2 : Collapse

 絡みついてきた八本足──ヘキサンガスタービンのパワーを縛り抑えるとはまるでタコだな──すぐ近くで銃声が鳴った。


 ボディが揺らめく衝撃が複数。直後、鋼鉄のカニもどきは機体にだらしなくへばり付く。


「危ねえだろ!」

『うるせえ!自信があったん……』


 幸いにもほぼ無傷だったが、四メートル越えの茂みから飛び出す影が、突如としてオーガストを襲った。


「このっ!」


 もがく仲間を締め付けるのはまたも多脚戦車。恐竜の如き足で地面に足跡を作り、手にしていた物体を、一突き。


 ガコン!──至近距離から放たれた秒速千七百メートルを誇る砲弾が、蟹のような平たい本体に大穴を空けた。


『お前こそ俺ごと撃とうとしやがって!』

「これでチャラで良いだろ! それより……」


 抱えるライフルを握ったまま、ほぼ左右三百六十度を見渡せる天球モニターは、四方向からクモみたいな複眼の睨みをくっきり再現していた。


 距離はそれぞれ三十メートル程。しかし何故ここまで近寄られて気付かなかったのか。壁面に埋め込まれた全方位レーダーはサトウキビの壁に阻まれたのだろうが……


『大阪ならたこ焼きパーティー大歓喜だろうな……』

「隊長、多脚戦車隊に囲まれ……あれ、隊長?」


 背を預ける相棒の冗談は聞こえるが、千メートル以上離れているであろう隊長達の応答は無い。ザラザラしたノイズが僅かに聞こえるのを見るに、こいつらのジャミングって訳か。


 その時、エンジンの始動音、巨大な多脚のシルエットが横に瞬間移動――効率や隠密など無視したハイブリッドシステムによる稲妻の如き突進。スコープの照点が合わない。


 さっきレーダーに映らなかったのは一時的にエンジンを切ってバッテリー駆動で地道に近付いてきたって事だろうな。道理で熱探知にも引っかからなかった訳だ。


 嫌な予感が向こうから発射されたグレネードと共に当たった時、精神肉体双方のショックでただでさえ不安定な二本足はことごとく後ろ向きに倒れる事となった。


 装備含め十トン超ではあるが、流石に自重で潰れる程の軟弱さではない。被弾した正面の不規則な繊維状の多層プレート式セラミック装甲は多少焦げてはいるものの、ヒビは少ししか入っていない――巨人を動かす電子頭脳はこんな些細な事まで教えてくれる。


 しかしあのスピードではどう攻撃を当てるものか。単発式のライフルが俺の腕で当たるとはとても思えない。走って逃げるなど論外。そもそも時速六十キロメートルが限界の機体では追い付かれる。


 いっそ標準装備のマシンガンを命一杯ぶつけるか。いや、もう一つ選択が……


 腰の辺りに手探りで丁度良い握りを見つけ、一二〇〇キロワットの出力を総動員して引き抜く。丁度跳び掛かってくるクモ野郎へ、全重量を込めて一突き――重量と出力のあまり爪型の足がめり込む。


 直後、スクリーンに堂々と映し出されたのは胴体をセラミック製の高周波ブレードに貫かれた多脚戦車の残骸だった。縮尺が違うといえど、近距離では近接武器の取り回しが良いに決まっている。格闘訓練はそれ程得意という訳でもなかったが……


