Category 8.5 : Live

1 : Sortie

 半分剥げかかったアスファルトの振動が十五トントレーラーの太いタイヤ越しにも伝わり、瞑想から現世に引き帰される。


 狭っ苦しい操縦席の中で横になったまま背伸びをし、透けたヘルメットのようなヘッドセットを付けて言った。


「あとどれくらいで着きますか?」

『十五分チョイってとこかな。丁度起こそうと思ってたよ。“ウォーカー”の目を覚まさせてやっておくれ』


 やや年老いた声に言われ、席の前にある腰程の高さに据え付けられた計器──今は四時四十五分らしい──その中に紛れた、一際大きな赤いボタンを指の腹で押し込んだ。


 途端に操縦席が、全てが震える。視界が明転――多面体状のスクリーンに林道が投影され、様々なインジケーターが画面端に。


『おっと、パーティ会場が近付いてきたな。いつでも“起こす”かもしれんから用意しとけよ』


 向かって右手にはコハラ山地がうっすらと、左手側には、並木が道を挟み、チタン合金の外壁から爆竹のような微かな空気が沸く音。肘まで覆う手袋型の動作同調方式コントローラーをはめてスイッチオン、軽く腕を回す。


 球体の視界の横でメタルの太いアームが自分の腕と同じ動きをした。外側は三角形のプレートを組み合わせたような防壁に覆われているが、内側の関節は剥き出しだ。経費削減という気持ちは分かるが。操るこちらまで金属になったように重く感じるのは巨大化による体感の変化か。


『予定より早いが、ここらで降ろすよ。若いもんを戦地に送るのはあまり良い気ではないがな……正直私は戦争に勝っても負けてもどうでもいい。だが若者よ、必ず生きて帰れ。老いぼれからの助言だ』


 悲しげな呟きと共に、重力が緩やかに移動する。やがて斜め六十度になった所で俺はコクピットにある足の同調型操縦桿の電源をつけ、足裏から全身を伝う衝撃を感じ取った。


「大丈夫ですよ。俺はゴキブリにも驚いてしまうくらいビビりですから」


 返事代わりにスピーカーからフフッと漏れた息を耳に、踏み出す。ようやく重力の方向が普段通りに戻った。跨がるタイプのシートを境に交互に足を前に、若干スロー気味に全身が重いが、金属の塊――別名ウォーカー――は確かに俺の意のままに動いている。


『これが本当の朝飯前ってか』

『最後の晩餐に悔いは無いか?』

『計画に変更は無い、予定通りのポイントで偵察隊を迎え撃つぞ』


 初めての実戦で感動に浸るのはまだまだ早い。背負った口径二十ミリメートルの機関銃を左右の手に一本ずつ、弾薬ベルトが背中の方に延びている。


 荷台を傾けていたトレーラーを後ろ目に見送り、輸送員のおじさん達のエールの込まった通信。前の方で誰かがチタンのアームを振っていた。


 天井に張り付いているゴーグルの形をした補助ディスプレイを付け、重量を持った手を傾ける。銃口の先端がゆったりと動き、応じて視界に射撃予測点が映る。赤外線距離把握システムは正常――普段から整備は欠かしていないが、用心に超した事はない。


 キューブ状の頭部に手足が生えたような形状の為、膝を少し曲げ前傾した体勢でなければ上手くバランスを取れないが、油圧の力で動きをスローにする同調装置付きシートは疲れも減らしてくれる。


『ハイハイしなくて大丈夫か?』

「補助輪なんてもう要りませんよ」

『なら次は靴紐の結び方だな』

「いつになったら自動車免許取れるんです?」


 年上の分隊員の一人がからかってきたのはこちらの歩き方がぎこちないのだろう。反乱軍の戦闘員として入隊し一年と半年、管理軍と常に睨み合っている故の過酷な促成栽培で育てられた身ではあるが、銃やサバイバルや救護は最低限出来るように学んできた。


 まあそれでもこのずんぐりなマシンのゆっくりした動きに慣れるのは難しそうだ。数年戦ってきた先輩方も同調装置による重い動きに振り回される感覚をものにするには時間が掛かるとの事だそうで。


