今宵も不眠症は筆を執る

夢乃藤花

毎年恒例


 大自然に囲まれたとあるキャンプ地。その場所は、環境が良く、キャンプをするには絶好の場所であるという点では勿論、別の点でも有名だった。

 


 「なあ、そういえば今夜、森の方で肝試しをするだろ?」


「確かに、予定表にも書いてあったね」


「その肝試しをする森で、俺達と同じぐらいの少年の幽霊が出るらしい」


 各地の小中学校でもキャンプ地として知られるその場所に、今年も○○中学校の2年生達が学校行事として訪れていた。


「あぁ、それ。噂好きな内の担任もちょっと言ってたわ。まあどうせ、肝試しを盛り上げるための嘘か演出だろうけど」


せっかく山内君が肝試しを盛り上げるように話題を振ってくれたのに、そこで全部完結させてしまうかのように彼は否定した。


「田中君は幽霊とか信じないの?」


「いやいや、そう言ってる時程、案外本物がでてくるもんなんだって。こういうのは」


元々都市伝説とか噂話が好きな山内君は、こういう肝試しなんかも全力で楽しむタイプのようだ。というより、何をやっても楽しめそうな性格の持ち主だ。


「まあ、どっちにしろキャンプなんて中学校で最初で最後の思い出になるんだから、最後まで楽しまないとな!」


「そうだね」



 昼間は皆で定番のカレーを作り、夜はキャンプファイヤーを囲んでフォークダンスを踊った。それだけでも、キャンプとしては充分な思い出だが、宿舎での自由時間や、大浴場なども意外と楽しかったりする。

 そんな楽しいひと時を過ごした後、ある人はテンションが上がり、ある人はひねくれて機嫌が悪くなり、ある人は本気で怖がって泣き出したりする。そんな真夏の夜のビックイベント、肝試しが始まろうとしていた。


 森の方面で行うということで、暑いのを我慢して長袖長ズボンを着用し、虫除けスプレーも万弁なくかける。

 そして、昼とは一変して暗闇と静寂に包まれたキャンプ地の森まで行った時、先生から肝試しの諸注意とルールが説明された。

 それぞれ、予め決めてある班の中からさらに2~3人のグループに分かれて森の奥へ入る。一番奥へ行くと古い神社があり、そこに奥地まで行ったことの証となるバッジが置いてある。それを一人一つずつ取り、来た道とは別の道から帰ってくるというルールだ。帰り用の別ルートの近くには、迷わないように担当の先生が待機しているそうなので、そこは安心できる。ちなみに、僕は昼間からも一緒に行動している山内君、田中君とグループを組んで肝試しをすることにした。

先生が冗談混じりに、「勇気ある奴はグループ組まないで一人で行ってもいいんだぞー」というと、クラスのムードメーカーでもあり、ガキ大将的な立ち位置にあるいかつい男子生徒が名乗り出た。皆そいつが威勢よく行って結局真っ青な顔で帰ってくるのを期待していたが、恐らくそいつは、「全く怖くなかったぜ。星が綺麗で良い散歩だったわ」とか余裕の言葉を述べるんだろう。


 自分達のグループの番が来るのを待っている間、時折森の奥へ進んだ人の悲鳴が聞こえてくる。その声にはやはり女子のものが多い。わざわざ悲鳴を上げる程の事が連続して起こっているということは、先生達が何かしら脅かす準備をしいてるのだろうか。


「こんだけ悲鳴が聞こえるってことは、やっぱり先生達何か仕掛けてるよな」


「だろうな。でも、そんなことしてる余裕があるってことは、本物が出るなんて噂も、臆病な奴の見間違いが広まっただけのデマなんだよ」


山内君も僕と同じ考えだったが、相変わらず田中君は幽霊の存在を全否定しているようだ。


 「そういえば昼間から思ってたんだけどさ、今日天気はいいはずなのに妙に寒くないか?」


「お前もそう思うか?俺もそう思って周りの奴に訊いたんだけど、別にそこまで寒くないって」


「山の方だから街より気温が低いだけじゃない?」


「あっ、次俺らの番だって!外寒いし、早く済ませちゃおうぜ!」


「それもそうだな。どうせ仕掛けがあったとしても大したことないだろうし」



 威勢良く飛び出した山内君に続き、卑屈になりながらも内心怖がっていそうな田中君と、真っ暗な森の中へ足を踏み入れていく。

 やっぱり、夜の森というのは、夜の学校と似たような気味の悪さがある。昼間は賑やかだった場所が暗闇と静寂に包まれると、こんなにも別世界のような空間になるのか。目標地点である神社までの道のりは真っ直ぐなので、懐中電灯の類は渡されていない。それぐらい道も整備済みということだろう。多少不安もあるが、ここは山奥、月明かりや星々の輝きに照らされているので、完全に真っ暗というわけでもない。


 「おい、今何かお前の隣にいなかったか?」


「えっ!?そんなのいないだろ、こういう時に冗談は止めろって」


「いや、確かになんか白い人影みたいのが見えたんだけどな」


意外にも怖がっている田中君に気付き、山内君が脅しにかかると、案の定田中君は少しビビっているようだ。でも、山内君が言った白い人影が隣にいたというのは、冗談ではなく、僕にもしっかり見えた。


 その後も、雰囲気を和ませるために時折山内君がちょっかいだしたり、脅かしたりしていて、そのたびに田中君は「宿舎戻ったら覚えてろよ」と呟いていた。

 しかし、結局最初の山内君が見た白い人影以外には、特に何事もなく、普通に目的地である神社に着いた。


「何だ。結局本物どころか、仕掛けみたいのもなかったな」


ちょっとがっかりした山内君たちは、肝試しを制覇した証であるバッジを手に取り、担当の先生の案内で帰り用の道から宿舎へ帰っていった。僕を除いて。


 そう、今まで僕は、何度か彼らに会話を試みているが、一度も『僕』に対して言葉が返ってきたことはない。要するに、今日一日、一緒にいたにも関わらず、無視され続けていたわけだ。でもそれは、別に僕と彼らの仲が悪いとか、いじめられているとかいう単純な理由でもなく、無視されている原因は、僕が一番わかっている。



 「やっぱり、驚かす時以外では、見えないんだ」


そう呟きながら僕は、王があるべき場所に鎮座するかのように、神社の階段に座り込んだ。

山内君、田中君、ちょっとの間でも、隣にいれて楽しかったよ。気づいてもらえなくても、元気をもらうことができた。


 「さて…はい皆集まってー!お遊びはここまで、ここからは本気で、驚かしに行くよ。いつもの位置について。あ、あと何度も言うけど、全てのグループに驚かしにいかないでね、できるだけ間隔を開けて不定期に。全員を平等に怖がらせても、偽物だと思われてお終いだから」


 全員に気付いてもらえなくても構わない。僕らはちゃんと、ここに存在しているんだ。森の霊のまとめ役である僕は、毎年夏になると増える肝試しで、僕らはここにいると、噂を流す。

 

 

 「さあ、今年も恒例の仕事、始めるよ」

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