第35話:3つの理由
商業ギルドに辿り着き、建物の中へと入った。中には前と同じく、カウンターの向こうに若い受付嬢が座っていた。
昨日と同じように手続きをしようとして代筆を頼む事に。すると隣に居たギンコから声を掛けられた。
「あれ? ご主人様って文字が書けないのですか?」
「ま、まぁね。いろいろあってね……」
「なら私が代わりに書きましょうか?」
「へ? ギンコって文字が読めるの?」
「い、一応は……」
マジかよ。俺は全く読み書きできないってのに、こんな子供でも文字が扱えるのか。ちょっとヘコむ。
「じゃ、じゃあ頼めるかな?」
「はい。お任せください」
ギンコは背伸びをして羽ペンを持ち、ぎこちない動きで紙に文字を書き始めた。
本当に文字が書けるのか。ギンコってけっこう優秀なんだな。連れてきて正解だった。
あれ? ということは、俺は文字を覚える必要が無いのか?
……うん。そうだ。少なくとも急いで覚える必要は無くなったわけか。なら当分の間は
これは思いがけないメリットだな。やっぱりギンコを買ってよかった。予想以上に頼もしい子だ。
「ご主人様。売り物は何にしますか?」
ああ。そうか。手続きするには販売物も記入しなきゃならないんだっけ。面倒だけど必須項目なんだろうな。
「んーと、塩にナイフに食器に鏡でしょ。後は――」
「あ、あの。申し訳有りませんが、販売物は最大で3つまでとなっております」
「えっ?」
声を掛けてきたのはギンコではなく、受付嬢からだった。
「ご、ご主人様。書くところが3つしかないんですけど……」
「マジで?」
記入用紙を見てみると、確かに販売物の欄が3個しかなかった。
「3種類しか売りに出せないということですか?」
「はい。その通りです。これも規則なので、4種類以上の販売はお断りしています」
そ、そんな馬鹿な……こんなの聞いて無いぞ。
これは思わぬ誤算だ……
「ま、まさか……量も決まってたりするんですか?」
「量に関しては明確な基準はありませんが、あまりにも多いと判断した時にはお断りする場合もあります」
ほほう。やはり多すぎると駄目なのか。意外としっかりしてるなぁ。
って関心してる場合じゃない。同時に3種類しか販売できないなんて初めて聞いたぞ。
「な、なんで3種類しか販売できないんですか?」
「これには理由が3つあります」
「3つも?」
なんだろう。気になる。
「はい。1つ目は『独占販売を防止』する為です」
「独占……?」
「つまりですね。一箇所の露店で何でも揃えられると、皆がそこしか行かなくわけですよ。各露店を見て周る必要が無くなるわけですからね」
「なるほど……」
そういうことか。
例えるならば、個人店が立ち並ぶ商店街の近くに大型スーパーを配置するようなもんか。確かにそんなことされたら客は何でも揃うスーパーにしか行かなくなるな。商店街がシャッターだらけになるのも時間の問題だ。
「2つ目は『管理のしやすさ』を重視した結果です」
「多いと大変ということですか?」
「その通りです。見回りの際、各露店が記入した販売物を本当に扱っているかどうかを確認しています。その時に数が多いと、判別に時間が掛かってしまうわけです」
確かに何十種類もあったらかなり面倒くさいだろうな。しかも何十と立ち並ぶ露店全てをチェックするには時間も掛かるし精神的にもきつい。さすがにやってられんな。
「3つ目は純粋に『差別化』ですね」
「差別化? どういうことですか?」
「この王都で自身の店舗を持っている方を優遇する為です。露店エリアで制限無く販売できるなら、店を持つ必要が無くなりますからね」
なるほどね。
要するに、こういった面倒な規則が嫌なら自分で店を建てろってことだろうな。この都市に住んで経済を回せってことか。さらに納税者も増えるから一石二鳥というわけか。
「以上の理由により、販売物は3つまでとさせていただいております」
「分かりやすく解説してくれてありがとうございました」
「いえいえ。これが仕事ですから」
さて、3種類しか販売できないことは分かった。ならば何にしようか。
そうだなぁ。塩は確定として、残り2つはどれにしよう。
う~ん……よし、決めた。
「じゃあ……塩とナイフと
「分かりました。その3つを書いちゃいますね」
「頼む」
そう。俺が選んだのはナイフと石鹸だ。
ナイフは金貨2枚くらいで置いておくつもりだ。強気の値段だけど、ぶっちゃけこれは売れたらラッキー程度としか思っていない。メインは塩だからな。
石鹸を選んだ理由は単純だ。こういうのは消耗品でそれなり需要が高いと思ったからだ。これは大銅貨5枚で販売するつもりだ。
「書き終わりましたよ」
「では確認します。少々お待ちください」
ギンコが記入した紙を受付嬢が受け取り、内容をチェックし始めた。けれどもすぐに別の紙を取り出し、まるで照らし合わせるかのように見比べていた。
あれは何をしているんだろうか。ちょっと気になるな。昨日はあんなことしていなかったぞ。
「あの……一体何をしているんですか?」
「ああ、すいません。ある方から人探しを頼まれていまして、名前を確認していたんですよ」
「なるほど」
だから見比べていたのか。
「ちなみになんて名前なんです?」
「ええとですね、〝じゅげむじゅげむ〟という人物を探しているみたいなんです」
「…………」
こんな変わった名前を探す奴なんて1人しか思いつかん。奴隷屋で出会ったミルトンとかいう奴だ。
つーかあの性悪貴族バカじゃないの。どう考えてもふざけた名前なのに信じてやがるよ……
やっぱり本名教えなくて正解だったな。こういう面倒なことになりそうな予感がしたんだよね。
「どうかしましたか? もしかして心当たりでも?」
「いえ、全く知りませんね。記憶にございません。カケラもありません。これっぽっちも無いです。そうだよなギンコ」
「えっ!? は、はい。私も聞いたことはありません」
「そうですか……」
まさかこんなところで二度と会いたくない奴を思い出してしまうとはな。幸先悪い。
もういいや、さっさとここから離れよう。
「記入内容に問題なければ、露店の準備しに行きたいんですけど……」
「これで大丈夫です。後は登録料として小銅貨5枚をお願いします」
言われた金額をすぐに支払い、販売許可証を受け取ってから商業ギルドから出ることにした。
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