
「シイタケオ討伐は君の料理を食べてからとする。みかね先生、鮭川君を手伝っていただけないかな?」
おっけー。みか姉はリラックスした感じで応じる。
話が終わる気配。その前におれは提案する。
「
という話をしていたときだった。
当の一之瀬さんが
顔色が、かなり悪い。
準理の助けてようやくここまで来た、という感じだ。少し肌が汗ばんで、長い黒髪の一部が顔や腕に張り付いている。
「一之瀬さん? 具合、良くないみたいだけど」
思わず立ち上がった。
一之瀬さんが手で制す。大丈夫です。
大丈夫そうには見えない。おれは心配になった。
準理も同様らしい。一之瀬さんを案じながらここまでの経緯を語る。
「実はですね。一之瀬さんが掃除中、倒れてしまって。て。それで保健室で様子を看ていたんですけども。モンスターが出現したってことで自分も行くんだって。どうしても。ほんとに大丈夫なんですか? か?」
「大丈夫です」
くり返す一之瀬さんの顔には汗が浮かんでいる。
(ほんとに大丈夫なのかよ)
できれば休んでもらいたい。それが本音だけど、一之瀬さんは強情だ。どう説得したものか。
おれはみか姉を見る。うーん。という困った反応。
次いで会長を見る。わかった。と彼女の目が言った。
「一之瀬君と言ったね。評判は聞いているよ」
会長が微笑みながら話し出す。
「思うに君はわれわれが持つ駒のなかで最強だ。それは君もわかっているね?」
質問された一之瀬さんは答えない。
返事を待たず会長は続ける。
「シイタケオ討伐はまだ始まってさえいない。いまは君の出番じゃないんだ。一之瀬君、君が本当に必要になる局面はずっとあとさ。それまでは体を休めてもらえないかな?」
一之瀬さんの目がしばし泳ぐ。
ややあって一之瀬さんはうなずいた。
「そういうことなら」
納得したようだ。
んで。
一之瀬さんが抜けた穴をだれが埋めるかだが。
みんなが思案し始めるタイミングで準理がスマホを取り出した。
「お兄ちゃん? 30秒で来て」
本当に30秒で来た。
妹の準理から事情を聞いた再鉄は胸板をどんと叩く。
「わだしに
一之瀬さんの代わりを再鉄が務めることになった。すなわち前衛。ゲームで言うならファイターの役を再鉄が担う。
(再鉄って戦えるの?)
意外だった。
そんで解散。
一之瀬さんは準理に連れられて保健室へ。残りは本陣のある小学校へ移動することに。
が。
生徒会室を出ようとしたおれを会長が呼び止めた。ちょうど生徒会室におれと会長のふたりだけが残った形。
「なんですか、会長?」
「内緒話だ。もっと近くに来たまえ」
「は、はあ」
立ち上がってはみたものの、どうしたものか迷った。
戸惑うおれにじれたのか、会長が机からこちらにやってきた。
キイキイ。車いすが鳴る。
なんでも会長は数年前、事件に巻き込まれたらしい。以来、車いす生活を余儀なくされている。性格は、こんなふうに活発で、陰を感じさせないんだが。
内緒話ということで、おれは身をかがめ会長の口に耳を寄せる。
その耳を会長がチロリとなめた。
ゾクリ。
「うわあっ」
びっくりしておれは会長から離れた。
「なにするんですか!」
「将来有望な少年につばをつけたのさ」
「ほんとにつけることないでしょ!」
「まあ、いまのは冗談として、本当に内緒話がある。聞きたまえ」
ひときしり笑って会長が告げる。
「一之瀬君だったね。彼女、このままでは死ぬよ?」
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