退魔師としょう油

北生見理一(旧クジラ)

第1部「1億総活躍社会」

第1章:退魔ブーム

第1話:首相、やるじゃん

「日本、どうしちゃったの?」

 と、世界が困惑する出来事が、平成最後の夏に起きた。


 よく晴れた朝だった。空の端に小さな積雲がポツポツある程度でほとんど青い。7月らしい1日の始まりだった。

 1日というのは、なんとなく始まって、なんとなく終わる。特に印象に残ることはほとんどない。


 そういう1日になるはずだった。

 ところが。


 首相が突然テレビで記者会見を始めたのだ。この記者会見が、日本を、おれを変える。


「われわれ日本人にとって朗報がございます」

 なんだろう?

 おれはちょうど学校に行くところだった。それどころじゃねえ、と親父は言う。いっしょに記者会見を見守ることになった。


「この世界には秘密があります。この世ならざるもの、神話や伝説で語られてきたモンスターたちは実在するのです」


 このように。

 首相の背後にあるスクリーンに映し出されたのは巨大モンスター。ドラゴンだ。山みたいに大きい。実際、動かなければ岩石と間違えそう。

 ドラゴンは映像のなかで学校を襲う。土石流が起きているような重量感。粉塵が巻き上がる。


「これはドセキリュウ。数年前、大きな被害をもたらしたモンスターです。このようなモンスターを退魔師たちが密かに退治してきました」


 これからはちがいます。首相の言葉とともにスクリーンがまた変化。『政策転換』と出た。


「わたくしがこれまでの政府の政策を転換してこうしてお話しているのには理由がございます」

 カメラのフラッシュ。

「モンスターの肉が、しょう油に合うことが判明したのです」


 えーっと?

 一瞬、なにを言われたのか、理解が遅れた。

 しょう油? しょう油に合う?


 おれの困惑をよそに首相は続ける。


「ウナギ、マグロといった食材がわれわれの食卓から遠ざかって久しい」

 しかし、と首相は力を込めて断言する。

「わたくしは国民のみなさまにお約束します。モンスターはそれ以上に美味いと」


 たくさんの料理が運ばれてきた。なんの食材か不明だが、ものすごく美味そうだ。刺し身もあれば、ステーキもある。


「これら料理はいずれもモンスターの肉を調理したものです」

 そう言いつつ首相は料理を一口。美味い! 首相は破顔する。


「われわれの食卓は変わります。わたくしは退魔師に関する規制を緩和し、望むならだれでもモンスターを狩ることができるようにいたします」


 おおお。記者たちがどよめく。


「世界は広い」

 いつの間にか首相は日本酒の入ったグラスを掲げていた。一息に飲み干して続ける。


「われわれの胃袋を満たすだけのモンスターは充分です。世界に日本人が戦闘民族であることを示しましょう。戦い、食うのです」


 この日を境に日本は変わった。


「モンスターの肉はしょう油に合う!」

 人々は我を忘れた。まさに東西奔走。モンスターがいると聞けばどこへでも出かけた。


 戦う。そして食う。スーパーには毎日モンスターの肉が並ぶ。長蛇の列。消費の冷え込みはどこへやら。

 気持ちはわかる。

 おれだってウナギが恋しい。ウナギには山椒がたっぷり、ごはんにはタレが染み込んでテラテラと輝く。そこに白く湯気が立ち上ったら。


 ああ! 思い出したら食いたくなってきた! 思いっきりかき込みたい!


 きっとみんな同じ気持ちだったんだろう。

 日本は突然の退魔ブームに湧いた。食べることはいつだっておれたちを強力に引っ張る。動かす。


 この国にふたたび希望が生まれた。

 退魔師になれば、モンスターを倒せば、未来がつかめるのだ。


 首相は朗報だと言った。たしかにそうかもしれない。おれにとっても。

 おれの家は小さな食堂。店にはカレーライスとかラーメンとか、庶民的なメニューが並ぶ。子どものころから店を継ぐと決めていたおれだが、現実的な問題も承知していた。


「金がない」

 そこに尽きる。

 むかしはそうじゃなかった。お客さんがたくさんいた。

 いまはじりじりと常連さんが減ってゆく状態。このままじゃやってけない。


 だが。

 だが退魔師を副業とするなら?


 おれは幼い日の夢を諦めずに済む。

 ある少女と出会った、あの日に見た夢を。


 とは言え、おれの日常がいきなり変わったわけじゃない。今日もいつもどおり学校だ。登校する前、なんとなく親父に軽口を叩く。


「すげえよなあ。うちでもモンスターの肉をあつかってみたらどうかな?」

 親父は愛嬌のあるヒゲを撫でる。言葉を探している感じだ。

 うちは父子家庭。親父は男手一人でおれを育ててくれた。感謝してるけど、再婚とか考えてないのかな、と思う。いい人がいるなら結婚したっていいのに。


「あー、古宇こう。実はな」

 親父がゆっくりと話し出した。

「うちはさ、昔からモンスターの肉をあつかってんだ」

「え?」

「あとな。俺も退魔師なんだ。ずっと昔から」


 えええ!

 おれは親父の告白にびっくり仰天した。ごくふつうの食堂を営む親父にそんな秘密が?


「学校から帰ってきたら今夜ゆっくり話そうぜ」

 本当はいますぐ聞きたかったけど、ぐっとこらえて学校に行った。

 おれは授業中、上の空だった。


 退魔師になる。そして夢をつかむ。

 それで? そうなったら? 空想はどんどんふくらむ。親父が倒れた、という報が届くまで。

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