第7話:お姉さんと89式小銃
今日は快晴。空の青さが怖いくらいだ。
おれは校内にある隠れ家的スポットでひとりペプシを飲むことにした。
敷地の隅、むかし銃剣道部の道場があった場所。いまじゃめったに人が寄りつかない。おかげで草がぼうぼうだ。
そこには古びた自販機がある。風雨にさらされた茶色いボディ。しかもいまだ1本100円という価格だ。時代を感じさせる。
ンゴゴゴゴッ。不気味な音を立てて今日もペプシを吐き出してくれた。
ここに来てペプシをちびちびやるのがおれの癒しだ。
別に学校で上手く行っていないわけじゃない。ただ、無性にひとりになりたいときがある。
自販機といっしょに設置されたベンチはいまやおれの指定席だ。
ひとり空を眺めていると、夏らしい
夏、空、少年。
ここで映画の主人公ならポエムのひとつでも披露するところだろう。ああいう文才はおれにはない。
ただただペプシをやる。
「こういうとき、ストロングでゼロな友達が恋しいなあ」
などというたわごとを言うくらいだ。
独り言のつもりだったのだが。
いつの間にかみか姉が来ていた。
「コラ。未成年はそういうの飲んじゃダメでしょー」
「いや、飲んでないって。そういうことをネットで言っている人を見かけただけだよ」(本当です)
ふーん? みか姉は全然信じていない。
「ま、いいや。それよりさ」
みか姉はおれのペプシについて言及する。
「それも不健康だよね、不良だよ」
「これ? でも美味いよ」
「じゃあ、アタシも不良になってみっかなー」
ンゴゴゴゴッ。自販機がまたペプシを吐き出す。みか姉はおれのとなりに座って笑う。かんぱーい。缶と缶を打ち鳴らした。
みか姉は勢いよく飲む。
ぷはー。
「やっぱ、このために生きてるよねー」
どっかで聞いたようなセリフだ。
んでさあ。みか姉は世間話でもするように尋ねてくる。
「古宇はこれからも退魔を続けるつもりなの?」
「ん、そうだけど」
「もちろん、おじさんのことがあるのはわかるよ。でもね」
みか姉の声が一転。鋼のように硬く鋭く。
「古宇。命、狙われてるよ?」
◆
「狙われてる? 命を? おれが?」
おれはみか姉の言葉をくり返す。訳がわからなかった。
どういうこと? おれはみか姉に説明を求める。
「うん。古宇はさ、このあいだ仏さまの場所を見つけられたじゃない? それって退魔の世界ではすごいことなんだよね。目をつけられたのもそのせい」
「みか姉、なんでそんなこと知ってるの?」
「まあ、アタシもそっちの人間ってこと」
そうなのか。みか姉との距離が少し開いた気がした。
でも。
「おれは、親父を助けたい」
「わかるよ、その気持ち。でもさ、おじさんのことはアタシに任せてくれない?」
冷静に考えれば、みか姉に任せるのがいいんだろう。たぶん。だけど、うなずけないおれがいた。
「ごめん、みか姉」
おれの言葉にみか姉はしばし答えなかった。
残ったペプシを一気に飲み干すとごみ箱に投げ捨てる。
あーあ。軽い口調で嘆く。
「古宇にはこっちの世界に来てほしくなかったんだけどなあ」
立ち上がったみか姉はもういつものみか姉だ。
本当に?
本当にそうなのだろうか?
一瞬だけ、一瞬だけ目に悲しみがよぎったような。
いま日本では退魔師なる仕事がもてはやされている。テレビも新聞も、退魔師の話題で持ち切り。素晴らしい仕事だ、と何度も言う。じゃあ、ネットではどうなんだろう?