『クソがあああああ!!!!!』


 近くで一定のリズムを刻む銃声。共に後衛を務めていたオーガストが機関銃両手に暴れていた。二体の甲殻が絡みつき、銃口を点滅させては畑や民家を荒らすのみ。


 良く見ると甲殻頭部から小さな作業用アームが伸びている。その先端からは極小の赤いレーザーが……


 踏み込んで腕を一振り。遠心力を加え、一本の棒と化した金属の腕が重く鈍く鳴り響いた。


 見ると、高周波ナイフによって一体の多脚戦車の足が二本も胴体から切り離されていた。躊躇わずもう一振り。


 刃先はもう片方の甲殻を一刀両断した。パワーを取り戻した相棒がまたも雄叫びを上げ、残った一体へ向けて二十ミリ弾の嵐を浴びせる。


『助かったぜ相棒』

「待て、残り一体は……」


 突如、視界が暗転し、全てが九十度ねじ曲がった。血が頭に上り、気付けば背中が地面を踏んでいた。


 反射的に閉じた瞼を再び開いた時、目の前で巨大なクモの如き頭がコクピットを睨み付けていた。倒れた姿勢では力が出ない。細いレーザー光が殻を炙っていく。


『よくも……』


 味方が巨人サイズのナイフ片手に走り寄ってくる。その時だった。


 オレンジの閃光が辺りを覆った。台風の如き圧力がボディをガシャリと一回転。


 自身を覆う映像が回復した時、眼前のクモ頭野郎がどこからか飛んできた細い何かに胴体を真っ二つにされていた。


『無事か? 今日はサシミだ』


 直径十メートル弱。チタンの殻のお陰で破片による死は免れたが、今のが直撃すれば……同僚の差し伸べるアームと通信に励まされ、頭が一体化した胴体を縦に振ってみせる。


 助けを借りて十トンは超える身体を起こし、倒れていた所でトラクターがスクラップと化していたのを発見した。クッション代わりになってくれたようだ。


 朦朧としかけた頭を働かせてマイクに喋った。


「隊長、聞こえますか?!」

『どうしたノア! 通信が途切れてたぞ!』

「さっき襲撃されたんですよ! もう解決したけど……ともかく、畑にステルス部隊が多く紛れてる可能性があります!」

『何だと?!……まずは安全を確保しろ! 攻撃はそれからで良い。とりあえず分かり次第敵の状況を教えろ!』

「了解!」『おい、あそこに隠れるぞ!』


 と、応答の直後、相棒の機体が銃先に指すのは民家より一回り大きいが簡素でボロっちい木材の建物。農作業用重機をしまう為の納屋だろう。


 油圧の力でかんぬきを無理やりこじ開け、中に入ると予想通り、収穫装置を取り付けたトラクターが複数台。


 窓からは一面サトウキビの林。赤外線カメラでうっすらと人の形をした輪郭が亡霊の如くあちこちに漂っていた。


『ちっこいのが結構居るみたいだぜ。こいつらなら楽勝そうだ』

「ああ。だがさっきのカニみたいな奴らは? どっちにしろここに居るのはもうバレてるだろうし、グレネードは流石に不味いだろ」

『ひとまずバリケードでも作ろう……やっ』


 正面扉を警戒しながら振り向くと、二本のアームにトラクターを抱えていた。車体はゆっくりと宙に上げられ、静かな油圧の起動音が微かに聞こえる。


 ウォーカーの身長の三分の二程まで持ち上げた所で歩き始めた。一歩一歩が重く、地面を介して振動がこちらの機内まで伝わってくる。自分も手伝わなくては。


 しゃがんでシャーシの下に腕を通し、膝を伸ばす。脛から伸びる、射撃モード時の踵のような補助脚を展開させる事でふらつく事は無かった。


 身体はノロいが、疲労感は殆ど無い。まるで手を添えただけでこの巨人が俺の願いを聞いてくれるみたいだ。


 二足歩行戦車は元来、万能建設作業機械の研究から生まれ、そのパワーや簡単な操縦、軽量化による輸送の容易さ等から兵器利用は当初から考えられていた。特に重量物の持ち上げや運搬は必須能力である。


 だから、五トン級のトラクターを持ち上げる事は、十秒程時間は掛かったにせよ、筋繊維一体型パワーユニットには不可能ではなかった。


 ウイィィィン――油圧か、それともボディが軋んでいるのか。


 一歩踏み出す。地面がめり込んだ気がした。ただでさえ遅いウォーカーは人間である俺にとってもはや型落ちのパソコンみたいに止まったようなもんだが、それでも確実に、地響きを鳴らし歩を進ませる。


 かんぬきが外れたドアの代わりに入り口を塞ぐ。だが安心している暇は無い。


 仲間がもう一台を置いて即席バリケードを作った次は、側面の薄い窓。まだトラクターは三台残っているが侵入されるまで時間の問題だ。


『だったらこいつで潰すまでだぜ!』


 心配を吹っ切るようにオーガストは一台抱えた途中で、頭と胸が一体化した腰を回し、窓の外へ一台放る。飛び散るガラスに気付いた人型は難なく避け、虚しく奥の円筒形のタンクに当たって潰れた。


