第75話:加護と魔法の関係
今はランディアと二人で部屋の中で座っている。
ここは罪人を収容する刑務所みたいなところらしい。
そういった建物に入った後、小さな空き部屋にやってきたのだ。
なぜこんな場所に居るのかというと、ガルディアを連れてきたからだ。
これは俺の提案ではなく、ランディアが言い出したことだ。
仮にも実の兄であるガルディアを、こんな場所に収容しておきたいと言ってきたのはかなり意外だった。
ランディア曰く、
「あの乱暴なエルフが捕まったという事実が知れ渡れば、町のみんなも安心するだろうからね。だからこうして連れてきたわけさ」
とのことだった。
こうしてガルディアを引き渡した後、空いている部屋を借りた。ここなら落ち着いて話し合うことができる。
ちなみにギンコとヴィオレットの二人は別室で待機している。
ランディアにとっても聞かれたくない話があるだろうし、俺にとってもそれは同じだからだ。
俺がランディアと二人きりになりたいと話すと、ギンコはすごく不安そうにしていたが、なんとか説得してみせた。
そうしてランディアと話し合う機会が訪れ、今に至るわけだ。
「さて。どこから話そうか」
初めて会った時に見せた爽やかな笑顔は無く、疲れたような表情でそう切り出すランディア。
「念のため聞くけどさ、ランディアさんもエルフなんだよね?」
「うん。それは事実さ。まぁ隠していたつもりはなかったんだけどね」
「やっぱり……」
頭のどこかで信じたくない気持ちがあったのかもしれない。
だからこそ、ハッキリと本人の口から聞きたかった。
けどもう疑いようのない事実だろう。
「……そんなに意外かな?」
「えっ!? い、いや、そういうわけでは……」
「ふふっ。顔に出てたよ。僕はガル兄さんとは、けっこう性格が違うからね。あまり似てないとよく言われたさ」
「そ、そうなんだ」
ようやく笑ってくれた気がする。
「ま、ガル兄さんは昔から強気な性格だったけど、あそこまで変わってしまったのは、あの出来事のせいだろうね」
「何かあったの?」
「…………」
と思ったら、またすぐに笑顔が消えた。
「実はね、僕達がいた故郷――エルフの里は……人間の手によって滅んでしまったんだよ」
「なっ……」
「それで逃げるように里から出ることになってね。こうしてあちこちを放浪することになったんだよ」
予想外に重い過去だった。
なんか気軽に聞けるような雰囲気じゃなくなったな。
「だけどガル兄さんは不満が溜まる一方だったみたい。一か所に留まることなく、色んな場所に訪れたからね。長旅になるにつれ、疲れていったんだと思う」
「どうしてそんな長旅に?」
「住む場所を探していたんだけど、いつもガル兄さんが納得しなかったんだ。どの町も気に入らなかったみたい」
「なるほど……」
「たぶんだけど、人間達と共存したくないと思ったんだろうね」
ああそうか。
故郷が人間によって奪われたからか。
そりゃそういう気持ちにもなるよな。
「いっそのこと、人里離れた場所でひっそり暮らそうかとも考えた。だけど魔物に襲われる危険があるし、僕は魔物を退治できるほど強くないからね。それに、ガル兄さんもそんな場所で生活したくないって言ってたし」
「…………」
「ガル兄さんの不満が爆発したのはこの町に来てからだね。限界だったんだと思う」
「それでああなったと」
「そういうこと。それで好き放題やるようになったわけさ」
なるほどね。
だからあんなにも敵対心丸出しだったのか。
待てよ?
ということはつまり……
「あの、その、なんというかさ。ランディアさんはさ。その、何とも思ってないの?」
「うん? 何がだい?」
「なんつーか、その……人間のことをさ……」
「……ああ。そういうことか」
この人だって、兄と同じ境遇にいるんだ。
だから人間のことを憎んでいると思うんだけどな。
「ま、何も思うところは無いって言われると嘘になるかな」
「そうだよね……」
「けど安心してよ。ヤシロ君に対しては個人的に気に入ってるし、人間達をどうこうしようとは考えていないからさ」
「ほ、本当に?」
「大丈夫だって。僕はそんな気は全くないし、そんなことするほど強くないからさ」
嘘をついてるようには見えないな。
ってことは、本当に大丈夫みたいだ。
「さすがに僕でも、一人見ただけで人間全体が同じだとは思わないよ。そこまで極端な思考にはならないさ」
「それは一体どういう意味?」
「さっきも言っただろう? 人間によって滅ぼされたって」
「うん。それは聞いた」
「つまりそういうことさ」
「……?」
なんだろう。
言っている意味が理解できない。
何が言いたいんだろう。
「えーっと。つまり……?」
「僕は『人間』とは言ったけど、『人間達』とは言っていない」
「……?」
…………
えっ?