◆
その晩、おれはなかなか寝付けなかった。
眠れない夜、やることと言えばスマホをいじるくらい。退魔師とはどのような仕事なのか。
ネットの海を泳ぐ。
ネットには真実があった。
◆
もともと、退魔に関する事案は軍の管轄であったらしい。戦時中のことだ。
終戦となり、軍は解体。
退魔をだれに任せるか問題となった。
そこで表舞台に躍り出たのが山形県に本拠地を置く霊的集団・
この出羽三斬を支援する国がアメリカでなくイギリスだったことが戦後日本のねじれを生んだ。
イギリスはアメリカより歴史の長い国だ。当然、退魔に関しても暗く激しい戦いを経験している。
だからイギリスが日本の退魔を支援すること自体は自然な流れだった。
とは言え、戦後日本がアメリカとの同盟を軸としてやってゆくのは大前提。軍備が最低限で済むのもアメリカが守ってくれるからだ。アメリカという傘の下、日本経済は急速に発展していった。
ここまで特に驚く点はない。
問題はこれからだ。
出羽三斬は日本を守るためアメリカ以外に力を求めた。
それが仏。
「戦後、日本が平和だったのは仏さまのおかげである」
と出羽三斬は主張する。
出羽三斬の主張には、日米同盟にくさびを打とうとするイギリスの後押しがあるという。
イギリスもアメリカ同様、西側の一員であることに変わりはない。が、あのイギリスである。おとなしくアメリカに従っているだけではなかった。
近年アメリカは従来の方針をくつがえした。
「アメリカは世界の警察ではない」
ふたたび孤立主義に戻りたいという願望がアメリカ国内でくすぶっていたのだ。
結果、アメリカを中心とした世界の安定は揺らぐことに。
もちろん日本を含む極東でも。
この状況でイギリスが黙って見ているか?
否。
「戦後、日本が平和だったのは仏さまのおかげである」
出羽三斬の主張は最近メディアを通じて急速に拡散しているらしい。イギリスの工作である。
「イギリスはアメリカに対し、なんらかの分野で譲歩を引き出そうとしているのではないか?」
ネットではそういう声がある。日本はダシにされたということだ。(そして失礼な話だ)
話を退魔師に戻す。
出羽三斬に属する退魔師を、山形派と呼ぶ。山形派はどうやらモンスターを発生させる方法を知っているらしい。
現在、日本国内でモンスターが次々と発生している背後には山形派の暗躍がある、とネットは言う。もちろん日本国民はモンスターの肉を強く求めている。国民の声に応えること自体は悪いことじゃない。
山形派は『無限連鎖』を掲げて国民の要求に応えようとする。
自分たちでモンスターを発生させて、自分たちでモンスターを狩る。
なんのために?
意図的に危機を生み出し、仏から力を引き出す。そうした力によって日本を外敵から守る。これが目的だ。
が。
モンスターはさまざまな被害、災害を引き起こす。現在、日本各地で災害が多発している背景には、こうした事情があるらしい。
ネットでは被災した人間たちの、山形派への怨嗟で満ちていた。テレビなどメディアが決して報道しない声だ。
◆
急に眠くなってきた。
おれの意識はふとんに沈んでゆく。
◆
目覚めはあまり快適ではなかった。
一之瀬さんには不評だったが、朝はごはんに納豆をかけただけで済ます。
ごはんを食べながらおれは尋ねてみる。
「
「いいえ、わたしは京都派です」
「京都派?」
京都派とは。一之瀬さんは機械的に食事しながら説明する。
古く、退魔師の総本山的な組織は京都にあった。戦時中、退魔の管轄が軍に移り、その監督の下に置かれた。思想の取り締まりに関与することもあったという。
そうした点が戦後、GHQの追及を招くことになった。しかも退魔は山形に本拠地を持つ出羽三斬に任されることに。戦後、長らく不遇の時代を送った。
しかしいまは。一之瀬さんは言う。
「首相がここに来て退魔を解禁したのは、イギリスの影響下にある山形派の力をそぎ、京都派の退魔師を増やすことにあります」
「そんな深慮遠謀が」
あったのかー。
正直ピンと来ない。
(おれは親父のがんを治せればいいんだけどな)
イギリスが支援する山形派。
日本政府が支援する京都派。
両組織の争いなんておれには遠い。
その日は機械的に過ごした。まあ、いろいろあったことはあった。運動部が一之瀬さんに仕返ししようとして返り討ちにあったとか。昨日、一之瀬さんに助けられた
そんな風に1日が終わろうとしていた。
おれは掃除を終えてゴミを焼却炉に捨てに行った。
ふと後ろに気配を感じる。
振り返ると、数人の生徒が立っていた。
ひとりは男子生徒。
東也を一言で表現するなら短刀だろうか。人と人のあいだに短刀を置く感じでしゃべる。
それでも女子生徒に人気があるのは、すさまじい美少年だからだろう。髪が長く、後ろでしばった立ち姿は、学帽と学ランというスタイルと相まってビジュアル的に決まっている。
いまも女子生徒を4人連れていた。
東也は冷たい金属を思わせる声音でおれに通告する。
「
「うん、まあ」
「命が惜しければ手を引け」
えーっと?
