009:『笑顔』
新しい闘いが始まる前に、天鈿女アメノウズメこと清春きよはる 景けいにつて話すとしよう。
清春きよはる 景けい、俺が通っている私立しりつ上神じょうしん高校 二年五組 出席番号二十七番 成績優秀 容姿端麗 運動神経も良く、非の打ち所が無い様に見える彼女が、何故こんな俺なんかを好く様になったのか。
それは、俺自身よく分かってはいないのだ。俺はそんなに好かれる様な事をしたつもりは無い。
ただ、俺の思うところを率直に述べただけとだけ言っておこう。
まぁ、誰しも【嫌】な過去の一つや二つ位あるだろう。俺にだって人には言いたく無い様な嫌な過去はある。
まだそれはここには書いてはいないが、とても辛い過去が有ったという事を記憶している。
記憶しているとは言っても、よっぽど辛い過去が有ったと言う事を記憶しているだけで、何が有ったのか、それは【封印】された様に不思議と思い出す事が出来ない。
清春きよはる 景けい、彼女もまた、辛い過去が有った。それを俺が解決したというのだ。
それから彼女は俺を神の様に崇め奉る様になってしまったのであった。
あの日、天鈿女アメノウズメこと清春きよはる 景けいとの闘いに勝利し、天鈿女アメノウズメを封印する事に成功した。
その後の話になる。
自分の中に天鈿女アメノウズメを取り込み封印した後、俺の中から景がこぼれ落ちる様に膝から地面に座り込み、景はゆっくりと口を開いたのだ。
「痛い」「痛いよ」「凄く痛い」
「わっ悪かった!! 少しやりすぎたかもしれない...封印するの初めてで上手く出来なかったんだ」
「違うの...体じゃ無い」
「体じゃ無い? ...じゃあ内蔵か?」
「違う...心が痛いの...」
「心?...」
「全部思い出したの...【消していた】辛い過去を...」
「消していた? ...過去? ...いったい何の事なんだ」
「痛みってね、ずっと与えつずけると快感になるの」
「快感? ...」
「私、小学校の頃からずっといじめられてきたんだ...なんでお前なんかが可愛いんだって」
「それが快感とどう関係あるんだよ」
「中学に上がってもいじめは続いた。高校に入っても...学年が上がるにつれ、いじめの質も上がっていった」
景の体には見える所だけでもかなりの量の切り傷の様な傷跡が有った。
これもいじめの跡なのか...一体こいつはどんないじめを受けてきたというのだ。
「それは...なんというか...気の毒な話だな...」
「同情なんていらない...貴方もその場にいたらきっといじめていた」
「そんな事無い!!」
「そんな事あるんだよ!! ...だって私気持ち悪いもん」
「何言ってんだお前...」
「さっき言ったでしょ痛みは快感に変わるって...痛みを痛みと感じ続けると、人はその苦痛から死に至ってしまう。だから痛みを感じ続けると脳が自己防衛として快感として認識してしまうの」
「そんな話はいつか聞いた事があるが...快感と感じるまで痛みを受け続けるってどんだけ痛めつけられたんだよいったい...」
「あまり覚えていない...顔を見るなり殴る蹴るは当たり前だったかな。それも外から見える顔や足は避けて...」
「まさにいじめの典型だな」
「それからも暴力は続いた。やがて足や顔といった外から見える所にまで」
「それじゃあ先生や他の生徒も気づくだろう」
「ええ、皆気づいていた。でも見て見ぬふり」
「そんなの...酷すぎるだろ...親は気づかなかったのか?」
「両親は共働きで遅くまで働いていてほとんど顔を合わせることは無かった」
「...」
「それからしばらくして、いじめは終わった」
「ようやくいじめから開放されたって事か...でも、なんでずっと続いたいじめが急に終わったんだ? 救世主でも現れたのか?」
「この世に救世主なんていう都合の良い人はいないよ。居たとしても...もう遅い...」
「もう遅いとは?」
「もう遅いんだ...私は壊れてしまったからね。いじめが終わった理由も私が壊れたからなんだよ。私は気持ち悪い...自分でも分かってる」
景は、腕に刻まれた無数の傷跡を摩る様にしながら、思いつめた風な顔でそう言った。
「壊れたってどういう事なんだよ...」