それってつまり――
「まさか……!」
「そういうことさ。複数の人間が襲ったんじゃない。
「マジかよ……」
おいおいおい。なんだよそりゃ。
一人でエルフの里を滅ぼしたってのか。
どんな無双ゲーだよ。
やべぇ奴もいるもんだ。
「信じられないかい?」
「え、いや。そういうわけじゃ……」
「ま、僕ですら未だに信じられないぐらいだからね。無理もないさ」
「なるほど。さっき言ってたことが理解できたよ」
「
そういうことか。
俺は直接見てないけど、確かに異常としか思えないな。
つーかそんな奴と一緒にされても困る。
「というわけでさ、僕なりに妥協したつもりなんだよ。もう起きてしまったことだしね。どうあがこうが、過去は変えられないさ。ガル兄さんはそうは思ってないみたいだけど」
「ま、まぁ人それぞれだし、考え方が違うのは仕方ないよ」
「けどそうは言ってられない。ガル兄さんは周りに迷惑かけているからね。嫌でも納得させる必要があったんだ。反発されたけどね。それで別れてしまったわけさ」
なんとなく、その光景が目に浮かぶ。
弟が必死に説得するが、兄は拒絶したって感じか。
それで個別行動をしたってところか。
「だからせめて、被害を少しでも減らそうと思ったんだけどね。けど町全体を歩き回って探すのは無理がある。さすがに広すぎるからね」
「ああ。それであの広場にいたのね」
「そういうことさ」
なるほどね。
あんな目立つような場所に居たのは、兄を見張るためでもあったのか。
そういや最初ガルディアに襲われた時、真っ先に駆けつけてくれたっけ。
恐らく見回っている時に、偶然目撃したんだろうな。
「ちなみに広場で歌っていたのは何で?」
「あれは僕の趣味さ。歌が好きだからね」
「な、なるほど……」
「それに、町全体が暗い雰囲気になりつつあったからね。そんな空気を少しでも変えたくて、元気づけようとしたってのもあるかな」
ああ。それでか。
この人の歌はなんというか、元気が湧いてくるような感じがしたからな。
そういう目的があったわけか。
「ガル兄さんには何度も止めるように説得したんだけどね。結局ダメだったよ。僕の力不足だ……」
「そ、そんなことは……」
「いっそのこと、この身を犠牲にしてでも止めようかと思ったこともあった。でも出来なかった。僕はただの臆病者さ……」
「ランディアさん……」
相当追い詰められていたのか。
精神的に限界だったんだろうな。
「えっと、ちょっと言いにくいことなんだけどさ。いっそのこと見捨てたらよかったんじゃないの?」
「…………」
「弟の言うことすら聞かないとなると、何やっても無駄になるだろうし。好きにさせたらよかったんじゃないかな」
俺は一人っこだから兄弟のことはよく知らないけど、俺なら見捨てると思う。
例え身内でも、暴力的で傲慢な奴と一緒に居たくないしな。
「確かに……そうかもしれないね」
「だったら――」
「それでも……それでも……。例えどんな性格だったとしても……僕にとっては……たった一人の『家族』なんだよ……」
「……!」
ああそうか。
故郷が滅んだ時に、同族や家族をほとんどを失ってしまったのか。
その中で唯一の生き残りがランディアとガルディアなんだろう。
この人にとっては、数少ない貴重な身内なのか。
「あっ……ご、ごめん。無神経なこと言っちゃった。本当にごめん」
「いや、いいさ。それが普通の心情なんだろうからね……」
やらかしたな。
ランディアの気持ちも考えず、とんでもなく馬鹿なことを言ってしまった。
「…………」
「…………」
空気が重い……なんとかしないと。
えーと、えーと……
「そ、そうだ! ランディアさんなら魔法でなんとかなったんじゃない?」
「魔法で……?」
「うん。だってエルフなんでしょ? だったら魔法も使えるんだよね?」
かなり無理やりな話題そらしだとは思う。
けどこの場の雰囲気を変えるにはこれしか思いつかなった。
「ああ。確かに僕も加護はあるし。一応、魔法は使えるけど……」
「ならその魔法で、兄にも対抗できたんじゃない?」
「それは無理だよ。さっきも言ったけど、僕は弱いんだ」
「でも魔法を使えば……」
「それに、ガル兄さんとは
「加護が違う……?」
なんだなんだ。
違うってどういう意味だ?