「それって脅迫?」
「そう取ってもらって問題ない」
いや、問題だろ。
昨日みか姉が言っていたことを現実になってきた。どうしよう、いまは一之瀬さんがいない。
ここは逃げるしかない。
「えっと、その、話はまた今度ってことで」
じゃあ、さようなら。
と東也たちの脇をすり抜けようとしたときだった。
ガガガッ! フルオートで放たれた銃弾がおれの足元をえぐる。
女子生徒のひとりが撃った。しかも。
「な、なんじゃこりゃあ?」
女子生徒は銃を手に持っていたわけではなかった。銃口は口から突き出している。
それだけではない。
女子生徒たちの顔が左右に割れてゆく。出てきたのは小型の短機関銃。隠し持ちやすいMP5Kだ。
が。が。が。
「な、なんで女の子の頭のなかに銃があるんだよ……」
見た感じロボットっぽい。あるいは人形?
ふ。東也は冷たく笑う。
「この女どもは自動人形。山形県の超科学をもってすれば造作もないことだ」
こいつらも山形派か。
とりあえず時間を稼がないと。
「おまえら一体なにが目的なんだ?」
「知れたこと」
東也を中心に女子生徒たちがポージング。
「カロリーをもらうと仕事ができる。オレは大量のカロリーを得て大きな仕事をする。仏の力を借りて」
それは。東也たちが叫ぶ。
「世界平和だ」
しん。しばしの沈黙があった。
風の音だけが聞こえる。
いまのおれの気持ちがおわかりいただけるだろうか。「学校を卒業後、しばらく連絡のなかったクラスメイトから久しぶりの電話があったと思ったら宗教の勧誘だった」みたいな?
が、状況はいよいよヤバい。超科学だかなんだか知らないが、短機関銃を持っているのが4人もいるのだ。逃げられない。一之瀬さん! まだ来ないの!
「さあ、鮭川。返答を」
東也が答えを迫る。
答えようとしないおれに女子生徒(自動人形)たちがじりじり近付いてくる。ヤバい。ヤバい。
もうダメかと思ったとき、東也たちの動きが突然止まった。
ひとりの教師が背後から東也の頭に銃を突き付けたからだ。
みか姉だった。
「そこまでだよ」
みか姉がかまえているのは89式小銃。照準と関係しているのか、みか姉はSFチックなゴーグルを顔にかけている。
銃を突き付けられても東也は冷ややかだ。
「先生、山形県民が山形県に逆らうおつもりですか」
「そっちこそ。日本国民なのに日本政府に逆らうの?」
どうやらみか姉は京都派に属する退魔師らしい。
みか姉と東也、膠着状態がしばらく続く。
先に折れたのは東也だった。帰るぞ。女子生徒たちに呼びかける。その声で女子生徒たちは銃を顔のなかにしまった。
去り際、東也はおれに一言投げかける。
「鮭川。京都派についていれば必ず後悔するぞ」
東也たちが去ったあと、おれはその場に座り込んでしまった。
めっちゃ怖かった。
大丈夫? みか姉が心配する。
うん。おれはなんとか声を出した。
「助かったよ、ほんと、マジで」
「銃を突き付けられたらね。仕方ないよ」
だけど。みか姉はゴーグルを外す。真剣におれを案じる目があった。
「言ったでしょ? 命を狙われてるって」
「だけど、いきなりこんなことになるなんて」
話している途中のことだった。
みか姉のスマホが鳴る。はい。みか姉が電話に出る。顔が変わった。緊迫した表情へ。
「
「大変?」
「モンスターが出た。予想より早い」
たぶん、これから連鎖的に出現するよ。
みか姉の言葉は予言めいていた。
「とりあえずこっちに来て」
みか姉に促されておれは走り出す。
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