 思い出はまた別の機会に、光源増幅装置と熱源探知映像によって昼間同然に見える周囲を見渡すと、薄汚れた道路の外側には防風林と、農民用集合住宅が道沿いに並んでいるだけ。後は地形の緩やかな起伏と畑にずらりと並んだサトウキビの木。


 古来より火山が作った大地ではサトウキビや野菜や果物等の熱帯農業が栄え、花やコーヒーやナッツ類等の輸出用作物の需要は減ったものの、未だに太平洋に浮かぶ耕地はその広大さを堂々と見せつけている。ナイトビジョンでも地平線の端にまで人の為に改良された植物がぎっちり詰められているのがはっきり分かる。


 島の収入源であるそれらを躊躇無く踏み荒らす、角張った外観を持つ金属の巨人が先に四人。左右の肩には一基ずつ十五発ロケット連装砲。行動を共にする先輩達だ。後方では輸送隊が砲撃や地対地ミサイルで狙撃援護してくれる、筈だ。


 背丈四メートルを超す草を切り拓き、三つ菱型の足跡が深く最低でも九トンもの質量を持つ巨人の通った証拠を残していた。二足歩行戦車の全高は四・五メートルだから少々屈めば茂みの中に溶け込めるという寸法だ。


 港に近いカイワイエではまだ交戦は続いているというが、痺れを切らした管理軍の一部は無視して侵略を優先している。それを阻止するのが俺達の任務って訳。


 遙か前方で地響き。地形が邪魔で見えないが通信によると味方の砲撃らしい。事前に後ろで歩兵や車両や別の二足歩行戦車分隊がロケット砲や迫撃砲を構え、更に後方には大口径の榴弾砲やカノン砲が狙いを定めている。これら射程距離の違いで火力を一点に集中させようという戦法だ。


 戦場の死者数は砲が四分の三を占めるとはいうが、俺達はそのおこぼれをどうにか食い止めねばならない。蹂躙する彼らが敵を減らしてくれると俺達は信じてチタン製の歩を進めなくては……膝を上げる度に関節のきしむ音がするのは気のせいか。


『止まれ! 偵察装甲車が五台だ!』

『クリス、パーシー、盾を持て! オーガスト、ノア、あの民家に隠れろ! 羊を追い込むぞ!』


 隊長からの警告、年配の三人が搭乗する機体が背負っている、無数のタイルで構成された方形の盾を左手に、右手には発射式ブレーカー――大質量の金属の杭を火薬で発射し、十分に近付けば重戦車も貫通する威力をも持つ。


 十部屋程はありそうな二階建て。この田園地帯の住民は全員避難済みという事は未然に通達されている。場所が場所なだけに低所得者向け賃貸だろう。柵や納屋を盾代わりに。機関銃を背中にしまい、持ち込んでいたボルトアクションライフルと入れ替えた。


 弾倉は十発、横付け式。口径四十ミリメートル。初速は千七百メートルで、有効射程は四キロメートル越えという。まあ俺の腕前でそんな距離は当たらないだろうが。これの十倍近くの距離を当てられる砲兵って天才かよ。


 銃身下部に長い三脚を付けて固い地面に突き立てる。立ったまま膝を少し曲げて構え、肩付け。ヘキサンガスタービンエンジンの振動か、それとも緊張か、操縦席の指は微かに震えている。ノイズとして外にはフィードバックされないのは幸いだ。


『戦車隊が来てくれりゃあなあ。もっと動けりゃ良いのによお』

『あくまで最後の砦だ。“こいつら”が日本のアニメみたいに活躍出来たら誰も苦労しねえ』

『別のチームが歩兵部隊を止めている。俺達はハズレを引いたってとこだが、消費を惜しむ必要は無いって事だ。花火大会を開くぞ』


 ライフル上部に付いた望遠レンズはゴーグルの中央に景色を伝える。任意でのオンオフも可能だが、そんな余裕など無い。サーモグラフィーによるうっすらと赤い影が草丈からちらりと見えた。