加護に種類なんてあるのか?
「加護が違うって、どういうこと? 加護は皆一緒じゃないの?」
「うん? 知らないのかい? 加護ってのは人によって種類が違うんだよ」
「そ、そうなんだ」
知らなかった。
まさか加護に種類なんてのが存在するのか。
「で、でも。加護さえあえれば魔法が使えるんでしょ? だったら種類が違ってもなんとかなるんじゃ?」
「あれ? もしかして加護と魔法の関係も知らないのかい?」
「えっ……何か関係あるの?」
「うん。加護が違えば、使える魔法も違うんだよ」
「マジで?」
初耳だ。
てっきり加護さえあれば、自由に魔法が使えるもんだと思ってた。
「あー、そのー。よければ、そこんところ詳しく教えてほしいんだけど。いいかな?」
「いいよ。君は恩人だからね。僕の知ってる範囲なら何でも話すよ」
いい機会だ。
ここで魔法の知識を増やそう。
というか、何にも知らなかったからな。
「いいかい? 加護に種類があるってのは話したよね?」
「うん」
「加護ってのはそれこそ千差万別なんだ。どのぐらい種類があるかなんて、僕ですら把握しきれない」
へぇ~。魔法に詳しそうなエルフですら知らないことがあるのか。
「そんで加護が違えば使える魔法も違うんだ」
「そこらへんがよく分からないんだけど」
「例えば『火の加護』を持っていたとしたら、火の魔法を操ることができる。『水の加護』を持っていたら、水の魔法を操れる。という感じさ」
「ほうほう」
「でも『火の加護』を持っていても、水の魔法は使えない。その逆も同じ。つまり、加護の種類が使える魔法に直結していると思ってもらっても構わない」
なるほどなぁ。つまりこうか。
加護一つにつき、一種類の魔法しか使えないってことになるのか。
今思えば、思い当たる節はあるな。
ヴィオレットは火の魔法しか使ってなかったし、ガルディアは風の魔法しか使ってなかった。
ということは、ヴィオレットは『火の加護』、ガルディアは『風の加護』を持っているということか。
なるほどなるほど。
そういう仕組みだったんだな。
「理解できたかな?」
「うん。お蔭で魔法について詳しくなったよ」
「それはよかった」
「あっ。ならランディアさんはどんな魔法が使えるの?」
「僕かい? 僕は大したことはできないよ」
「そうなの?」
「だって僕の使える魔法は――【これしかないからね】」
「ッ!?」
な、なんだ?
声が頭の中で響いて聞こえてきたぞ!?
「い、今のは……?」
「驚いたかい? 僕はね、周囲の人に声を直接伝えることができるんだ。ある程度の範囲なら広げられるよ」
「な、なるほど……」
つまりテレパシーみたいなもんか。
「だから僕は弱いのさ。こんなことしか出来ないからね。唯一の利点は、大声を出さずに広範囲の人に伝えられることぐらいかな?」
そうか。
加護があるからって、必ずしも強力な魔法が使えるとは限らないのか。
実に興味深いことを聞けた。
こう言っちゃ失礼かもしれないけど、この人にはピッタリな魔法だと思ってしまった。
って待てよ?
俺にも加護がついているはずなんだよな。
ならなぜ魔法が使えないんだ?