「【いじめ】その行為が私には日常になりすぎた...初めは私だって嫌がった。止めてともお願いした。まぁ、止めてと言ったとこで、そこで終わったら何も苦労はしない。いじめる側からしてもいじめは日常になってしまった。それがお互いを悪くした...」
いじめが日常なんて...とんだ日常だ。俺の the普通の日常からは想像も出来ない日常だ。
「いじめは平行線上に乗ってしまった。毎日同じいじめ。代わり映えのしないいじめ。日常的ないじめ。私はそのいじめに飽きてしまった。いつしか、私はいじめを求める様になってしまった...それから、いじめる側からは気持ち悪いと言われ、忌み嫌われた」
俺の口は、言葉を発する事も出来ずただ、だらしなく重力の為すがままになっていた。
「気持ち悪いでしょ...それでも私は奴らにお願いしたんだ。【いじめてください】と。奴らは嫌がり、私から逃げる様になった。それでも私はしつこくお願いした。そしたら、我慢の限界だったのか、奴らは私の肩を刃物で切りつけた。
酷い。話しがぶっ飛び過ぎて、俺にはその光景を思い浮かべる事すら出来なかった。
景は話しを続ける。
「傷はそれほど深くはなかったけど血が流れた 私はそれが嬉しかったんっだ。私は、その時感じる事が出来た。【生きている】と。私は、自分が生きていることを感じたくて【痛み】を欲していた。と、その時気づいた。それからというもの、奴らは私の言葉を何一つ聞かなくなった。私は皆の中から【消された】。それでも私は痛みを欲し、ついには自傷行為に手を出した。それがこの沢山の傷跡だよ...」
この傷跡を自分でやったと言うのか...この傷の深さ...ただの怪我だとしても相当痛いはずだ。
それを全部自分でやったと...こいつ確かに狂っている。
美月は話を聞きながらずっと涙を流しているばかりだ。
「私が正気に戻ったのは、次は何処に傷を付けよう。と、悩むほど傷だらけになった頃だった。私は嫌った。こんな気持ち悪い自分を嫌った。そして、神に願った。【消したい】と、そして私は消えた。傷ではなく、私自身が消えた。石の力で誰にも見えなくなった。この傷も、嫌な記憶も、自分自身でさえも...消えて無くなった...でも、貴方に石を封印され、全てを思い出した...」
「消える...それで赤外線ってわけか...そこには確かに存在するが人には見えない赤外線...その傷は全身に有るのか?」
「背中には無い...背中は自分では傷つけられなかっただけ...気持ち悪いでしょ。だからもう終わりにしたい。こんな人生...」
景は泣いていた。これまでの辛いいじめを思い出して。自分の過ちを思い出して。誰も救ってくれない孤独を思い出して。自分自身を痛めつけるようになってしまった自分を嫌って
「お前は気持ち悪くなんかない。綺麗だよ。そして強い」
「ッッ!!」
俺の言葉に驚いた様に、景は顔を上げた。
「お前は強い。お前は闘ったんだ。自分の闇と。そして闇に勝利した。消さなくて良いよ。その傷は恥なんかじゃあ無い。背中に傷が無いのだって、自分じゃあ傷付けられなかったからなんかじゃない。お前は正面から闘ったんだ。闇に背を向けず正面から闘った」
「私は闘った...でも...またいつか自分を傷つけてしまうかもしれない...また痛みを快感に思ってしまうかもしれない...そんな自分に戻りたくない...だから...」
「笑うんだ!! 笑いは痛みよりも強い。痛みは何れ快感に変わってしまうかもしれない。でも、笑いはいつまでも笑いなんだ。昔は痛みよりも恐ろしい拷問として使われていた時もあるくらいなんだ。笑いが痛みなんかに負ける筈が無い」
「...笑い...でも私、笑えるかな...」
「笑えるよ!! 俺達と一緒に笑おう」
その時、景は笑った。涙こそ流れていたが、ちゃんと笑った。
痛みに笑いが勝った瞬間だった。
それからというもの、景は笑顔の似合う綺麗な女の子になった。
「私、貴方がたの家に住んでもよろしいですか?」
「勿論良いよ!! 一緒に遊ぼうよ ねっ灯夜!!」
「俺の家?! 遊ぶって... まぁいいか...」
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