 こちらが見張る左側の窓でもセンサーが動体反応を知らせてくれた。トラクターを抱えたまま走る。


 合計十五トン超の質量は人間サイズの窓など簡単に突き破り、足元に白く細い人間もどきの腕が千切れ飛んだ。


 突っ切る。衝撃は木の壁をも打ち砕き、納屋に五メートル大穴が出来る。二体のロボットが巻き込まれていたのか、吹き飛んで畑の藪へ消えた。


 だが、他に十二体の二足歩行ロボットがこちらを囲んでいる。すかさず油圧の伸縮力で押し投げ、一体がトラクターの下敷きとなった。石と棒が強いのは何時の時代の戦争でも同じだな。


 強い反動が機体を後ろへ揺さぶるが、射撃用補助脚で立て直しつつ両手で背にしまった機銃二つを、握ってトリガー。


 荒ぶる銃口先の金属の肉体が三つ、肢体を欠損させて吹き飛ぶ。同時に残りが持つ銃から発光。


 炎がカメラを炙り、ライフルを撃った時の反動のような衝撃が、十トンの身体を後退させる。


 小銃から発射するグレネードだろう。AIの表示にタイル型の装甲の破損が見られるが、運動機能に支障無し──引き金を引き続ける。


 アームをそれぞれ横に広げていく。アーチを描く銃口から放たれる二十ミリ弾の掃射は、更に四体のボディに大穴を空けた。


 後ろに残り四体。「画像誘導」と呟いて二度瞳を右へ向けると、ゴーグル型ディスプレイに背後の映像が浮かんだ。


 距離八メートル。視界中央の赤点を四体の中心に合わせ――撃て!


 俺の意思に応えてくれたかのように巨人の肩――ロケット連装砲が甲高く唸る。ほぼ同時、目を眩しい光が突き刺した。


 太く重い脚で爆風をこらえながら、無数の黒土と共に空中で爆散したアンドロイド達の四肢を見届け、ヒビの入った四肢を動かして援護へ。


「こっちはクリアだ。そっちは?」

『手伝え!』


 普段から短気な奴だが、今や軽口を交えてくれる余裕も無いようだ。機銃を乱射する同僚を見据えながら、右側の窓の外に甲殻類のようなアームが見えた。


 【動体検知】──正面扉へ向くと、障害物と化したトラクターの間を縫ってきた人型ロボット数体。視る。


 【視線照準 発射】


 二度瞬きをした瞬間、肩が僅かにぶれる──顔の斜め上で激しいロケットの噴煙。外部マイクは極端な音を軽減してくれる筈だが、訓練で上官に叱られた時みたいに耳が痛い。


 火薬光が一瞬納屋を照らした。その時既にロボットはトラクターもろとも粉々のスクラップに変わり果てていた。


『おいノア! 左へ走れ!!!!!』


 右九十度旋回──軽い地震を踏み起こす二足歩行戦車がすれ違った。


 油圧脚の瞬発力で百八十度方向転換──普段の体重八十キログラムの体なら簡単にやってのけるが、百二十倍以上の重量を持つこの鎧を着ていてはジェットコースターみたいに体が押し付けられる。