「実は俺も加護があるんだけどさ、どういうわけか魔法が使えないんだよ。原因分かるかな?」
「へぇ。ヤシロ君も加護があるのか。なら普通に使えるはずだけど……」
「魔力不足が原因だと思ってるんだけど、違うかな?」
「それはありえないよ。個人差はあるけど、魔力は誰にでもあるはずさ。最初から魔法が全く使えないぐらい魔力が無いってのは聞いたことがないね」
「そ、そうなの?」
「うん。赤ん坊のころから魔法が使えるぐらいだからね」
ってことは、MP不足で使えないというわけじゃないのか。
俺が前に考えた仮説は全く違ってたわけか。
どうやら深読みしすぎたみたいだ。
「じゃあなんで使えないんだろう……」
「加護の種類は判明しているのかい?」
「そ、それが。全然知らなくて……」
マナはそんなこと全く話してくれなかったしな。
「それなら、まずは加護の種類を把握することから始めたほうがいいかな。じゃないと魔法は使えないよ」
「ど、どうやって使うの?」
「使いたい魔法の種類をイメージするんだ」
「イメージ?」
「そう。どういう魔法を使うのか、それを頭の中で思い描くんだ。そうすれば使えるはずさ」
「で、でも。いくらやっても何も起きなかったんだけど」
前にもやったことあるけど、全然できなかったんだよな。
「さっきも言っただろう? 加護の種類がそのまま使える魔法に直結するんだって」
「うん。それは聞いた」
「つまりだね、加護とイメージした魔法が一致していないと魔法が発動しないんだよ」
「……そういうことか!」
俺は加護がどういう種類なのか不明のまま使おうとしたからな。
だから魔法が使えなかったのか。
あのときは火みたいな魔法ばかり想像してたからな。
けど加護の種類が違うせいで、どの魔法も使えなかったわけか。
「例えば前に歩こうとして、足を後ろに動かしても前に進まないだろう? 思ったことと行動が一致して、初めて結果が出るわけさ」
「なるほど……」
つまり、メラ○ーマを唱えてヒ○ド系の呪文を使おうとするようなもんか。
そりゃ発動しないわけだ。
「じゃあどうやって加護の種類を調べるの?」
「加護があるなら、なんとくなく使える魔法が感じ取れると思うんだけど」
「ず、随分と大ざっぱなのね……」
「ごめんよ。こればかりはなんとなくとしか言いようがない。人によって感じかたが違うからね」
う~ん。
俺は何の魔法が使えるんだろう?
全然感じ取れん。
あっ。思い出した。
ついでにあのことも聞いてみるか。
「そういえばさ、精霊から加護が貰えないってことはあるの?」
「うん? それは聞いたことはないかな」
ギンコに加護を付与しようとしたとき、マナが無理だと言って断られたんだよな。
この人なら原因を知ってそうな気がする。
「実はさ、精霊に頼んで加護を付与してくれって言ったことがあるんだけどさ、なぜか無理って言われたんだよ」
「え、えええ!? せ、精霊に!? 頼みごとを!? そ、そんなこと言ったのかい!?」
「う、うん」
あ、あれ?
予想外の反応だ。
変なこと言ったかな?
「ま、まさかヤシロ君は精霊と直接話せるのかい!?」
「あ、えっと、ま、まぁ似たようなもん……かな?」
「す、すごいな……」
「そんなにすごいことなの?」
「精霊と意思疎通できる人は存在するけど、頼みごとを聞いてくれるなんて聞いたことが無いよ」
そういやヴィオレットも似たような反応してたっけ。
あの強気だったガルディアでさえ、マナの前ではヘコヘコしてたもんな。
こんなにもありえないことだったのか。
いっそのこと、この場にマナを呼んでみるか?
……いや。止めとこう。
色々とややこしいことになりそうだ。
それにマナにも悪いしな。
「そ、それでさ。加護をくれない原因が分からないんだよ。もしかして獣人だと無理だとか?」
「いや。それは関係ないかな。獣人で加護を持っている者も存在するわけだし」
やっぱり無関係だったか。
じゃあ原因はなんだろう?
「う~ん。そうだなぁ。考えられる可能性は一つだね」
「えっ。知ってるの?」
「恐らく、既に加護を持っているから断られたんだと思う」
「加護があるとダメなの?」
「そうさ。加護ってのは一人につき、一つしか与えられないのさ」
「へぇ~」
これも初耳だ。
つまり、一人につき一種類の魔法しか扱えないってことか。
なるほどなるほど。そういう仕組みだったのか。
でもギンコの場合は違う気がする。
そもそもギンコは加護なんて無いはずだからな。
既に持っていたのなら、魔法を使えているはずだし。
「たぶんだけど、今言ったのは違うと思う。他に思い当たる原因は無いかな?」
「う、う~ん。他の原因かぁ……。ごめんよ。これ以上思いつかないや」
「そっか……」
ダメか。
まぁ俺やギンコの場合は、かなりイレギュラーな事例みたいだしな。
常識に当てはめて考えるのは止めた方がいいかもしれない。
こればかりは、俺がなんとかして突き止めるしかないかな。
「ありがとう。色々と参考になったよ」
「いやいや。これくらいお安い御用さ」
しかし加護の種類か……
俺の加護はどういう系統なんだろうか。
全く想像つかない。
そもそも本当に魔法が使えるんだろうか――
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