【射撃モードON】


 相手の空挺用に軽量化された多装輪装甲車は接地面積の狭いタイヤであるが故に、耕された柔らかい土地ではそのパワーを存分に生かせず滑りやすい。ならば更に接地面積が狭いとはいえしっかりと大地を踏めるこちらに軍配が上がる、筈だ……


 足元で機械音。射撃時には踏ん張る為に補助脚をふくらはぎから展開させる。機動力が欲しい場合にはローラーにも付け替えられる。


 ポジティブな思いを込めてスコープを改めて覗くと、盾を構えた人型が茂みから飛び出していた。もはやウォーカーならぬジャンパーだな。旋回する砲塔よりも速く回り込み、片手に握る“杭打ち”を車両のエンジンがあるケツに差し向けていた。


 途端、プラズマ化した弾頭によるオレンジの火花。五秒程遅れてスクラップ工場のような音が微かに聞こえる。明け方でも分かる黒い煙が立ち上り、偵察車は二度と動かなかった。


 別の所では二体の二足歩行戦車が違う車両の側面、グレネードと爆炎で挟んでいる。先輩達に遅れを取ってる場合じゃないな。


【距離:一四〇七メートル】


 サトウキビの茂みから戦闘装輪車。猛スピードで畑を荒らしつつ僅かな段差でジャンプする。


 着地した所を照準の中央、弾着を予測した赤い光点を車両に合わせてトリガーを引く。サスペンションが揺れて衝撃吸収する様子を最後に、銃口からほとばしる炎光と発砲音が知覚を覆った。


 ガコン!――肩を押される。一秒後、砲弾は望遠視界の車両の背後の耕地を削っていた。車両の方角からして同じ分隊の機体二人組へ仕掛けるつもりだろうな。


 装填しもう一発。今度は車両の砲頭部が火花を上げた。


 が、無力化には至ってない。傷もあまり目立たないのを見ると厚く角度の付いた装甲に弾かれたのだろう。


 ならば砲塔と台座の継ぎ目ならどうか。針に糸を通せ。


 引き金を指の腹に確かめたその時、熱源を強調するサーモグラフィー補助映像が一瞬ぼやけた。


 画像認識処理が追いつくと、装甲車の輪郭が巨大な火柱の中だった。サトウキビ畑にまで炎が燃え移り、近くで杭打ち機を持つ二足歩行戦車が堂々と照らされていた。


『各個撃破といくぞ。クリス、パーシー、先行隊が交戦してる空挺戦車を狙え。俺達はカイワイエ・ロードから来る奴らを足止めするぞ』


 通信を残して、背負っている太い杭を筒先から込めた機体は巨大な藪の中へ。


 ふと、スクリーンのど真ん中、赤い逆三角形のピンが遮蔽物を透けて地面に突き立てられていた。地形情報や味方の認識を頼りに敵位置を示すシステムだ。


 示す地点は地平線の向こう側。緩やかな傾斜に阻まれてライフルは使えない。ならばもう一つの主砲を、


【距離二二五六メートル マーカー誘導機能ON】


 頭の斜め上、肩に載った計十五発放てるロケット連装砲二基が曙の空を見上げた。精度は劣るが、その為に三十発用意している。


 機体搭載のAIは自動で角度調整してくれる優れ物だが、上空の風まで分かる訳無いのでそこだけは神頼みになってしまう。この時の為に俺は軍に志願してからずっと掃除をサらず頑張ってきた。


 シュボッ!――激しいジェット噴射が肩を下向きに押さえた。隣に立つ同僚の二足歩行戦車も同様、眩い噴出が飛翔体を撃ち上げる。


 地面へ向かうロケット噴射は砂の煙幕を生み、反作用で二つのロケットは灰がかった空に放物線を残し、稜線の奧へ……サトウキビが突風に煽られ、緑の絨毯が一斉に模様を変える。


 遠くから銃撃や爆発音が聞こえるが、どれがロケットの音なのか分からない。ノイズ除去機能があるとはいえ、近くで虫の音さえしないのが怖い。


【着弾確認 誤差修正】


 弾着地点が赤く塗られた。敵を知らせるピンは一定速度で横に動いている。


 自動での弾道修正は有り難い機能ではあるが、ターゲットが不規則に動いてはまともに当たらない場合もあろう。ましてやほぼ真上に打ち上げるロケット砲では自然現象の気まぐれまで考えねばならない。


「手動修正だ。左に二百メートル、奧に百メートル」


 敵のマーカーの動く先、緑色の十字架の表示が建った。音声認証による照準──シュボッ!