 頭がぼうっとしたまま無我夢中で走る。その先ではこちらに肩のロケットランチャーを向ける同僚機……


 閃光。体のすぐ横を猛スピードで何かが過ぎ去る──背後が明るく輝いた。


 振り向くと、三百六十度の画面を半分覆爆炎発と、こちらへ飛び掛かる無数の木屑。


 衝撃波がコクピットを響かせる最中、目をやると木の壁ごと割れた窓の向こう側、先程トラクターにぶつかって破砕したタンクが巨大な火柱と化していた。


 タンクから漏れたガスか気化ガソリンに点火したのだろう。動かぬ多脚戦車がちらと見える。


「サンキュー。こういう所はお前頭良いな」

『今日は何だか冴えてるみてえだぜ』


 燃え盛る納屋を脱出したが、目の前だけに集中するな。横三百六十度にも及ぶを見渡しながら頭を回し、敵が居ない事を確認しながら通信機を点ける。


「隊長、とりあえずこちらを襲って来る奴らはもう片付けました。そちらはどうすか?」

『会いたかったぜ憎たらしい部下共! 幸い他のウォーカー分隊の増援がもうじき来る。そうすりゃ俺達はありったけ補給だ』

『俺らも合流しましょうか?』

『いや、持ち場を離れるな、こっちから行く。デートで相手は待たせたくねえ主義だが、さっきみてえな潜伏部隊が構えてるかもしれん』


 まだ陽は見えないが、くっきりしてきた天と地の境目の少し下辺り、突如現れた巨大な炎が土砂を噴き上げた。一面のサトウキビの絨毯が風に煽られてうごめく。


 刹那に明かりは消えたが、別の場所で爆発が立て続けに起こる。点滅のさなか、爆風に煽られ大地を踏ん張る二足歩行戦車を発見した。


 走る。一歩一歩が機内を轟かせ、僅かに隆起した短い草地を踏み荒らす。そして背中からライフルと三脚を展開、ストックを右肩に。


【距離二八〇五メートル 弾道計算完了】


 味方のスポッティングで既に場所は判明している。細長い葉がレンズの中を時折邪魔するが、ロケット連装砲を搭載した軽戦車の姿はもうバレバレだ。


 ガアン!――右半身が後退して二秒弱、目標の前面装甲が僅かに欠けたが、致命傷には程遠い。


 直後、火花が散ったかと思うと砲塔が炎と煙を上げた。横目には巨体をガッツポーズさせる同僚。


「上手いなお前。どこで習った?」

『街の外れのゲームセンターだ。ただ今やってるこのゲームはちと初見殺しがキツいがな』

「俺も攻略本がありゃあ欲しいぜ」


 冗談を交わす間もボルトを引いて狙い、引き金を引く。今度は履帯と主砲で火花。


 砲身は歪み、攻撃どころか走る事もままならない車両を、何処からともなく飛んできたロケットが屑鉄の塊に仕上げた。


『ようし、コイツで最後にしようか。クリス、パーシー、そっちは?』

『問題無い』

『駐車場の車に子供置いてくのは危険だ、熱中症にならない内に引き上げるぞ』


 近くに集まっていたチタン製の巨人が三体、脛に収納されたローラーを展開してこちらに近寄っている。相変わらず先輩達にはからかわれるが。


 離れた場所では別の二足歩行戦車が五体、サトウキビの巨大な草むらに紛れて前進しているのが見える。先程隊長が言っていた“援軍”だろう。


 依然ライフルの照準器から周囲を見張っていたその時だった。


 退却する前衛の三機の内一体が横に吹っ飛んだのだ。何も見えなかったのに、まるでトラックか何かに撥ねられたかの如く宙を舞い、畑を転がる。


 続けてもう一機、反対側に吹き飛んで藪の中に消え、残った一体がキョロキョロするが、間もなく見えざる強大な力の前にその場で転倒した。


『ちくしょう、一体……』

『やべえ、動かねえ……』


 それぞれ通信越しにクリスとパーシーの声。驚いているのか、それ以上口を開く事はなかった。


『オーガスト、ノア! 俺達の事はいい! 早く逃げ……』


 隊長機の通信にノイズが混じる。見ると、転んでいたウォーカーが何かに押し潰されたように


 問題はまだある。今の攻撃は一体どこから来たんだ?


 もし向こうが歩兵か人型ロボットならこの畑に隠れられるのも納得だ。が、二足歩行戦車を一撃でノックアウト出来る歩兵装備なんてあるのか?


 グレネードやロケットランチャーという可能性はあるが、それだと噴煙で確実に位置がバレる。歩兵用対物ライフルにサプレッサー付けたとしてもその程度の口径でウォーカーを倒せる筈がない。


 地球の丸みに隠れて榴弾砲か迫撃砲を撃ったとしてもあんなに正確に当たるか普通?! それにあの重い物体に当たるような損傷の仕方、少なくとも爆発では無理なような……


 考えていた矢先、ペシャンコだった二足歩行戦車はたちまちオレンジの炎を上空に向かって噴き上げた。


 燃料が引火したのではもう隊長は……しかし今の襲撃の正体が分からない。一体何処に……


『ノア! 前だ前!!!!!』


 普段はジョークばかりの陽気な仲間の、ヒステリックな大声に照準を外す。


 距離は二十メートル。日が昇ってきた曙の中、巨大なサトウキビの幹の間に何物かが仁王立ちでこちらを睨んでいた。

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