 肩を押される感触と白煙の軌跡。風が味方してくれる事を祈って。吹き荒れる砂煙がとぐろを巻いた。


 数キロメートルなどひとっ飛びな砲撃はただでさえ時間が掛かる。当たるのか当たらんのかさっさと白黒つけてくれ。


 三十秒。砲兵ってのはストレスも溜まりそうだ。機械化部隊に入っておいて良かったかも……


【着弾確認 目標転覆を確認】


『誰かさんかは知らんがナイスだ! 助かったぜ!』

『殺虫剤掛けたゴキブリみてえにひっくり返ったな! トドメだ!』


 見えなき前線の、別の隊からの通信。日頃の行いが神様に認められたな。まあ聖書は二分で飽きてしまったが。


 しかしこの目で見えないとあまり喜びは湧かないな。その分、ウォーカーに乗る時の閉塞感と重量感が消え、出撃の時に緊張していた身体がほぐれてきたようだ。


 見渡せば、ぎっしり詰められたサトウキビ畑の至る所で黒煙が立ち上っている。赤い炎が根元に隠れて見えないのが不気味だ。


 人馬一体ならぬ人機一体、震えが幾分収まった身体を旋回、巨体がアームと共にセンサーを振り回し、遠くの畑の隙間から動体を察知した。


『おい相棒、また新たな“イノシシ”が畑を荒らしに来やがったぞ。害獣駆除だ』


 ジョークを電波に交えたオーガスト機がライフルの三脚を立てていた。同僚に続いてこちらもスコープを覗く。


 サトウキビを踏むキャタピラ──軽装甲の履帯車両に戦車砲を載せただけの代物だが、威力は侮れない。柔らかい農地の多い島中央部をあのキャタピラーと砲塔で蹂躙するつもりなのだろう。


 隣で爆音。続けて俺もトリガーを引き、ボディが揺らぐ。


 が、目標の車両は変化無し。


 弾には簡易発信装置が付いており、弾道をAIに伝えて次回以降の照準を簡単にしてくれる――緩やかに落下する赤いラインがインジケーターに浮かんだ。


 もう一度ターゲットの位置を確認して、架空の先端が砲塔を刺す。おぼろげな日光がぼんやりとこちらに砲の先を向ける空挺戦車を、スコープを通して映していた。


 顔の横でフラッシュが焚かれた。同時に緩衝された機体内部ごと揺さぶられ、衝撃波を無害レベルに抑えた爆発音が鮮明に耳に届く。


 その時、巨大な人差し指は引き金を引いていた。肩がガクンと押され、顔を炙る発砲炎。全く熱くはないのだが――空調はしっかり効いている――それでも冷や汗が髪の生え際を撫でた。


 一秒後、光弾がほぼ直線を描いて外殻に炸裂した。閃光が収束すると、砲塔に大穴が空き、履帯がバラバラに飛散した軽戦車が静止していた。


 視界が暗転した時、顔を横に向けるとアパートの一部屋が瓦礫と化していた。「うおっ!」と思わず口にしてしまったが、ひとまずやり切った、と汗と冷房が過剰に身体を冷やし、冷静な気分にはなる。


 だが心臓は嘘を付かないらしく、鼓動が激しく意識の内に入ってきた。金属のゴツい腕がボルトを引いて装填。


 スコープ、引き金、指――世界にはこれだけしか無い。


 拍動が遅くなっていくのを無意識に、今度は上官が走って引きつける車両に照準を合わせ、人差し指が掛かる。


『ノア! 左だ左!!!!!』


 普段なら騒音で迷惑な仲間の大声に照準を外すと、長い八本の足――甲殻類型の多脚戦車がこちらの顔面目掛けて跳び掛かってくる最中だった。

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